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登山家のように考える

登山家のように考える

By チャリッサ・ルジャナベック   |   2013/01/15 2013年1月15日

チャリッサ・ルジャナベック

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イヴォン・シュイナードが私のレーダーに映ってきたのは1999年でした。

私はユタ州南部に滞在する中西部出身の若い女性で、その夏、西部の劇的な景色に驚愕していました。それまでミズーリ州の森の向うへ旅したことのなかった私は、野生の山々や砂漠や川を探索するのをとても楽しみにしていました。そしてまもなく、私は最大の情熱となったロッククライミングを発見しました。

私のクライミングの初期の先輩は、日中はバランスと繊細なフットワークを指導し、夜はキャンプファイヤーを囲んでヨセミテの黄金期の伝説的なクライマーについて話してくれました。そしてそこでサラテ、フロスト、ロビンス、プラット、シュイナードの名前が、私が登ることなど想像もできない巨大な花崗岩を登攀する神秘的ともいえる物語を通じて、生き生きと語られたのです。

[イエール大学、森林・環境学部で講義するイヴォン・シュイナード。写真:Anthony Clark]

イヴォン・シュイナードはクライミングという天空の中心的人物であり、私が傾倒しはじめていた美しい生き様の象徴でした。彼のクライミングの英雄談と、自分の子供たちに実用的な食物源として路上で跳ねられて死んだ動物の食べ方を教えたという話は、私が彼を称賛しはじめた理由でもあります。この型破りな食事の習慣を採用することは控えましたが、彼のクライミングの冒険によって私はこのスポーツに献身させるインスピレーションを与えられ、その結果、私の技術はたちまち向上しました。

私はまた、シュイナードが創業し、クライミング界では長年著名であるパタゴニアブラック・ダイアモンドの歴史についても少し学びました。でも最初は深く掘り下げることに興味はありませんでした。私にとってパタゴニアとブラック・ダイアモンドは高品質の製品を提供する会社、または山での冒険を押し進める入り口でしかなかったのです。シュイナードが私の英雄だった理由は彼のビジネスの試みではなく、ロッククライミングの業績でした。

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[「プレデター」を登る「ダニマル」ことダン・ヤグミン・ジュニア。ニューハンプシャー州ラムニー。写真:Charissa Rujanavech]

でもこの2つの世界は、パタゴニアのカタログに入った環境エッセイを読みはじめたときに合流しました。妹と一緒にお金を貯めて買おうとしていた山用のギアの写真のなかには、絶滅が危ぶまれる生息地や危機に晒される動物種についてや、これらの生態系と野生の場所を救うためにパタゴニアがどのようなキャンペーンを展開しているかについてのエッセイが潜んでいたのです。

これらのエッセイのなかで、私の記憶のなかでとくに際立った1本は、シュイナード自身が書いた社会的/環境的変革をもたらす触媒的な役割となる草の根市民組織の役割についてでした。シュイナードは政府と民間産業は環境保護問題を主導する動機に欠け、農夫やクライマー、フィッシャーマン、カヤッカーなどの地元の人びとのような真に生態系に献身し、不正義によって影響を受けている人びとこそがその目的のために戦うことができ、また実際にそうするであろうと信じていたのです。ロッククライミングを教えてくれた人が私にくれた『パワー・オブ・ワン』という本のなかで、ブライス・コートニーがこう言っています。「小がまず頭脳で、そしてそれから心の面で賢いとき、小は大に勝つ」

草の根環境保護団体に売上げの1%を寄付するパタゴニアの誓約や、同じ誓約をした他のビジネスのアライアンスを作るための彼らの重要な役割についても読みました。また北極圏国立野生生物保護区を守るための2007年のキャンペーン、またその後の野生動物が保護区を移動することを可能にする野生の回廊を設けることに焦点を当てた「フリーダム・トゥ・ローム」にも魅了されました。そして2008年の大統領選挙時のパタゴニアの「環境に投票を」キャンペーンが当時の私の拠点だったコロラド州ボルダーに与えた影響も覚えています。

でも私が修士号取得のために就学中のイエール大学にイヴォン・シュイナードがやって来るまで、シュイナードと彼が創業したパタゴニア両者があらゆる場を利用した環境危機への戦いにどれだけ深く献身しているか、真に理解してはいませんでした。

彼のイエール大学での2つの講義とインタビューのあいだ、シュイナードの物語はクリアかつ確固に私に伝わりました。私たちは大きくなりすぎて、資源は枯渇しようとしています。そして取り返しがつかなくなる前に、産業を含んだ私たち全員はこの地球上でどう暮らすのかを完全に考え直す必要があるのです。シュイナードは伝説的な環境活動家であるデイビッド・ブラウワーを2度引用しました。「死んだ地球からはビジネスは生まれない」と。

パタゴニアは高品質の製品、社会的責任のある労働慣行、そして自然な成長率に焦点を当てることにより、みずからのビジネスの業務遂行を通してこれらの問題に取り組んでいます。言うまでもなく、パタゴニアは完璧だったわけではありません。他のビジネスと同じように、彼らは過去に害を及ぼしてきました。でも立派だといえるのは、パタゴニアのビジネスのアプローチは、シュイナードが言うように「パタゴニアが起こした間違いを突き止め、それを正し、他の人びとにそれがビジネスにとって有益であることを証明すること」なのです。

この経営モデルが象徴されているのは、この会社がオーガニックコットンのみを調達することになった経路です。1988年にパタゴニアがボストンの古い改装ビルに店を出したとき、数日のうちに社員が頭痛を訴えはじめました。環境エンジニアはビルの通気システムに欠陥を発見しました。たんにビル内で空気を循環させていたのです。でもシュイナードはそれだけでは納得しませんでした。彼はこの他にも原因があるのではと疑い、それを突き止めることを望みました。エンジニアは調査をつづけ、まもなくしわや縮み防止などの加工が施されていたパタゴニアのコットン製品すべてがホルムアルデヒドを含んでいることを発見しました。その健康への害は空気を循環させることによってさらに悪化していたのです。

通気システムを正すだけではなく、シュイナードはパタゴニアのコットンのサプライチェーンすべてをオーガニックコットンに切り替えることを約束しました。「もしオーガニックの代替品が見つからなければ、コットン製品を売るのをやめるつもりだった」といま彼は語ります。

シュイナードは産業に対する私たちの既成概念に挑戦する会社を作りました。それはビジネスが環境に害を及ぼさずに本当に利益を得られることを提案する会社です。廃棄物や有害な化学薬品の削減、バイオおよびリサイクル素材の革新、再生可能エネルギーへの進出、公正な労働慣行など、環境や社会的責任の多岐の分野に渡ってパイオニアとしてやってきながらも、成長と利益の増幅をつづけてきました。シュイナードが講義のなかで皮肉な口調で言ったように、パタゴニアの業績は実際、慎重な消費者が買い物により注意を払う景気後退時に良いのです。彼は「私がビジネス上の問題に直面するとき、その答えはかならず品質を改善させることだ」と言います。

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[自分の能力の範囲内でどうやって登るかを考える。「サバービア」で緊張する著者。ユタ州モアブ。写真:Heidi Spees]

消費が自然世界の劣化に関連しているという考えは、環境保護と企業の責任の世界ではおなじみのテーマです。でもシュイナードの交差する物語、つまりリスクのあるスポーツがいかに彼のビジネスの戦略へのアプローチを定義しているかということは、それほど知られてはいません。そしてこの最後のメッセージこそ、クライマーである私のなかで最も共鳴するものでした。

シュイナードは私たち全員にリスクのあるスポーツに熱中することを求めているわけではありません(もしそうなれば彼はおもしろがるでしょうけれど)。彼が私たちに求めているのは、リスクのあるスポーツに熱中する人のように考えるとういことです。つまり私たちの限界を理解し、その範囲内で暮らすということです。これは注意深く慎重に行動することを怠れば劇的な罰が待っている危険なスポーツにとっては根本的な概念です。自分の登攀能力以上のルートをフリーソロしたり、パドルできない急流にドロップインを試みたりすれば、帰還してその話を語ることはできなくなるかもしれません。

危険なスポーツの愛好者は生来限界を押し広げることを望む一方で、それを決断することには、彼らの個人の能力とその行為がもたらす結果への重大な理解と相まった自己規制があります。シュイナードは、彼の多くのアウトドアでの冒険はパタゴニアを育てるための根本的な学習の場だったと言います。そして彼はこれらのレッスンを利用して、世界の消費者に異端ともいえるシンプルな提案をしています。それは消費の限度を知り、分をわきまえた生活をし、できるだけ責任ある暮らし方をするよう自分に挑戦し、そして何にもまして地球を尊敬するということです。

パタゴニアのミッション・ステートメントである「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」は、このつつましやかな希望を反映しています。シュイナードとパタゴニアは、不必要な悪影響をもたらすことなくこの惑星で暮らすことが可能であると説得することに努めているのです。

そしてそれは可能なだけでなく、不可避でもあります。企業であれ個人であれ、私たちはフットプリントを削減させる責任に直面しています。イエール大学での講義中、シュイナードは簡潔にこう結論付けました。「いまそのときがなんだ。これは私たちが住む惑星だ。大切にしなくちゃいけない」

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チャリッサ・ルジャナベックはイエール大学の森林・環境学の環境管理修士号の2年生で、持続可能なデザインと製造へのライフサークル分析アプローチに焦点を当てて、ビジネスと環境を勉強中。ロッククライミングをはじめて13年になる。米国をはじめ世界中で多くのクライミングをしてきたが、いまもお気に入りの岩場のひとつは故郷であるイリノイ州南部の砂岩だ。

この記事の初出はコネチカット州ニューヘイブンのイエール大学の森林・環境学部の学生が運営する環境アートとジャーナリズム誌『Sage Magazine』です。

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