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自分だけのエンプティーウェーブ

自分だけのエンプティーウェーブ

By 阿出川 潤(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)   |   2013/06/13 2013年6月13日

阿出川 潤(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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もしあなたがストイックなサーファーだったら、風の向きや強さが毎日気になって仕方ないだろう。パーフェクトなうねりが入ってきても、波乗りに理想な波の面はそれをしっかりと整えてくれる風が吹かないかぎり成り立たない。翌日の天気予報に喜び勇んでビーチに向かっても、予報通りオフショアになるとはかぎらない。オンショアの風が強く吹いていたら、もちろん別の場所に向かうのもひとつの手。でも、もしオンショアの風でもオフショアのサーフィンと同じくらいの高揚感を感じさせてくれるとしたら、それがエンジンの力も借りず風だけの力で、しかもそのための用具がバックパックに収まるほど手軽で持ち運びできるスポーツがあるとしたら……。

カイトサーフィンをはじめたきっかけはいたって単純だった。6年間住んだマウイ島から帰国し、プロウィンドサーファーとなった僕は千葉の外房をメインに活動していたが、ハワイで経験してきたコンディションでのライディングがなかなかできずにフラストレーションが溜まっていた。カイトサーフィンをはじめたのはマウイに住んでいるときだったが、使用していたギアはいまのように洗練されたものではなかった。通常のゲイラカイトのようなものを使っていて、それこそ一度スタートしたら元のビーチに戻ってこられない。ホキーパビーチから片道切符で風下に爆走しながら消えていくのを見ていたときは、まさか自分がこのスポーツの虜になるとは思いもよらなかった。

2年ぶりにマウイ島に戻ると、その間にカイトサーフィンがスポーツとして進化し、一部のマニアックなスポーツから多くの人が楽しめるスポーツになっているのを目の当たりにした僕は、帰国後すぐにスタートさせた。最初はスポーツカイトのような小さいタイプのカイトでコントロールを練習し、それから本格的なカイトでトレーニング。陸でカイトを操作しているだけで、ウィンドサーフィンでハイパフォーマンスなライディングをするのに必要な強い風も必要とせず、弱めの風でも究極の高揚感を与えてくれるこのエクストリームスポーツに一瞬にして魅了された。日本の海にいながらにして、マウイのように毎日ビーチに通うのがわくわくするようなオーシャンライフをまた味わうことができた。

しかし、当時はいまのように洗練されたギアもなく、カイトの操作を覚えるのにも、技術的なこと以上にフィジカルやメンタルな強さを必要としていた。現在のカイトがセミオートマチックの航空機だとすると、昔のカイトはすべてマニュアル、五感を総動員してもただ風に翻弄されていることの方が多かった。とくにギアの耐久性に問題があり、一度ランチングして慣れないスタートで海の上を滑走していると、カイトに入っているポンプで注入したエアーが空中で漏れだしてカイトが墜落。そしてそのまま沖合を流され、一時間ほど経ったあとにビーチに漂着ということを繰りかえしていた。でもそれがまるで苦ではなく、たとえ海の上を滑走しているのが数分で、そのあと何時間も流されたとしても、その数分間のために当時の僕はすべてを費やしていたといっても過言ではない。

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カイトサーフの黎明期といまでは上達のスピードも違い、昔からくらべれば、カイト操作を何日か経験してからスタートしていけば一年もたたないうちに自由自在に海の上を滑ることができるようになってしまう。ギアが劇的に進化し、このスポーツがより多くの人がまんべんなく楽しめるスポーツになっていった。僕は昔のただカイトを上空に上げているだけで得られるエクストリームな気持ちを懐かしく思うようになり、自分なりのこのスポーツに対するアプローチを試行錯誤していると波にも風にも乗れるサーフカイトの世界に没頭するようになっていった。

通常はツインチップと呼ばれるスノーボードの形状に似たボードでライディングするのだが、カリフォルニアを中心にサーファーたちがカイトサーフィンをはじめたことによってサーフボードにフットストラップを付け足を固定し、最後にはフットストラップを外して通常のサーフボードでライディングするということがサーファーたちのなかでは自然の流れだった。

ウィンドサーファー時代、波をダウンザラインしていくにはギアの性質上サイドショアからサイドオフショアという風向きを必要としていた。カイトサーフィンの場合はオンショアであっても、ウィンドサーフィンがオーバーヘッドの波、そして十分な風のときのようなライディングを、膝腰の波、そしてさほど強くない風でもダウンザラインが楽しめてしまう。楽しめるコンディションの許容範囲がきわめて広いのがこのスポーツの最大の魅力なのだ。

海の上を引っ張ってくれるパワーの源は空にあるので、滑走していると自分のまわりに視界を遮るものはなく、風の音やボードが水を切る音しか聞こえない。そこには波打ち際の雑踏は一切なく、スモールウェイブなのに混雑していたり、波を乗るために繰り広げられる競争とは無縁である。純粋に風の力で海上を自由自在に動きまわり、通常のサーフィンではたどり着けないはるか沖合でブレイクする波でライディングしたり、人の空いているポイントを次から次へと自分だけのエンプティーウェーブを楽しむことができ、フラストレーションを溜めることなくいつもハッピーでいられる。しかも道具はサーフボードとバックパックに収まるギアだけ。風が悪いと落胆することもなく、海や人へ寛容な気持ちにさせてくれる。

風のない日はサーフィンやスタンドアップ・パドル、そして風が吹いたらカイトサーフィン。これからも僕の休む間もないオーシャンライフはつづく。

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