けがをしないようにチェコしよう:ある紳士のエンデュランスの秘密

けがをしないようにチェコしよう:ある紳士のエンデュランスの秘密

2011/02/21 2011年2月21日

私たちは皆、年老いていく。だからその現実を拒絶することにこだわっているだけなのかもしれない。けれども彼女自身ランナーであり、ゲスト投稿者でもあるリズ・モスコによる今回の投稿は、ケリー・コーデスがお送りするシリーズ、「ファイティング・フォーティ(40歳との戦い)」に、とくにふさわしいものではないでしょうか。パタゴニアの友人でもあるリズがお届けするのは、40歳からウルトラランナーとしてのキャリアをスタートさせた、ある紳士の物語です。

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朝のジョギングでときたま見かけるある高齢の男性。70歳は超えているでしょう。もちろん走ってはいるのですが、彼の走りのスタイルはどことなく、足を引きずりながら上下しているようにも見えます。ある夏の朝、彼とすれちがったとき、その男性はランナー同士でよくかわし合う固い笑顔や会釈ではなく、大きな声で「ハロー!」と言いながら元気に両腕を振ってくれたのでした。この男性はまさに元気はつらつの様子でした。

よくランナーとしての自分の将来のことを考える私は、通り過ぎる人びとに走る喜びを広めながら、70代まで走りつづけたいと思ったりします。とにかく走ることが大好きなのです。色々なランナーに感銘を受けますが、とくに高齢のランナーには畏敬と尊敬の念を抱きます。なぜなら彼らこそが時間というテストに合格した耐久力をもっているからです。そのうちにこの男性を呼び止めて、伝えようと思っています。私が最近出会い、私の足取りをより軽くしてくれたあるランナーと同じように、彼は私にとってとても刺激的で感銘を受けるランナーであることを。

パタゴニアの友人あるいはファンとして、私はこの会社の社員の多くが達成する信じられないような偉業をよく耳にします。ですから、このようなエンデュランス・ランナーが社内に存在すると聞いても驚きませんでした。けれどもこのランナーは65歳。過去20年間で、7回のウエスタン・ステイツ・エンデュランス・ランを含む、40ものウルトラマラソンを走っていると聞いて驚愕しました。この男性は、私が高齢のランナーに抱いていたイメージ、つまり優雅に近所を行ったり来たりしているようなイメージを吹き飛ばしてしまったのです。彼はただ走っているだけでなく、本当にとんでもない長さのトレイルレースを、65歳という年齢で走っているのです。そして、つねに笑顔を絶やさない控えめなこの紳士、ミラン・ヴァーガさんは、ランニングについての対談を快く引き受けてくれました。

[完走した多くのレースのひとつにてフィニッシュラインを通過するミラン。写真提供:Ultra Signup.com.]

チェコ共和国出身のミラン・ヴァーガは、アメリカへ移住し、ニューヨーク、ハワイ、そしてカリフォルニアと移り住んだあと、1980年にネバダ州リノへ落ち着きました。数年前に亡くなった奥さまとは25年間夫婦生活をともにしたそうです。奥さま自身も5つのマラソンを完走し、ミランの最初の情熱であったテニスも一緒に楽しんでいました。ミランが走りはじめたのはマラソンが流行りはじめた1979年ごろ。彼はオークランドで初マラソンに参加し、29キロ地点で死んでしまいたいぐらい辛かったことを覚えているそうです。1990年のラスベガスでは、ボストンマラソンへの参加資格枠に1分の余裕をもって合格。ミランがまず口にするのは、彼の強みはスピードではないということ。けれども参加する者の身体にとても過酷だと悪名高いこのスポーツをするにあたって、スピードで劣っている部分を耐久性と長寿という強みで補って、あまりあるのです。
 
6月の終わりに開催されるウエスタン・ステイツ・エンデュランス・ランは全長160キロ。夜明け前にスコー・バレー・スキー場からスタートし、カリフォルニア州オーバーンでフィニッシュします。累計標高差はおよそ6,700メートル。1995年は36キロ以上のトレイルが雪で覆われていたかと思えば、43℃に迫る高温と闘わなければならなかったことも。また2006年はレース後半の気温が耐え難いほど上昇し、参加者399名のうち、フィニッシュラインまでたどり着けたのはわずか211名でした。
 
1995年と2006年のウエスタン・ステイツがレース史上最も過酷なものだったことには、ウルトラランナーのほとんどが合意するでしょう。ミラン・ヴァーガはこの両レースを、1995年は28時間36分34秒で、2006年は29時間40分8秒で完走しています。これまで挑戦してきたなかで、ウエスタン・ステイツ・100は彼のいちばんのお気に入りだそうです。彼がウエスタン・ステイツでの経験をとても楽しそうに話してくれるので、実際は丸1日、しかも人里はなれた険しい山道をヘッドランプひとつで夜通し走りつづけたという事実を、思わず忘れそうになります。

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私はミランに長年走りつづけることによって経験したけがについて尋ねました。そして急性的なものから慢性的な問題まで、さまざまな症状を書き止めようと構えていました。ところが返ってきた答えは、私が再確認してなくてはならないようなものでした。

「何もない?」 もしかしたら言葉の壁があったのかも…。ミランには強いチェコ訛りがあるからです。

「ランニングによるけがは一度もしたことがないのですか?疲労骨折とか、腱鞘炎とか、土踏まずの問題とか・・・何もないのですか?」

彼にはまったくないのです。2年前に座骨神経痛をわずらったそうですが、原因は座っていたことによるもので、ランニングではありません。私には言葉もありませんでした。私の年齢は彼の半分で、走る距離は彼よりはるかに短いにもかかわらず、つねに何かしらの痛みを抱えています。どうやったら30年以上も走りつづけて、けがなしでいられるのでしょうか。

彼流の運動療法はこうです。1時間以内の短いランニングを火曜日と木曜日の週2回。そして4時間以上の長めのランニングを少なくとも1回、週末にリノ近郊の丘陵地帯でします。この高原砂漠の標高は1,500〜2,400メートル。ヤマヨモギに覆われたコースには、夏場は日陰がありません。冬もこのルートを走るミランは、強風で吹雪のコンディションで、膝まで積もった雪のなかを走ることもあるそうです。彼はトレイルにこだわり、「緊急事態」以外はコンクリートの上を走ることはありません(ランナーでない人間には、いったい何が「ランニングの緊急事態」なのか、想像もつかないかもしれません。でもミランのいう「緊急事態」がどのような状況なのか、きっとこれを読むたくさんの人には理解できるでしょう。典型的なものとしては、見知らぬ都市などを訪れた際に走りたいという衝動が抑えきれず、コンクリートの上をバタバタと走る以外に正気を保つ方法がないときなどです)。

ミランは暑いのが好きで、天気が暑ければ暑いほどいい。毎朝ストレッチをして、最低週に1度はヨガをしようと心がけています。ウェイトトレーニングは週2〜3回。昔は自転車にもよく乗り、過去には18回にもおよぶデス・ライドを含めた数々の自転車耐久レースを完走。オープンウォーターでの遠泳やトライアスロンにも参加してきましたが、いちばん好きなスポーツはマラソンだそうです。このような生活をしているミランには休止時間はあまりありませんが、仕事やエクササイズをしていないときは読書と彼のお気に入りの飲み物、スティール・リザーブのビールを楽しむそうです。

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ミランと対談するまでは、私はレース、とくにマラソンはもう止めようと決めていました。5年前の初マラソンではあえぎ、よろめきながら4時間45分でフィニッシュラインを超えるというような結果でしたから。でも彼との対談のあと、何かが起きたのです。まるで眠っていた火種に火がついたかのように、私はミランのマラソン虫を捕まえてしまったのです。それ以来、可能なかぎり丘陵地帯を走り、いくつかのレースにも復活しました。あるレースでは30Kのコースを、最初から最後まで泥のなかを走りつづけ、10K、ハーフマラソン、フルマラソンで自己最高記録を達成(たった1秒の差ですが)。フルマラソンは4時間以内で、しかも脱水症状になることもなく、笑顔で完走しました。一度トレイルランニングでコースを間違えたこともありましたが、それは過ちというより、受けるべき洗礼のように感じました。今年のウエスタン・ステイツ・エンデュランス・ランではボランティアとして参加し、99キロ地点で疲れ果て、汗と体臭にまみれたランナーたちをスポンジで濡らしてあげるという、素晴らしい役目を頂きました(ミランもボランティアでしたが、彼には初心者っぽくない役目が与えられたそうです)。
 
みずからの功績を語るミランの声は興奮し、けれども自慢ではなく(もちろん、それに値する功績ですが)、喜びにあふれていました。少し控え目過ぎるのではないかと思いはじめたとき、私は彼に質問してみました。自分の功績をすごいと思うかと。
 
彼は迷うことなく、こう答えました。「そう思います。誰もができることではありませんから」

もちろん、そのとおりですとも。
 
体が許すかぎり走りつづけたいと思う私たちにとって、ミラン・ヴァーガは素晴らしいインスピレーションを与えてくれます。彼は、私たちが50代、60代、そしてもっと高齢になっても、半分の年齢の人間が不可能、あるいは紛れもなくクレイジーだと考えるような偉業を果たすことができることを、彼は証明しているのです。本当のチャレンジとは、それらの偉業を、ミランのような情熱と絶え間ない笑顔とともに追求することができるかということです。

私自身は、もしレースから引退したら、ただ優雅に走りまわるスタイルも自分には合っているのではないかと思います。これまで想像もしていなかったスタイルで走り、レースであろうがなかろうがランニングを愛するということを、ミランは私に教えてくれました。40年後に近所で走っている私の姿をみかけたら、あるいは30Kのレースで私を追い抜くときは、手を振ってください。私はきっと大声で挨拶しながら、足を引きずって上下しているおばあちゃんになっていることでしょう。
 
[写真左上:膝の調子も良好なミランが、2010年の100マイル・ウエスタン・ステイツ・エンデュランス・ランでボランティアする様子。写真上:伝説的なマイル・ウエスタン・ステイツ・エンデュランス・ランの99キロ地点で、汗だくになったランナーをスポンジで冷やすために準備万端のスタッフたち。写真:Liz Mosco]