クリーネストライン


ノーズ清掃のとある1日。著者と国立公園レジャーのベン・ドイル。©Cheyne Lempe
ノーズ清掃のとある1日。著者と国立公園レジャーのベン・ドイル。©Cheyne Lempe

「ノーズ・ワイプ(鼻の掃除)」:エル・キャピタンの「ノーズ」のワイプ

By デーブ・キャンベル   |   2013/12/26 2013年12月26日
ノーズ清掃のとある1日。著者と国立公園レジャーのベン・ドイル。©Cheyne Lempe
ノーズ清掃のとある1日。著者と国立公園レジャーのベン・ドイル。©Cheyne Lempe

2004年

パートナーの叫び声にハッとし、彼のいる、昨夜のビバーク地だった空中に吊られたポーターレッジを見下ろした。僕らはエル・キャピタンの「シールド」ルートの上部を登攀中で、つぶした24個のアルミ缶を含む5日分のゴミの詰まった黄色のドライバッグが地面に向かってみるみる小さくなっていくのを、なす術もなく見つめた。空中を落下したバッグは20秒も経ってからこの巨大な岩塊の麓にぶち当たり、四方八方に飛び散った。その衝撃音はハーフドームにこだました。

その黄色のバッグはきちんとクリップされておらず、次のビレーステーションにホールバッグを引き上げる作業をはじめたとたん、あっさりと外れてしまったのだった(クライミング的に言うと、このドライバッグのバックルはピンと張ったドッキング・ラインに誤ってクリップされており、パートナーがバッグを降ろしたときに外れてしまった)。それは3月で、さいわい僕ら以外は誰も、このルートには取り付いていなかった。とはいえ、この過ちは後続パーティーを殺しかねないものだ。比較的経験が浅い僕らは、寝袋などの致命的なギアを落とさなかったことに胸をなでおろした。湧き上がっていた黒雲がトップアウトしたとたん、激しい雨を降らせた。暗闇のなか、濡れて滑りやすくなった下降路を必死に下り、何とかアワニーホテルへの道をたどると、パチパチとはぜる暖炉を横に床の上で寝た。翌朝そそくさと退散した僕らは、黄色いバッグのことなどすっかり忘れ、後片付けもせずに、一目散に学校に車を飛ばした。

イヴォン・シュイナードは映画『180° South』のなかで簡潔に、次のように述べている。「エベレストを登るというような行為は何らかの精神的かつ肉体的な達成を目的とするものである。過程を妥協してしまったら始める前もろくでなし、そして終わった後もろくでなしのまま」 エル・キャピタンのルート、あるいはその周辺にゴミを放置することは、この望まれる過程を汚すものであり、その人柄とあり様の欠陥の証拠だ。僕はこの神聖な巨岩を汚したろくでなしそのものだった。

僕らの黄色のバッグが「シールド」から落ちる数時間前。©Dave N. Campbell
僕らの黄色のバッグが「シールド」から落ちる数時間前。©Dave N. Campbell
©Dave N. Campbell
©Dave N. Campbell
「トライバル・ライト」ルート上のクライミング・レジャー、ジェシー・マゲーヒーとベン・ドイル。©Dave N. Campbell
「トライバル・ライト」ルート上のクライミング・レジャー、ジェシー・マゲーヒーとベン・ドイル。©Dave N. Campbell

2013年秋

僕は「シールド」で過ごしたあの日からほぼ毎年、この巨岩の他のルートを登りにヨセミテを訪れた。そしてこの秋、少しユニークな試みをするために国立公園局(NPS)のクライミング・レンジャー3人とチームを組んだ。

「トライバル・ライト」から、無線で位置を報告するクライミング・レンジャーのジェシー・マゲーヒー。©Dave N. Campbell
「トライバル・ライト」から、無線で位置を報告するクライミング・レンジャーのジェシー・マゲーヒー。©Dave N. Campbell

「トライバル・ライト」の登攀後、温かい食べ物とシャワーをめがけてトレイルを駆け下りる代わりに、僕らはクライミングのスチュワード、シェイン・レンペとバック・エドアーと頂上で落ち合い、一緒に「ノーズ」の上部コーナーと頂上から55キロのゴミを回収した。

「ノーズ」のキャンプ6のレッジの下部のレンジャー、ベン・ドイルと筆者。©Cheyne Lempe
「ノーズ」のキャンプ6のレッジの下部のレンジャー、ベン・ドイルと筆者。©Cheyne Lempe

「ノーズ」は世界で最も著名のクライミングルートであり、915メートルの高さのエル・キャピタンで最人気のルートである。毎年、世界各地から何百もの優秀なクライマーがヨセミテを訪れて全力で挑み、そして多くのパーティーが敗退の憂き目をみる。このルートの平均所要時間は4日間だが、ルートの上部に達するまでには精神的にも肉体的にも消耗することがしばしばだ。そしてエベレストと同じように、一部のクライマーはルートにゴミを残し、クライミングの純粋さに傷をつけてしまう。

「ノーズ」の最終セクション。
「ノーズ」の最終セクション。

この問題に対処するため、NPSのクライミング・レンジャーとボランテイアのクライマーたちは2006年から毎年「ノーズ・ワイプ」をおこなっている。今回は僕の2度目のボランティアだった。僕らは大きな空のバッグを持って頂上から懸垂していき、4メートルの格納式ポールでゴミを回収する。ゴミの多くが故意に置き去りにされたものでないことは明らかだ。見つけたのはゴアテックスのグローブからカットされたロープまで、昨年は頂上から180メートル下の深い溝にはさまった、60ドルのブラックダイヤモンドのヘルメットも回収した。

「ノーズ」のキャンプ6のレッジの奥の溝から回収されたヘルメット。©Dave N. Campbell
「ノーズ」のキャンプ6のレッジの奥の溝から回収されたヘルメット。©Dave N. Campbell

「ノーズ」を登ったことのあるクライマーなら誰でも、ルート下部の1/3にあるワイドクラックのなか、腕一杯のリーチのわずか先にたくさんの高価なクライミングギアが残されていることを知っているはずだ。しかし、僕らが回収するのはたいてい空のボトルやアルミ缶だ。なかには尿の匂いのするものもあり、ゴム手袋とマスクをしての作業になる。この「ノーズ・ワイプ」の清掃プロジェクトがはじまって以来、クラックから何百キロものゴミが回収された。だがまだ135から230キロほどは残っていると推定される。

「ノーズ」のストーブレッグ・クラック内部のゴミ。©Dave N. Campbell
「ノーズ」のストーブレッグ・クラック内部のゴミ。©Dave N. Campbell

レンジャーのベン・ドイルは勤務時間の大半を垂直環境での任務に当てている。彼は「ノーズ」のようなルートを定期的にパトロールし、容易にアクセスできない場所からケガをしたクライマーを救出する英雄的行為もしている。ベンは6月に、「ノーズ」とハーフドームの両方を21時間で登ってパトロールした。これは垂直距離にして1.6キロ以上の非常にテクニカルな登攀であり、普通の人間の理解能力を超える偉業だ。そして今回はベンの5年連続の「ノーズ・ワイプ」だった。

「トライバル・ライト」のレンジャーのベン・ドイル、ブランドン・レイサムとジェシー・マゲーヒー。©Dave N. Campbell
「トライバル・ライト」のレンジャーのベン・ドイル、ブランドン・レイサムとジェシー・マゲーヒー。©Dave N. Campbell

ベンはこのノーズ清掃をギリシャ神話のシーシュポスの岩にたとえている。神話によると、ゼウスの神に悪行をとがめられた王は巨大な岩を転がして丘の頂上まで上げる罰を科せられる。だが岩はひとたび頂上に達すると転がり落ち、この苦行は永遠につづくことになる。クライマーは毎年ゴミを残す。いくら清掃してもこのルートをクリーンな状態に保つのは非常にむずかしい。

2012年のノーズ清掃の際の筆者とベン・ドイル。 ©John Connor
2012年のノーズ清掃の際の筆者とベン・ドイル。 ©John Connor

だがもし「ノーズ」のゴミを一度に100%撤去したら、いったい何が起こるのかとても興味がある。最も厄介な場所は頂上から180メートル下にある、キャンプ6のレッジの背後の溝だ。それはまるで考古学の発掘のようなもので、何世代にもわたってクライマーが残したぎっしりと詰まったゴミの層を掘り出す作業だ。今シーズン僕らはいくつかの漂白剤のボトルを回収した。それらはどうやら1970年代のクライマーたちが飲料水のデポに使ったもので、当時はまだ2リットルのプラスチックボトルに入った水やソーダは売られてなかった。もし僕らが「ノーズ」を手つかずの状態に戻したなら、将来このルートを登るクライマーたちは身に余る尊敬の念をもってそこを登るだろう。

エル・キャピタンからゴミの荷を降ろす筆者とレンジャーのベン・ドイル ©Cheyne Lempe
エル・キャピタンからゴミの荷を降ろす筆者とレンジャーのベン・ドイル ©Cheyne Lempe

僕は先に挙げたイヴォン・シュイナードの言葉にしばしば思いを馳せる。クライマーが肉体的に登っているのは有形の何かだが、同時に精神的な成長へと導く、形而上学的な変化も起こっている。しかし環境を無視すればこの過程も妥協されてしまう。おそらくイヴォンの言葉はシーシュポスの仕事の岩の真の意味を示唆しているのだろう。望んだような成果が得られないのであれば、つまりはじめる前と同じろくでなしのまま戻ってくるのなら、岩を転がすことと山を登るとことには永遠に大差がないのだ。

©Dave N. Campbell
©Dave N. Campbell

都会のジムでスキルを磨いて岩場に向かう人たちが圧倒的に増えたことで、僕らのスポーツは急速に変化している。この荘厳な場所に今後も訪れたいのなら、僕たち自身が環境のスチュワードとしての役割にさらに尽力しなければならない。さもなければ僕らはギリシャ神話のイカロスのように、背中に蝋の羽を付けて太陽に向かって行くのだ。

エル・キャピタンのイースト・バットレスをリードする筆者
エル・キャピタンのイースト・バットレスをリードする筆者

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