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「ラクシャディープの五行」~マイケル・キュウのサーフトラベルストーリー『クロッシング』からの抜粋

「ラクシャディープの五行」~マイケル・キュウのサーフトラベルストーリー『クロッシング』からの抜粋

By マイケル・キュウ   |   2012/04/12 2012年4月12日

マイケル・キュウ

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第7章:「ラクシャディープの五行」より

船室が揺れている。トレバー・ゴードンの目はどんよりとし、瞳孔は開いている。午前5時4分。彼は時計回りにお腹をさすり、奇妙な呼吸をしながら、単調に話す。

「俺が気を失わないようにしてくれ。俺たちは離れちゃいけない」

外では温かいラッカディブ海に青白い月光が差している。全長89メートルのラクシャディープ号は左右に揺れながら9ノットの速度で東に進む。 同じ部屋で寝ていたチャド・コニッグが痩せた夢遊病者の姿に目を覚ます。

「とにかく新鮮な空気が必要なんだ」 ゴードンがもごもごと口を動かす。

外へ向かったゴードンは2歩踏み出すとバランスを崩し、舷墻に肘をかける。肩は、最近いい波に恵まれてサーフィンしすぎているせいで、筋肉痛だ。コニッグと一緒に宇宙に思いを馳せ、横を流れていく海を眺める。

[写真上:ラクシャディープで目を大きく見開くパタゴニア・アンバサダーのトレバー・ゴードン。トレバーは本書『クロッシング』の表紙画も手がけた(下)。
 
水平線の彼方では、ソマリア海賊がこんな船をねらって徘徊している。ラクシャディープのヤシで覆われた人気のない環礁は、擲弾発射機やカラシニコフ銃で武装し、船舶を襲撃しては身代金を要求する細長い目をした東アフリカの略奪者たちの温床となっている。貨物船や石油タンカーが好まれるが、実際はどんな船でもいいようだ。 残念ながらラクシャディープ号に乗船しているのは、コーチンの港町へ向かう260人の島民とインド人だけ。航海は21時間だ。

離れちゃいけない!

海賊に安全地帯などない。ラクシャディープはソマリアの東2,575キロ沿岸に位置するが、ソマリア海賊はハイジャックした船とともに射程距離を250万海里四方まで広げた。2010年には北西インド洋全域で1,181人を人質に捕り、数百万ドルもの身代金を手に入れている。そのうちの30%はアルカイーダに関係があるというソマリアのテロリスト組織、アル・シャバブに渡っている。

2011年はじめ、ラクシャディープはソマリア海賊と遭遇し、暴力抗争になった。ラクシャディープ諸島の無人地帯は海賊や麻薬密輸業者、イスラム系テロリスト組織の温床になりやすい。俺たちが昨年サーフィンした環礁のひとつでは3体の遺体が発見されている。夜明けが空を染めるなか、ゴードンとコニッグはしあわせにもこの事実を知らないでいる。

階下にある緑の扉の礼拝室では、若いスンニ派イスラム教徒がファジルの礼拝を終えたばかり。ファジルとはイスラム教の五行であるシャハーダ(信仰告白)、サラー(礼拝)、サウム(断食)、ザカート(喜捨)、ハッジ(巡礼)に含まれている、1日5回しなければならない礼拝のひとつである 。

彼は頭を右へ、そして左へと向けて唱える。アッサラーム・アライクム・ワ・ラハマトゥッラー。「平和とアッラーのご加護があなたにありますように」

他の部屋ではジョーンズ、アンダーソン、ギベンズの3人が夢のなかでうとうとしている。彼らに平和がありますように。アッラーのご加護はここ1週間、青空とインド洋南西から降りてきていた。そしてそれは今晩、この船をゆっくり揺らす周期の長いうねりというご加護になっている。ラクシャディープの美しい珊瑚礁、地理的にはモルジブ諸島とチャゴス諸島につながるこの12の環礁をなでながらやってくるうねり。ここはサーフゾーンなのだ。

目を覚ましたゴードンの瞳孔は元に戻っている。そこに広がっているのは、見慣れたラクシャディープのチューブからでるゆがんだブルーとは違う海。コニッグの意見も同じ。

「あれは本当だったのか?」 ゴードンは洗っていない頭を掻きながら言う。「俺たちは本当にあれだけのバレルを決めたのか?」

その若いイスラム教徒は、環礁にいるとき、礼拝と父親の乾物屋の手伝いの合間に、5人のサーファーが桟橋から飛び降りて波に消えてはまた波から姿を現す様子を繰りかえし見ていたと言った。彼の父親はこの波のことをアラビア語で「水のトンネル」と呼んでいたという。その若いイスラム教徒は友人や家族、そしてたくさんのこの船の乗客とともに、白いコンクリートの手すりに腰を下ろしていた。大きなセットが杭にぶつかるたびに、彼の色の濃い顔とひげは潮の飛沫をあび、桟橋は震動で揺れた。

彼はこの桟橋をサーフゾーンの中心に作った自国の政府に苛立った。船をドックできないし、珊瑚礁は環境的に傷つきやすいため、地元民はここから釣りをすることもできない。この桟橋が使えるのは、ココナッツに囲まれた生活の延長という以外はサーファーを眺めることだけだ。だがラクシャディープにはサーフィンする人間はいない――いまのところは。コニッグはコサート・アライアを、アンダーソンは壊れたヘイデン・スラスターを2本置いていった。

今日、この若いイスラム教徒の気分は爽快だ。弟と姉に会いに行くのだ。1日の中で大好きな時間である夜明けにアッラーと繋がることができるファジルは、彼のお気に入りの儀式である。

彼は階段を上って外に出る。深呼吸をすると、温かい風が顔をなでた。船首にいるコニッグとゴードンに手を振る。

コーチンまでもうすぐだ。コーチンは彼にとっては大都会。喧噪と異臭が漂い、高層ビルが広がり、汗と渋滞が集まる無秩序の社会。しかしそこはコーチン科学技術大学へ通う姉の仮の住まいでもある。彼女は海洋生物学者になりたいという。

彼はこう思う。来月帰宅したときに、もしも海賊に先を越されていなかったら、あのアライアを試してみたいと。

マイケル・キュウはサンタバーバラ郡に拠点を置く作家・写真家である。

「会話を盗聴するかのような聴覚、そして遠い地の文化への果てしない好奇心をもつキュウ。彼の言葉の錬金術は、冒険のあとは概して巧みさを増している。 その冒険の多くはソロで行われ、旅行会社すらどうやって行くのかわからないような南太平洋やインド洋の忘れられた地域に存在する離島や珊瑚礁へのものだ」 ——サンタバーバラ・インディペンデント紙

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[表紙画:トレバー・ゴードン]

『クロッシング』のご注文方法:マイケル・キュウの10年分の旅行記が、ピートヘッド出版の11cm×17cmのサイズに、480ページにわたって満載されています。地球上のトップ10に入るサーフゾーン:ゲール、ポリネシア、スカンジナビア、インド洋、メラネシア、カリブ海、アジア、ミクロネシア、アフリカ、そして太平洋岸北西部についてのストーリーが35章にわたって綴られています。『クロッシング』には色も写真もありません。必要最小限のテキストだけの、モノクロ印刷の書物です。ご希望の方は直接peatpub@gmail.comまでお問い合わせください。

 

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