クリーネストライン


フィッツ・ロイの山頂のヘレンとビーン・バワーズ。Photo: Bean Bowers Collection
フィッツ・ロイの山頂のヘレンとビーン・バワーズ。Photo: Bean Bowers Collection

クライミング・アンバサダー、ビーン・バワーズ 1973-2011

2011/12/12 2011年12月12日
フィッツ・ロイの山頂のヘレンとビーン・バワーズ。Photo: Bean Bowers Collection
フィッツ・ロイの山頂のヘレンとビーン・バワーズ。Photo: Bean Bowers Collection

深淵な悲しみと敬意をもって友人であり、パタゴニアのアルパイン・クライミング・アンバサダーのビーン・バワーズの逝去をお知らせしなければなりません。ビーンは6か月の闘病生活の末、今年7月にガンで亡くなりました。ビーンが私たちに残してくれた最後のエッセイを、ぜひパタゴニアの最新カタログ『Bitter Cold 2011』の冒頭ページに掲載の「立ち往生」でお読みください。カタログはパタゴニア直営店でご入手いただけます。

以下は今年4月にUSサイトのブログ(クリーネストライン)に友人であり、同じくパタゴニアのアンバサダーであるケリー・コーデスが投稿した、ビーンの闘病生活についての記事です。ビーンは友人たちが作ってくれたサイト、Bean Fever(英語)でも治療経過を公開していました。ビーンの奥さんヘレンとご家族、そして友人たちに、私たちの思いと祈りが届きますように。

アルゼンチン領パタゴニアのエル・チャルテンのヘレンとビーン。彼らは数シーズンをここにある小さなキャビンで細々と暮らした。Photo: Kellly Cordes
アルゼンチン領パタゴニアのエル・チャルテンのヘレンとビーン。彼らは数シーズンをここにある小さなキャビンで細々と暮らした。Photo: Kellly Cordes

「ビーンの戦い」

私たちの友人でパタゴニアのクライミングアンバサダー、ビーン・バワーズは第2回目の抗癌治療を終えたばかりだ。

すべてがとても奇妙で変に思える。クライミングの最大の楽しみのひとつは見知らぬ、そして時としてカオスの状況で自分を制御する感覚だ。僕はそれが大好きだし、皆もそうだと思う。ビーンのような僕らのなかで最も冒険的なヤツらは、ワイルドな状況を受け入れる潔さで僕らを刺激し、すべてを物語るかのような輝きをもって帰還する。僕らに無力さを感じさせるような巨大で冷たく、企業本位で腐敗した世界とは非常に対照的だ。野生の場所では、僕らはそういった世界を逃避し、真に生きる。そこでは自分自身と運命をコントロールできるのだ。だがすべてがそんな風にはいかない。真夜中に吐き気で目覚め、身悶えするような頭痛に襲われ、体が突然腫瘍に苦しめられるというのはそんな風にはいかないんだ。

だから僕らはそんな状況で手を差し伸べたい。

クライミング・アンバサダー、ビーン・バワーズ 1973-2011

ビーンの友人である僕たちは人びとに進行状況を知らせるため、そして助けを差し伸べたい人びとにカンパの場を与えるため、ビーンのウェブサイトを作った。(ビーンはFacebookもあまりやらないし、ブログなんて問題外だから)。どんな小さな金額でも小さすぎることはない。すべてが助けになる。4月28日午後6時半にはボルダーのエイボリー・ブルーイングで募金集めをする。近くにいたらぜひ来てほしい。絶対楽しいから! ライブと無言のオークションには西部最高の良い品が勢揃いしている。入場料からラッフル・チケットまで、収益金はすべてビーンとヘレンに直接寄付される。癌治療のコストは天文学的数字に上る。高額な控除免責金額をもつ健康保険の、はるか彼方の金額だ。山岳ガイドと大工として生計を立てているビーンは、当分のあいだ仕事ができない。そして彼の素晴らしい妻のヘレン(彼女自身すごいクライマーでもある)はビーンの看病にすべての時間を注ぐため、仕事をはなれている。ビーンの生存と回復に完全に献身するために、2人は家をはなれ、デンバーにある病院の近くにアパートを借りている。

ビーンのことをよく知らない人のために、僕らが彼を愛する理由を挙げたい。活気的かつ強靭でユーモアがあり、力強く聡明で純粋。真のハードマンで温かい心をもつタフな野郎。忠実でまったく嘘がなく、単刀直入な男。本当に素晴らしい人間だ。足首の骨がほとんど癒着した状態で歩きながらも言い訳は一切なく、普通の人間には想像できないほどハードに登って滑り、つねにベストを尽くす。僕らが窮地にいるときに、頼りにできるヤツだ。僕らは皆、ビーンのような人間を知っていて、そして愛している。彼らは僕らをインスパイアし、いかさまのような世界で真実すべてを反映する人たちだ。僕らは彼らを不死身だと思いたい。ビーンはジョニー・コップとジョシュ・ウォートンとともに2005年に登ったトーレ・エガーの頂上から30メートルも滑落した。背骨を打撲したが、それ以外は大丈夫だった。1年後にはフィッツロイで暗闇のなかをノースピラーまでアプローチする途中、ガレたミックスの山地で15メートル滑った。跳ねかえり、暴言を吐き、立ち上がってゴミを払ったあと、ジョシュと彼は1,200メートルのカサロト・ルートをフリー化しただけでなく、初のワンデー登攀も達成した。下山した翌日、ビーンはヘレンとフィッツロイに戻り、交代でリードしてフランコ-アルゼンチン・ルートを登攀。これはパタゴニアでヘレンが登頂した初のピークだった。そして、伝説的な水男のエピソードはいうまでもない。この場ではこの典型的なビーンの物語をうまく語ることは不可能だ。その詳細は12月に発行される「Bitter Cold 2012」カタログをお楽しみに。

世界中の多くの巨大なルートを登り、ガイド客のために人生最高の冒険を提供してきたビーンは、つねに強運の持ち主のように思えた。だが不幸なことに誰しも、不死身ということはない。昨年のクリスマスのころ、バックカントリースキー中に大腿骨を骨折。1月はじめごろに吐き気で目覚め、どうしよもない頭痛に襲われた。そして彼は数時間後、脳手術を受けていた。腫瘍が彼の体を侵害していたのだ。どこからともなく突然、ビーンは第4段階の癌と診断された。

コロラド州インディペンデンス峠のビーン。Photo: Kelly Cordes
コロラド州インディペンデンス峠のビーン。Photo: Kelly Cordes

僕らがどれだけ傷つきやすく脆いかを考えるのは、時として奇妙なことだ。僕らは誰しも快活でタフなのに・・・。ミステリー、矛盾、そして気まぐれな命。でもそれは同時に美でもある。

そしていま、美の一部は友人の必死の戦いに手を差し伸べることでもある。ビーンのような人びとは、僕らが彼のような人に見いだす素晴らしさを自分自身にも見いだす自信と、そして意義ある人生を歩む勇気を与えてくれる。僕らは少しでもそのお返しができたらいいと願っている。

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