クリーネストライン


セロ・トーレ。南東稜は(カメラに向かって)写真中央にある山稜を登る。ルートの取り付きは見えないが、右側にある山稜の基部にある巨大な雪塊だ。Photo: Kelly Cordes
セロ・トーレ。南東稜は(カメラに向かって)写真中央にある山稜を登る。ルートの取り付きは見えないが、右側にある山稜の基部にある巨大な雪塊だ。Photo: Kelly Cordes

セロ・トーレ:理性からの逸脱

By ケリー・コーデス   |   2012/02/20 2012年2月20日

1月16日午後遅く、ヘイデン・ケネディーとジェイソン・クルックはセロ・トーレの山頂に座り、決断を下していた。

いやはじめから話そう。まずこれだけはクリアにしておきたい:僕たちには何かを登頂するという不可分の権利はない。もし人間が作った道が取り除かれたあと、あなたが山を登れないとしても、あなたから盗まれたものは何もない。

偉大なポーランドの登山家、ヴォイテク・クルティカは、「もし霊的な物質主義というものがあるとすれば、それは山という謎を解明してそれを受け入れる行為ではなく、山を所有するという衝動にみられる」と言った。

セロ・トーレ。南東稜は(カメラに向かって)写真中央にある山稜を登る。ルートの取り付きは見えないが、右側にある山稜の基部にある巨大な雪塊だ。Photo: Kelly Cordes
セロ・トーレ。南東稜は(カメラに向かって)写真中央にある山稜を登る。ルートの取り付きは見えないが、右側にある山稜の基部にある巨大な雪塊だ。Photo: Kelly Cordes

僕は具体的にはパタゴニアにある異世界の岩峰、セロ・トーレについてのもう1つの激しい論争について言及している。アメリカン・アルパイン・ジャーナル誌での、シニア編集者としての11年間の仕事のなかで、僕はセロ・トーレの奇妙かつ複雑な歴史について学んできた。また自己の体験から直接得た知識もある。2007年にコリン・ヘイリーと僕はセロ・トーレの南と西の壁をリンクする新しいルートを登り、論争の的である、南東稜を登る「コンプレッサー・ルート」を懸垂下降した。

現在の論争について簡単に説明しよう。

1月中旬、ヘイデン・ケネディジェイソン・クルックは13時間という驚異的なスピードでセロ・トーレの南東稜、コンプレッサー・ルートを登攀した。これはルート上にちりばめられた悪名高きボルトを使わない、長年待望された「公平な手段」による登攀で、皆がこの偉大な登頂を称賛した。彼らは下降時におよそ120本のボルトを撤去した。多くの人びとはこのボルトの撤去に賛同したが、異論を唱えた者も多く、なかにはカッとなった人もいた。1970年にイタリアの登山家、チェザレ・マエストリが開拓して以来、コンプレッサー・ルートは、ハードウェアと足場さえあれば何でも克服できる、というスポーツマンにあるまじき行為の例として、その当時ですら世界中で非難を浴びた登攀だ。マエストリは2シーズンにわたる極地法で130キロ以上のガスコンプレッサーと何百メートルもの固定ロープを使い、岩に400本あまりのボルトを打ち込んだ。完璧に良いクラックがある場所にもボルトを連打し、ボルトの梯子で自然の岩のフィーチャーをわざと避けて登れるようにした。これだけのエネルギーを費やしたにもかかわらず、彼は山頂手前の30メートル地点で敗退し、下降しながら、あとにやって来るクライマーが使えないよう、みずから埋めたボルトを撤去しはじめた。彼は「ボルトをすべて撤去して、岩を元のクリーンな状態に戻したかった」と書いたが、20本撤去したあと、チームメートと迫る悪天候のプレッシャーに負けて、それを放棄した。

コンプレッサー・ルートの10ピッチ目にちりばめられたボルト。Photo: Rolando Garibotti
コンプレッサー・ルートの10ピッチ目にちりばめられたボルト。Photo: Rolando Garibotti

そしてクライミング界のこの最新ドラマにおける僕の立場はといえば、撤去してもいいというものだ。もともとそこに在るべきものではなかったのだから。でも僕にとっては、正直ボルトがそこに残されるべきかどうかよりも、それについての議論の方が興味深い。この問題から実際に影響を受ける人の数はとても少なく、受けたとしても意義のない程度だからだ。セロ・トーレが一度も登攀されずにシーズンが過ぎることもあるのに、これについての反応には仰天させられる。登攀後、町に戻ったヘイデンとジェイソンの借家には怒りの群集が押し寄せ、警察沙汰になり、ウェブサイトの掲示板への投稿は意味をなさない辛辣な批判にあふれている。面白いことに攻撃的な反応のほとんどはセロ・トーレに触れたこともない人からのもので、この地域に献身し、歴史を作ってきた人の多くはボルトの撤去を支持しているようだ。いずれにしてもこの反応の度合いは、山の基部からも見えないボルトがそこにあるべきかどうかという問題の、はるか先の何かを反映しているように思える。

コンプレッサー・ルートの11ピッチ目のボルトラダー。Photo: Dörte Pietron
コンプレッサー・ルートの11ピッチ目のボルトラダー。Photo: Dörte Pietron

いくつか考慮してほしい:

• 商業ということではまた別のトピックだが、セロ・トーレはこれまで一度もガイドされていない。よってコンプレッサー・ルートにクライアントを登らせることができないという理由で生業を失う人は誰もいない。

• 1970年のマエストリのやり方は「その当時」の通常においても公平な手段だと考えられなかった、ということを念のためにもう一度言っておきたい。その後すぐ、高い評価を受けているマウンテン・マガジン誌は、“Cerro Torre: A Mountain Desecrated(セロ・トーレ:汚された聖なる山)”という特集記事を掲載した。またそのころラインホルト・メスナーは、“The Murder of the Impossible(不可能なことの殺害)”と題した、極地法を激しく非難する多大な影響力をもつ記事を書いた。

• ボルトはそれ以外の方法ではプロテクションの取れない短いセクションを登ったりリンクしたりするという理にかなった使用においては、長年受け入れられてきた。だがコンプレッサー・ルートはスティッキーなゴム底やアイスツールや伸縮性のあるロープなどの補助を使うといった妥当なやり方からは、20コマも逸脱している。

• クライマーはルートはしばしば創造物だと考える。だがボルトやアンカーといった永久的な人工手段を設置することと、文学や映画や芸術といったオリジナルの創作物を比較するのは正しくない。セロ・トーレは人間が傷つける前、すでにオリジナルの創造物だった。僕たちは皆、冒険をする場所に何らかの影響を与える。価値ある歴史と公共物の汚損を区別するものは何なのだろう。マエストリのボルトとコンプレッサー(それはいまもセロ・トーレの脇に掛かっている)を、保護すべき歴史の一部と見なすのであれば、それは世界で最も美しい山に散らかされたままにしておくのではなく、美術館に収められるべきだ。

ルート名の由来となった悪名高きコンプレッサー。Photo: Kelly Cordes
ルート名の由来となった悪名高きコンプレッサー。Photo: Kelly Cordes

• クライミングには決まったルールはない。民主主義ではないにもかかわらず、我々の自己規制は驚くほどうまく機能している。僕らは細かいことを議論するが、全体的にはボルトは上手に打たれ、その結果、受け入れられている。ボルトを打ち込む人たちは、この共通の理解に違反すれば蔑まれ、ボルトはおそらく撤去されてしまうであろうことを知っている。でもそんなことは滅多には起こらない。セロ・トーレのような崇拝された山にマエストリがやったような冒とくを犯す人は、めったにいないからだ。

• 国籍は理由となるのだろうか? マエストリはイタリア人でアルゼンチン人ではなく、一方的に行動した。ボルトなどの設置を「許可」するシステムはなく、毎年世界中からパタゴニアを訪れる登山家たちは、自分たちの意思で山に永久的な変化を与えている(そのほとんどが妥当なやり方による小さな変化だ)。外国人だからという理由でヘイデンとジェイソンにボルトを撤去する権利がないと考えたいとしても、理屈的には誰か一人、つまりマエストリにそれを許可したのなら、その他の人にも同様の許可を与えるというのが当然だろう。

• 論争の的であるボルトを取り除くのではなく、放置しておくというのがなぜデフォルトの立場であるべきなのだろう? 前者の方がはるかに議論の余地の少ない、元の山の状態に近いのにもかかわらず。

• これはただのクライミングだ。実際、僕は誰かがこのことを言い訳にしているのを聞くのが大嫌いだ。なぜならそれはしばしば常軌を逸した行為を正当化するため、あるいは批判的思考法が欠如しているときの言い訳として不正直な使い方をされるからだ。だがもし気遣わないことを正当化するために「より偉大な大義(アフリカで飢える人びとや集団虐殺や拷問など)」の議論を使うのであれば、たしかにより偉大な大義はいつだって存在する。だったら僕らが窓からゴミを投げ捨てないのはなぜか? 冗談抜きに、集団虐殺が起きているときにビッグマックの包み紙一枚が捨てられるのが何だっていうんだ? 何かについて気遣うのは良いことだ。だがその鍵は自分の観点が何であれ――そしてボルト撤去に賛同する必要はなく――全体像を維持するということだ。ヘイデンとジェイソンに対する憎しみのこもった、しかもほとんど暴力的な反応は気違い沙汰だと思う。彼らは誰もが認める過剰にボルトが設置されたルートからいくつかの金属を撤去したにすぎない。一部の人たちは冷静さを取り戻す必要がある。

セロ・トーレの高みから北を臨む。写真の一番下部にあるピークはトーレ・エガー。Photo: Kelly Cordes
セロ・トーレの高みから北を臨む。写真の一番下部にあるピークはトーレ・エガー。Photo: Kelly Cordes

セロ・トーレはいまもそこにある。コンプレッサー・ルートという些細なもの以外、それまでずっと永久に存在してきた状態にわずかに近づいている。まだ登攀はできる。だがこれからは公平な手段で登攀しなければならない。それが悪いはずはない。

偉大な芸術と同じで、偉大な登攀は世論によって作られるのではない。ではクライミングの創世記からそうであったように、参加者が幅広い意味で表現や無秩序、そして自由を根本的な価値観として引き合いに出す自己規制の世界では、論争の的になっているボルトのラインをどうするかを決めるのは誰なのだろうか?

それは椅子に座り、ヘイデンとジェイソンはそのような決断を下すには若過ぎると口角泡にキーボードを叩く人たちではない。まず自分の意見を尋ねられるべきで、まるでヘイデンとジェイソンが彼らに何か借りがあるように、そしてそれに対して許可/不許可を与える権利があるかのように主張するウェブ掲示板にいる昔クライミングをやったことのある、あるいはやろうとした人たちではない。またありのままのセロ・トーレの価値を理解できない、または理解しようとしない人でもないし、いま元の状態にちょっとだけ近づいた山について何の知識もないのに狂乱する人でもない。また僕のように、快適な家に居ながら撤去に同意する人でもない。

決断するべき人は、セロ・トーレの壮大な南東稜の神秘を解き明かし、その結果を受け入れる勇気と技術をもった人だ。3週間前のある午後、セロ・トーレの山頂に座った2人だ。ヘイデンはジェイソンにこう言った。「僕らのヒーローたちは皆40年ものあいだ、これについて語ってきたんだ。やろうじゃないか」

そんな人だ。

昔からずっとそうだったように。

詳細は下記をご覧ください:

ヘイデン・ケネディーとジェイソン・クルックの公式声明(英語)

A Mountain Unveiled(ヴェールの解かれた山)”—アメリカン・アルパイン・ジャーナル誌に掲載されたセロ・トーレ初登に関する論争についての、ロランド・ガリボッティによる明快なエッセイ(英語)

Patagonia’s Cerro Torre Gets the Chop: Maestri Unbolted (Photo) (パタゴニアのセロ・トーレがチョップされる:かんぬきを外されたマエストリ)”—クライミング著者で歴史学者のデイビッド・ロバーツとキャサリン・サール共著による、最新の出来事についてのバランスの取れた記事(英語)

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