クリーネストライン


ゾロゾロと岩場へ向かう参加者たち。写真:横山 勝丘
ゾロゾロと岩場へ向かう参加者たち。写真:横山 勝丘

地球の裏側より ~クライミングがもたらす美しい一日~

By 横山 勝丘   |   2012/04/19 2012年4月19日
ゾロゾロと岩場へ向かう参加者たち。写真:横山 勝丘
ゾロゾロと岩場へ向かう参加者たち。写真:横山 勝丘

今日も外は強風が吹き荒れている。ここは地球の裏側、アルゼンチンはエル・チャルテン。パタゴニアの山々を登るためにここまでやってきたぼくたちだったけど、ここ数日間、小さなこの町で悶々とする日々を過ごしていた。いつもより早い昼飯を食べ終えたぼくとハナ、そして宿で出会ったデラ、3人の即席日本代表は、街のすぐ裏手にあるボルダーに向かった。今日はここでボルダリングコンペがあるというのだけれど…。エントリー開始の13時に合わせて会場と思しき池のほとりに着いたが、風吹きすさぶ草原には誰もいない。待つこと30分、ようやくポツリポツリと人が集まりだした。そうか、ここは南米だった!ここに滞在を始めて2週間あまり経つけれど、南米時間への順応にはまだ時間が必要なようだ。

ひとたび人が集まりはじめれば、数はみるみる膨れ上がってゆく。数日前に一緒に飲んだ友人もたくさん見たかと思えば、初めて会う現地の強そうなボルダラーまで。中には、ケイト・ラザフォードジャスミン・ケイトンの顔も。もちろん彼女たちも大きな山を登りにここまでやって来ているのだけど、なにせこの天気だ。数日前に会ったときはウンザリした顔をしていたけれど、今日は晴れやかな表情だ。「今日はとことんエンジョイね」とニコニコしている。そう、気分転換も必要だ。それに、生岩コンペはそれで良い。勝負云々よりも、とにかくその場の雰囲気を楽しむ。それに尽きるのだ。こっちも負けてはいられない。ふと、一組のカップルが声をかけてくる。
「ジャンボ?」
「そうだけど?」
「秋にヨセミテで会って、そのあとユタのインディアンクリークでも会ってるよね?」
おぉ!!!!あのとき出会ったハンガリーとイスラエルの2人だ。まさかこんな場所で再び会うとは。クライミングの世界は相変わらず狭い。デラともそんな感じで、共通の知り合いの話で盛り上がったのはつい一週間ほど前のことだ。でも、そんなクライミングコミュニティの、ほどよい大きさがぼくは好きでもある。

森に囲まれた最初の岩場。写真:横山 勝丘
森に囲まれた最初の岩場。写真:横山 勝丘

コンペはカテゴリー別で、スペイン語で何を言っているのかほとんど聞き取れないうちに、ぼくたちは最上級クラスに振り分けられた。まあそうこなくっちゃ。いやでもモチベーションが上がるというものだ。簡単な競技説明のあと、クライマーたちはカテゴリー毎にそれぞれの岩場へと散らばっていった。ぼくたちは丘をひとつ越えて森へと入ってゆく。大きくて傾斜が強い岩に課題が何本か用意されていて、最初はこれ、次はこれ、といった感じで、みんなで順々に登っていく。コンペというよりは、大人数でのセッションという感じだ。あまりに人数が多すぎて、タイミングを見計らって入り込まなければいつまでたっても登れない。ぼくたちも負けじと割り込む。背後のスポットと声援に押されて、緊張感などどこへやら、気持ち良く最初の2本の課題を登ることができた。ひととおりみんなのトライが終わると、群衆はその反対面にワラワラと大移動をはじめる。以前、この岩を訪れた際に「やりたいなあ」と思っていた美しいフェースがあったが、なにせ岩が高すぎて、ぼくたちのクラッシュパッド1枚ではとても恐ろしくてトライできないでいたのだ。でも今日は、10枚以上のクラッシュパッドと屈強なスポッターたち。やらない理由がない!

まずは右のラインをトライしはじめるが、みんな上部の同じ場所からドカンドカンと落ちてくる。ぼくもそこまでは行くが、その上はなかなかシビア。恐怖心が先に立ってしまい、ぼくは3回トライして諦めた。なかなか完登者が出ずにいたが、1時間ほどのセッションのあと、地元の強い若者が一抜けする。会場大喝采!みんなでセッションして、誰かが登る。これぞTeam Effort! これだから外岩のコンペは面白い。ひとりが登ると、その勇気をもらったおかげか、結局4人がトップアウトした。その後、左のこれまた高い課題でもセッションがはじまった。ぼくも結構いい線まで行ったけど、どうしても最後のムーブで左手が抜けてしまう。みんなでマシンガントライを敢行するも、結局誰も登れずに終わってしまった(ぼくは5日後に再訪して無事完登した)。

 Team Effort! 無名課題(V8)を登る横山勝丘。写真:デラ
Team Effort! 無名課題(V8)を登る横山勝丘。写真:デラ

この岩ひとつで、もうヘトヘトになるほど体力を使い果たしてしまった…。時計を見るとすでに18時。「もうあとはビールでいいかな?」という空気が流れる。が、ハイライトはこの先に待ち構えていた。開会式会場に戻ると、丘の向こうからなにやら分厚いマットが運ばれてくるではないか。一体何がはじまるんだ?すべての観衆の視線が集まる。そして、高さ8メートル近いフェースで最後のセッションがはじまった。みんなのボルテージが急上昇していくのが手に取るようにわかる。ぼくだって遅れを取ってたまるか!続々と周囲にいた観衆も集まってきた。ここはちょっと欲を出して一抜けし拍手喝采を浴びようと目論んだが、1回目はムーブをミスしてあえなく撃沈…。でも、無事に3度目のトライで登り切ることができた。最上部はかなりの緊張感だったけど、今日は体も心もみなぎっている。慎重に一手ずつ伸ばしてついに岩の上に立ったとき、200人近い会場のみんなが割れんばかりの拍手を送ってくれた。長いことクライミングを続けてきたけれど、そのほとんどが観衆のいない山の中。こんな瞬間はぼくにとっては珍しく、そしてかけがえのないものだった。

そんなこんなで、気づいてみれば時間は21時。腕には乳酸、心には満足感がフル充填され、最高に楽しいコンペは幕を閉じたのであった。あまりの空腹を覚えたぼくたちは、23時からの表彰式を待たずして会場を後にした。どうせ3課題しか登っていないので表彰台に上がる可能性は間違いなくゼロだけど、順位なんてどうでもいいよ、というのが偽らざるぼくの気持ちだった。まさか地球の裏側で、こんな夢のような時間を過ごせるなんて思ってもみなかったのだから(日本代表としては失格だけどね)。

何やら分厚いマットが登場して…。写真:横山 勝丘 
何やら分厚いマットが登場して…。写真:横山 勝丘 

そうそうこの日、もうひとつ面白い出会いがあったことを記しておこう。コンペ会場でひたすら写真を撮っていたカメラマンがいたのだけど、ぼくは一目見るなり彼から視線を反らすことができなかった。写真を撮るその姿、何かを見つめるその視線、そんな一挙一動が、ぼくにはどうしてもアラスカの山に逝った親友に見えて仕方がなかったから。ぼくが最後の高いフェースを完登したとき、彼は岩の上から写真を撮っていたが、ぼくが岩の上に立つと、まるで我がことのように喜んでくれた。別れ際、ぼくのそばまでやって来て尋ねた。「アルゼンチンのクライミング雑誌に君が登っているのを載せてもいいかい?」「もちろん!」

いろいろな出会いがある。それがクライミングをより価値のあるものにしてくれる。今日という美しい一日と、そこで出会ったすべての人々に乾杯。

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60日間の南米遠征を終え、4月に帰国したばかりのパタゴニアのクライミング・アンバサダー、「ジャンボ」こと横山勝丘。遠征ではパタゴニアのロゴとしても馴染み深いフィッツ・ロイを登攀。なお、ボルダリングで最も愛用するパタゴニア製品はフーディニ。「風が強いパタゴニアでは、フーディニは必携。町にいるときでも走りにいくときでも、そしてボルダリングでも。薄くて軽いので、着たまま登ってもまるでストレスなし」

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