クリーネストライン


俺を大きくしたワイメアでのサーフィン:『No Bad Waves: ミッキー・ムニョスが語るストーリー集』日本語版より

俺を大きくしたワイメアでのサーフィン:『No Bad Waves: ミッキー・ムニョスが語るストーリー集』日本語版より

2013/04/04 2013年4月4日
俺を大きくしたワイメアでのサーフィン:『No Bad Waves: ミッキー・ムニョスが語るストーリー集』日本語版より

パタゴニア・ブックスより、本日、ついにミッキー・ムニョス著の新刊『No Bad Waves:ミッキー・ムニョスが語るストーリー集』の日本語版が発売されます。本書は一連のインタビューにおけるストーリーを記録したミッキー・ムニョスと膨大な数のコレクションから写真を厳選したジェフ・ディバイン、そして原稿の形を整えたジョン・ダットンと言葉と画像を組み合わせてページをデザインしたピーター・マクブライドの共同作品であり、それは最高の1冊となりました。
今日は皆様に本書を一口だけご賞味いただきましょう。長話はありません。『No Bad Waves』で取り上げられているのはーーたとえば、ワイメアに乗ったミッキーとウェスト・コーストのサーファーたちの最初のグループの話のようなーーどれも短いストーリーです。

俺を大きくしたワイメアでのサーフィン

次にハワイに戻ったのは1957 年だった。ノースショアでひと冬過ごし、はじめてワイメアでサーフィンをすることになった年だ。その冬はたくさんのビッグウェーブに乗り、俺はかなり自信をつけて帰ってきた。

そこにいた俺たちのグループはワイメアの波に乗ることについて話し合い、それを偵察しに行った。ノースショアで他の場所がクローズアウトのときも、乗ることができそうに見えた最後のスポットがワイメアだった。仲間の多くが集まり、道路からそのコンディションを眺めた。誰が行こうと提案したかは定かではないが、「OK、やろうぜ!」ということになった。

その朝に出ていったのは俺を含めて7 人か8 人だったと思う。俺たちはボードにワックスをかけて待ち、ショアブレイクを越えられそうなコンディションになったときにパドルアウトした。最初の波に誰が乗ったかは議論の的となっていて、俺もそれが誰だったかはよく覚えていない。そのころの俺は、波よりもサメのことの方が気になっていた時期だった。俺がある波にテイクオフすると、その前の波にテイクオフした仲間の1 人がボードを脇に抱えて内側にいる姿が見えた。その波のフェイスを滑ってボトムに達した俺は、メイクできないとわかって前方にベイルアウトし、自分のボードを死に物狂いでつかんだ。俺はその状態で彼に向かって直進していった。痛い目に遭うのは俺か彼かと覚悟を決め、とにかくボードにしがみついた。だが幸運にも俺は彼の上を飛び越えてそのまま突き進み、ショアブレイクの前でスープから脱出することができた。そしてふたたびパドルアウトして行った。

それがどんなに過酷なものであったかということは、そのセッションが終わって岸に戻るまで気がつかなかった。その朝は8 時半ごろに水に入ったのだが、戻ったときには正午になっていた。ビーチに上がり、波を見ていた大勢のヤツらに仲間入りすると、沖からセットが押し寄せた。それを見た俺は、飛んだり跳ねたりしながらこう叫んだ。「ひえー、あの波のデカさを見ろよ!」

ワイメア・ベイでの朝のセッション後にリラックス:手前からグレッグ・ノール、俺、ボブ・バーメル、そしてその横にいるのがマイク・スタング。Photo: Mickey Muñoz Collection
ワイメア・ベイでの朝のセッション後にリラックス:手前からグレッグ・ノール、俺、ボブ・バーメル、そしてその横にいるのがマイク・スタング。Photo: Mickey Muñoz Collection

すると近くにいた誰かがそれは平均的なサイズで、俺が乗った波の多くはその大きさだったと教えてくれた。その事実に俺はショックを受けた。おそらくそのセッションの興奮にすっかり呑み込まれてアドレナリンを放出していたせいで、それがどんなに大きな規模のものだったかということは実感もしなかったのだろう。

風が強くなりはじめ、そのあいだにビーチにいた誰かがトラクターですでに悪いリップを形成していたワイメアの河口部をさらに押し広げた。その午後しばらくすると、カメラで録画をしていたグレッグ・ノールが「おまえら、行けよ! 行かなきゃダメだよ!」と、マイク・スタングと俺にふたたびトライするようけしかけた。そこでマイクと俺はまたパドルアウトした。波はさらに大きく恐ろしく、リップはものすごくワイルドに、そしてバンピーになっていた。

学校で演劇のクラスを取っていたマイクはシェークスピアをちょっとかじっていて、俺も少しハマっていた。マイクは長い巻毛とボサボサの髭で『オセロ』のセリフを引用しはじめ、「私はその犬畜生の喉元を引っつかみ、こうして刺し殺してやった」などと言ってはボードから飛び降りた。

興奮して叫びまくる俺たちの目には狂気が漂い、やがてスコールが接近するおぞましいコンディションにでっかいセットが現れた。マイクと俺は即座にパドリングをはじめた。シェークスピアの『オセロ』でさんざん盛り上がってから、この巨大な波にテイクオフしたのだ。たしか2 人ともワイプアウトしたはずだが、何ともすごい体験だった。

どうやらその日はサーフィン史上かなり重要な1 日になったらしい。当時はそんな風には考えもしなかったが。いまにして思えばその冬ワイメアやサンセットの波に挑み、ノースショアのあらゆる波に乗ってハワイから戻ると、なんとなく自分が大きくなったように感じた。体格の小柄な男子にとって中学や高校はむずかしい時期だ。いつもフットボールやバスケットボールの選手たちと比較され、しかも彼らのまわりには必ずいちばんかわいい女の子たちがいた。ハワイでサーフィン三昧の日々を過ごしたその冬、俺はたしかに大きくなった──少なくとも自分の意識のなかでは。

その冬、俺は全力を傾けて突き進めばやりたいことは何でも可能だということがわかった。唯一の制約は枠にとらわれた自分の思考だけだと気づいたのだ。夢中になって努力すれば何でもできる。そのことは若かった俺を飛躍的に成長させた。

――ミッキー・ムニョス

surfing-waimea-made-me-bigger-an-excerpt-from-no-bad-waves-talking-story-with-mickey-munoz_3

パタゴニア・ブックス刊『No Bad Waves : : ミッキー・ムニョスが語るストーリー集』はこちらからお求めいただけます。また全国のパタゴニア直営店でもご覧いただけます。

俺を大きくしたワイメアでのサーフィン:『No Bad Waves: ミッキー・ムニョスが語るストーリー集』日本語版より

さらにミッキー・ムニョスをはじめ、ロバート“ウィングナット”ウィーバー、マーク・アンドリーニ、ケリー・スレーター、ドノヴァン・フランケンレイター、パット・オコーネルなどが出演した『CHASING DORA(チェイシング・ドラ)』。67歳で他界した伝説のサーファー、ミッキー・ドラが提唱する「サーフィン」とは・・・。トップサーファーのライディングが各所に散りばめられ、新旧のフッテージが楽しめる本作品のDVDもこちらからお求めいただけます。また直営店でのお取り扱いは、パタゴニアサーフ東京パタゴニアサーフ千葉パタゴニア仙台パタゴニア京都パタゴニア大阪パタゴニア福岡です。

コメント 0

関連した投稿

« »