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ショーヴェ洞窟の壁画。Photo: HTO(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとWikipediaより転載)
ショーヴェ洞窟の壁画。Photo: HTO(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとWikipediaより転載)

壁画が語る前兆

By エイミー・アーバイン・マクハーグ   |   2011/10/11 2011年10月11日

エイミー・アーバイン・マクハーグは素晴らしい著作家です。今回は彼女が気に掛けていることについて書いてもらいました。すでにお手元に届いているパタゴニアの『Winter 2011』カタログに掲載された彼女のエッセイ『赤い景色』もお見逃しなく。『赤い景色』はパタゴニアの現在の環境キャンペーン「アワ・コモン・ウォーターズ」について優れた著作家たちが執筆したエッセイの1本です。

フランスのミディ・ピレネー地方より。2011年9月

ショーヴェ洞窟の壁画。Photo: HTO(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとWikipediaより転載)
ショーヴェ洞窟の壁画。Photo: HTO(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとWikipediaより転載)

私はフランス南西部にある、奔放に繁茂した険しい丘から入る洞窟に立っている。ここは以前、放浪するクライマーとして、切り立った雄大な石灰岩を登るために訪れたことがある場所だ。今回は岩の表面ではなく、その奥まったところを探検するためにやってきた。登るべき場所ではあるが、不屈の水の流れによって数千年の間に開かれた地下のくぼみへと下るために。考えてみれば、この過程は外壁に一本指のポケット「モノドワ」ができるそれと似通っている。もちろん自分を優れた岩の彫刻師だと勘違いしているクライマーが、ドリルで開けた穴を勘定に入れなければの話だが。

ニオー洞窟には壁の上を波打ち、影にゆれる動物の壁画がある。馬、バイソン、アイベックスが、まるでどこかちがう場所、もっと内部の奥深い領域から出現してくるかのように動く。上部旧石器時代まで遡るこういった古代の壁画の練達した職人技法について、ピカソはこんなことを言った。
―それ以来、我々は何も学んでいない。

ガルガス洞窟でも同じ動物たちが見られるが、それらの一部は最近の鉱水に覆われている。方解石の沈殿による白い覆いによって、野獣たちが醸し出す異世界的な効果がさらに高められ、それはまるで神秘のベールに体を半分隠しているかのようだ。その夕方、遅い夕食で出されるシチューに誘導されて、私は別世界からやって来たかのような有蹄動物を夢見るだろう。ヨーロッパの旧世界よりはるかに別の世界の…。

フランスの旧石器時代の洞窟は存続が危ぶまれている。それを見にやって来る人間という単純な存在によって。私たち人間の呼吸や足下を照らすライトが方解石の形と旧石器時代の芸術の両方を多大な危機に晒しているのだ。残されたものを保護するため、多くの洞窟が一般に閉じられるか、非常に制限された条件下のみで開放されている。

そしていま私たちは理解している。それはとても脆弱な環境というものに対処するもっともな方法なのだと。

この場所は未開で乾燥した赤い不毛の地形である私の故郷、アメリカ南西部の砂漠とは、すべての意味において異なった場所のように見える。砂漠はすべてが外気に晒され、青々とした感覚とは無縁だ。だが、そこでもその主要となる建築家は水である。多くのしなやかで感性豊かな地形は水によって形作られてきた。そしてその地方の孤立した山脈に発し、コロラド・リバーとその支流に流れ出る雪解けのわずかな水がなければ、すべての生命はなくなってしまう。

この砂漠でも私たちは出現という着想に出くわす。初期の人間は、ある世界から別の世界への抜け道というホピ族の言葉「シパプ」から出て来た動物や人間を、つやのある砂岩の壁に刻んだ。とくにユタ州南東部のある岩面彫刻には鹿、鳥、オオツノヒツジ、そして人間という多くの生き物が、第3の世界から第4の世界へと出現する様子が描かれている。これを見ると、すべての生き物が分かち合う相互作用と関連性の壮大な感覚を把握できる。

メサベルデ国立公園のシパプ。Photo: Wvbailey(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとWikipediaより転載)
メサベルデ国立公園のシパプ。Photo: Wvbailey(クリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとWikipediaより転載)

私たちはアメリカ南西部の砂漠をフランスの洞窟と同じように考えはじめなくてはならない。いまこの段階では、最も悪影響を与える行為であると見なす人びとを責めることは意味のないことかもしれない。そして私たちがこのような数で存在するということ自体が、繊細な赤い土をまき散らし、砂漠とその居住者を癒す水となる山の雪原にそれを到達させる結果を招いているのかもしれない。

自国でも外国でも、私たちは自分自身の出現という問題の支配下にあり、そして予測不能な気候を経験する時期に遭遇している。私たちの数は繊細な地形が維持するには多い。いや多すぎるのだろう。

「私たちは何かを学んだ」ということに期待しようではないか。そしてつまりそれは、新しい世界に移動しなければならないということだ。私たちの流域を積雪量や貯水池の高さだけではなく、その欠如でも定義する流域に。

壁画は前兆なのだ。だとしたら私たちはそれをどう解釈すべきだろうか。

エイミー・アーバイン・マクハーグは6代目のユタ人で原生地域の保護活動家。元クライミング・バムの彼女はバックパックをベビー・キャリーに変えて活動中。彼女の最新著作『Trespass: living at the Edge of the Promised Land(不法侵入:約束の地の境界での生活)』は2008年度のオライオン・ブック賞受賞。次作『Terra Firma(大地)』は2012年にCounterpoint Pressから出版予定。

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