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奄美大島に「結い」の精神を繋げる「結人プロジェクト」

白畑 瞬  /  2013年9月19日  /  読み終えるまで4分  /  コミュニティ

風の吹く先にはネリヤカナヤ(理想郷)。カヌーに書いているたくさんのメッセージに励まされながら

奄美大島に「結い」の精神を繋げる「結人プロジェクト」

風の吹く先にはネリヤカナヤ(理想郷)。カヌーに書いているたくさんのメッセージに励まされながら

いま僕は、日本のはるか南西に位置する徳之島と奄美大島の海域で、サメからの歓迎を受けながら激しい潮流に逆らって、相棒の一人乗りアウトリガーカヌー「結人号」とともにひと漕ぎひと漕ぎしながら前に進んでいる。

大自然が広がる奄美大島に生まれたにもかかわらず、高校を卒業するまで島の歴史や文化について何ひとつ知らないただの若者で、皆が想像するような「島人」 ではなかった。高校を卒業してから10年間、島でカヤックやカヌーやサーフィンをしながら国内外のレースに参戦してきた。いちばん印象に残っているのは、過去3回出場したハワイのオアフ島とモロカイ島を結ぶレースだ。気候、自然、海の色が生まれ育った奄美のようで、どこか懐かしく居心地がよかった。そして、島々を結び、島の誇りを再確認したいと強く思った。

ハワイからメッセージを受け取った僕は今年、奄美群島が日本に復帰して60年という「歴史を振り返る」年に、島の誇りを呼び覚ます旅に出ることにした。「結人プロジェクト」だ。沖縄の最北端に位置する兄弟島の奥集落を出発し、与論島、沖永良部島、徳之島、奄美大島と経由して、目指すのは喜界島。オーシャンアスリートでも冒険家でもない。僕は一人の島人だ。キャンプ道具が収納できるように近所のおじちゃんが作ってくれた手作りのアウトリガーカヌーに乗り込み、先輩が削ってくれたパドルの木のぬくもりを手のひらに感じながら、6月のあらべ(梅雨の前線に吹き込む南西風)に導かれるように航海をつづけた。

沖永良部島では台風が過ぎるのを歌って踊って待った。そのおかげで体力も集中力も回復したが、黒潮の歓迎を受けた。台風が過ぎてもうねりは大きく、風もつねに10メートルほどの予報だったが、追い風がさいわいして、波を乗り継ぎサーフィンができた。数十年前まで先人たちがサバニや板付け舟で渡ってきた「海の道」。同じ波風を受けながら島影を眺めている僕は、たしかに先祖から受け継がれている誇りを感じていた。

奄美大島に「結い」の精神を繋げる「結人プロジェクト」

台風が過ぎるまで唄って踊って

徳之島を出発して4時間ほど経ったころには大きな三角波に囲まれ、潮流と風がぶつかり、僕はその海域で数時間翻弄された。何時間漕いでいただろうか。南国特有の日差しに照らされたとき、サメが歓迎するかのようにカヌーの下をウロウロし、そのとき頭上を白鳥が飛んでいるのが見えた。奄美の島唄にこんな歌詞があるのを思い出す。「あれはただの鳥ではない。女神が白鳥に姿を変え、航海の安全を祈っている」 それからは潮も変わり、さっきまでの三角波は収まって、寄港地の奄美大島へ着いた。漕いだ時間は9時間近く。島の苦しかった時代を、海を通して少し感じることができたような気がした。

たくさんの島人や全国の仲間から結いの精神で支えられたからこそ、島を結ぶ航海を成功させることができたのだと思う。最後の寄港地である奄美大島から喜界島間までの30キロは島の青年団ら7名と交互に乗り、未来へ繋ぐことができ、そして10年後の目標が見えた。この美しい島を未来のこどもたちへ残し、島の歴史を語り継ぐために、いまの子供たちが大人になるころ大きなカヌーで鹿児島まで航海したい。島に生まれた誇りを胸に。

奄美大島に「結い」の精神を繋げる「結人プロジェクト」

きれいな海と素敵なみんなと

奄美大島に「結い」の精神を繋げる「結人プロジェクト」

島の宝

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