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九頭龍山に描いたライン

松尾 憲二郎  /  2014年4月3日  /  読み終えるまで9分  /  スノー

写真:松尾憲二郎

九頭龍山に描いたライン

写真:松尾憲二郎

まずは島田が最後の下見へと張り出た尾根に向かった。そのときに舞い上がった雪煙でコンディションの良さを確認できた。尾根の先端にあるマッシュラインを島田は横から観察している。だがその後ろ姿からは、あまりいい感触はつかめていないように見てとれた。狩野は島田の横を進み、自らのドロップポイントに向かって、さらに奥へとスキーで移動する。2人のどちらかがスタートを切ると決めた時点で、僕は予定のカメラポジションへ向かいたかった。

九頭龍山に描いたライン

戸隠の山塊。稜線からボトムへと続く滑走可能ラインは少ないが、あることはある。写真:松尾憲二郎

狩野恭一(北海道バックカントリーガイズ)との山行は昨年の利尻島以来2回目。ライディングパートナーの島田和彦(パタゴニア日本支社)とはここ数年、群馬や長野へとバックカントリーを滑りにいく。戸隠・九頭龍山へのアタック前夜、東京での仕事を終えた僕は一人、車を走らせていた。静寂な車内で考えることは「どう撮るか」。どんなに想像しても現場に立たなければ「絵」は決まらないが、毎回どんな景色が待っているか、つい期待が膨らんでしまう。参考資料は対岸から撮られた古い写真と昨年の経験。途中、高速道路のサービスエリアでそれらの写真を見返した。僕と島田は昨シーズンも戸隠山のエリアを訪れていた。戸隠神社の奥社からさらに奥へ進み、ロープを使用しての登攀。そのときはあいにくの曇りと雨で、さらに斜面は固くクラストしていた。巨大な岩に阻まれ、稜線まで出ることはできなかったが、このエリアを肌で感じることはできた。そして数枚の写真が残った。

戸隠はノコギリのような稜線をもつ山塊であり、そのピークにはいくつかの名前が付けられている。今回のターゲットは九頭龍山エリアのルンゼ(沢)。麓から尾根をたどって距離を縮め、途中から稜線へと続くルンゼを一気に直登する計画だ。夕方に現地入りしているメンバーによるとコンディションは良好。小雪が舞っているとのことだった。だが翌々日から天気は下り坂。しかも雨の予報まで出ていた。ここ数年続く2月頭の気温上昇が今年もやって来る。利尻島の滑走時と同じように今回もタイムリミットは24時間。またしてもピンチだが、この少ないチャンスにかけるしかない。集合場所に着くころには満天の星空が広がっていた。

九頭龍山に描いたライン

まだ見えぬルンゼを地図で確認する2人。左:狩野、右:島田。写真:松尾憲二郎

クライミング道具を背負って麓をスキーで歩き始めてから3時間半。幸か不幸か、晴れは続いている。足元の新雪を踏み固めながら、ときにスキー板を支点に壁をよじ登り、沢から尾根へとはい上がってきた。お目当てのルンゼまで全身を使いながらのアプローチだ。背後の野尻湖から湧く雲海で、あたりは幻想的な景色になっている。クライミング道具を準備していると、上から氷や小石が降ってきた。真上をカモシカが命がけの様子で移動している。彼もトラバースしては登れそうな斜面を、自らの足場を蹴り崩しながら進んでいた。多少ライン取りは違うものの、基本的には僕らも同じ面を登らなくてはならない……。いよいよルンゼに入り、この登攀を待ちわびていた島田が先陣を切る。新雪の下はほどよく締まっている雪。足元はスネまで埋まるが進みやすいようだ。僕は島田の登るラインを予想しながらシャッターチャンスをうかがった。ここからは好きなカメラポジションに行きにくくなる。一人でラッセルしながら進みつづけるのは時間と体力を消耗してしまうだけだ。強い陽射しに、ときおり壁からは氷が剥がれ落ちてくる。安全面からも隊列をはなれるのは賢明でないようだ。陽射しを浴びたルンゼの雪も刻々と変化している。先頭のラッセルは狩野の番になった。新雪は湿り、ずっしりと沈み始めていた。太もも近くまで埋まりながらも、狩野は2本のアックスを頼りに道を切り開く。彼にとっては普段から慣れ親しんだ動きのようで、全身をムダなく動かしている。グングンと高度を上げてゆく。

九頭龍山に描いたライン

ラッセルの先頭に立つ狩野と島田。雲は風に流され、このルンゼ内にも出入りを繰り返す。写真:松尾憲二郎

通り抜ける風が心地いい。汗も出ない。寒くもない。僕は太陽を浴びながら登り、絵づくりに集中できた。数十センチの上昇を一歩一歩繰りかえす。下をのぞき込むと滑走距離が徐々に延びていることが分かる。ただしルンゼ内部の雪質は左右で優劣がついていて、選択できるラインは制限されそうだ。背後には切り開かれたコースをもつスキー場がよく見えてきた。高度が上がるにつれて、話題の中心は滑りのライン取りになる。山頂からいまいるルンゼの本流まではいくつかのラインが選択できそうだ。山塊から張り出た肩のような尾根からは「超」を付けるほどの、ひだの走る急斜面がある。その先端はキノコのような雪庇が段々に連なっていた。2人はひだのほうを幾度も見ては話をしていた。まわりを見渡して、難易度も達成感も高いラインはそこだった。なにより雪質もベストだ。ライン取りとリスクマネージメント、滑走パフォーマンスのバランスが難しいが、なによりも「絵」になるのもそこだった。それは3人共通の考えであることに間違いはなかっただろう。

「あのヒダヒダ急斜面、滑れるなら僕は横目から撮りますよ。ここから見て右に生えている一本木で支点とってやれば安全にできそうですし」

「いいね。やっぱあそこだよな」

僕と島田の考えているカメラポジションは一致しているようだ。狩野もうなずいている。しかし、これは滑れればの話である。スキーならまだしも、スノーボードは壁にへばりつくだけではないのか。そもそもスキーですら、ろくにターンできないのではないか。登りながら観察し、分析しなければならなかった。具体的なカメラ位置が提案されたことにより、2人はどう写り込むかという考えに集中できたようだった。攻めることのできる余地はないかと議論がつづけられる。代わる代わるのラッセルも最後のパートに差しかかった。沢地形から山頂稜線へと続くノールを島田が切りひらいてゆく。刻々とアップデートされる滑走計画を協議しながら、ルンゼを登りきった。午後も雲は減っていきそうだ。ぬるい空気があたりを漂っていた。

九頭龍山に描いたライン

九頭龍山頂より戸隠スキー場、右に南アルプス、富士山を望む。手前から伸びる尾根から最後の下見をする2人。奥:狩野、手前:島田。写真:松尾憲二郎

パンで口をいっぱいにするとアックスやアイゼンをザックにまとめた。そして島田が最後の下見をするため、張り出た尾根に向かった。パッキン。グを終えた狩野もそれにつづいた。やせ尾根に立つ2人の眼下は切れ落ちている。数分経ってから、僕は滑り手の率直な気持ちを聞くべく声を張った。

「どうですか?」

手前にいる島田が即答した。

「カリッチはここから行くよ。オレは上に戻る。奥のピロー(マッシュ)ラインは行けなそうだ」

島田の理想とする先端のラインはリスクが高いようだ。それを聞き、狩野を絵にするべく僕はすぐさま滑り始めた。雪質を再確認しながら予定のカメラポジションに向かった。ロープを木に巻き、ハーネスと結んだ。

僕と狩野はお互いの姿がよく見える。僕が見上げる形で言った。

「カリッチ、どお?」

「ピローラインはおれも無理。ここからは行けるかな。プッシュは出来ないけど降りることはできる。ここ行くよ」

撮影に集中するための準備が整うと、僕は左手を振ってからカメラを構えた。少しして狩野も手を上げ、合図をくれた。彼が尾根上を動き始めたのと同時に、僕はカメラのシャッターを動かし始めた。ファインダー越しに凝視する。まず斜面に入る1ターン目のタイミングを計っているようだ。そして小さな入り口をトレースしながら斜面に入ってきた。

九頭龍山に描いたライン

微動しながら次のターンを狙う狩野。だが次のターンはなかなかやって来ない。緊張感が漂うなか、バランスを保ちながら少しずつ降りてゆく。写真:松尾憲二郎

僕の足下まで画角に入り込んできたころ、狩野はスキーをフォールラインに向け、僕の視界から消えた。そしてすぐさまファインダー越しにルンゼの本流を向いた直後、雪煙とともに姿を現した。島田は下から狩野が出てくるのを確認すると、自身のスタートポイントに向かった。登り返しながら、撮影の成功を喜ぶ反面、自分もいい絵を残さねばと焦りが出てきたという。ひと月後、彼はこう語った。

「奥のピローラインは滑りたかった。いい絵が取れるのは分かってた。でもスタート地点にさえも立てなかった。あれより先へ進むにはロープを使って下降が必要だったけど、時間切れだった。でもカメラ位置も良さそうだったし、ここのひだの急斜面をスキーヤーが行けば、いい絵はきっと撮れるだろうと思った。だからあれでよかったと思う。ただ、あのあと白馬ストアの壁に飾られた写真をカリッチと見ながら話したんだ。ライランドはアラスカを、へばりつきながらも降りて行ってる。俺たちももっと粘ってもよかったのかもしれないって」

急峻な山にクリーネストラインを描く。ピークハントではない。狩野と島田には共通の目標があるようだ。

九頭龍山に描いたライン

標高を下げると日射の影響が濃く現れていた。途中、九頭龍のルンゼに別れを告げてトラバースした。2人は日陰に残るパウダーを求めにいった。

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松尾憲二郎:山岳滑走に魅せられ、アメリカでのスキー修行後、日本で本番の斜面を探し求めている。
今シーズンも各地で滑走と撮影に熱中していた。

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