クリーネストライン


ボーンフィッシュを追うプレスコット・スミス。バハマのアンドロス島マスティック・ポイントの干潟にて。写真:RC・コーン提供
ボーンフィッシュを追うプレスコット・スミス。バハマのアンドロス島マスティック・ポイントの干潟にて。写真:RC・コーン提供

『Tributaries(トリビュタリーズ)』:対照と共通についての国際フライフィッシング映画

By RC・コーン   |   2014/04/10 2014年4月10日
ボーンフィッシュを追うプレスコット・スミス。バハマのアンドロス島マスティック・ポイントの干潟にて。写真:RC・コーン提供
ボーンフィッシュを追うプレスコット・スミス。バハマのアンドロス島マスティック・ポイントの干潟にて。写真:RC・コーン提供

いま私は、撮影後のスクリーンを凝視する過酷な時間の真っただ中にいる。それは髪をかきむしり、目が腫れる経験だ。今日もまた14時間労働で、新鮮な空気が必要になる。私は満天の星の下を長い散歩に出かけながら、バハマ、アイスランド、そしてパタゴニアの夜空を思い浮かべる。

前作『Breathe(ブリーズ)』のあとにやりたかったのは、フライフィッシングの含蓄するものを広義に探求することだった。このスポーツは世界にどのように溶け込んでいるのか。このコミュニティは世界中でどのようなものなのだろうか。世界規模での相違点と共通点は何なのだろうか。個人的な旅ではなく、世界中の釣り場となる水とそこにある文化を探求したかった。

私を魅了する場所や魚について考えて、そして飛行機を予約した。所有物の90%を倉庫に入れ、携帯電話のサービスをキャンセルし、トラックのバッテリーケーブルを外して、別れのビールを飲み干した。

私は緊張し、興奮と不安に駆られている。『Breathe』は私個人にとっては目を見張る経験だった。そして『Tributaries』もそうなるのでは、いやそれ以上になるのではという強い予感がする。

アイスランド、アルゼンチン、バハマというとんでもなく異なる3つの土地で3人のガイドと合流し、それぞれの言語と文化とフライフィッシングに没頭するのが計画だ。たいした先入観ももたず、それぞれの場所での経験が映画としての『Tributaries』へと導いてくれることを願った。その場に身を置き、どのような瞬間も私がそこに「存在する」ことが目的だった。

単独の映画製作クルーやフィッシングクルーとしての私は、まるで建物解体用の鉄球のように移動する。撮影器材と3つの異なる気候帯に備えたフィッシング用ギアという重い荷物を担ぎ、私は最初の目的地であるバハマによろよろと向かった。

ボーンフィッシュ釣りと熱帯の気候に興奮しながらバハマのアンドロス島に到着。それらは間違いなくそこにあった。だがそれ以上だ。いや、実際にはそこには何もない。私が想像していたのは巨大なリゾート施設で、ファニーパックを腰に付けた日焼けした観光客たちがプール脇でゆったりとルームサービスを頼んでいたりする光景だった。 否。それとはほど遠い。

道路が穴だらけだと言うのは控えめな表現で、モンタナの最悪の未舗装の道でさえ、このアンドロス島を横断する主要道路のクイーンズハイウェイにはかなわない。穴をよけながら、さらに穴を避けて走る他の車をよけながら進む。集落や人間に何マイルも出会わないこともある。

バハマではあらゆるところにボーンフィッシュがいる。もちろん私には見つけることができないが、私のガイド、プレスコット・スミスは直感が働くようだ。私がボーンフィッシュを見かけたときには時すでに遅く、彼らは私の北部の無能さを鼻で笑うように泳ぎ去っていく。リールが鳴るほど強力なボーンフィッシュは釣り求めるには素晴らしい魚で、彼らが干潟をジェット戦闘機のように素早く泳ぐのを眺めるのはオツな経験だった。

経済成長のいちばんの機動力が観光業であるこの国では干潟が最も重要な資源であることを、プレスコットは知っている。彼はフライフィッシングをその手段と見なし、ガイドたちの養成や彼を訪ねてくるお偉方やビジネスマンに干潟の大切さを教育し、そしてバハマが抱える問題に取り組むために未熟な政府と関わりつづけている。フライフィッシングを通して周囲の人たちを力づけようと精力的に働いているのだ。そして自分のロッジと組織〈Bahamas Fly Fishing Industry Association (BFFIA)〉と〈Bahamas Sportfishing Conservation Association (BSCA)〉を通して、バハマの地元民たちに偉大な資源である干潟への利害関係を与えるため、20年も熱心に取り組んできた。

「もしフライフィッシングがそれ以上の何かに導いてくれることはないと思うなら、やらないだろう」とプレスコットは言う。

最も貴重な自然資源である干潟の前でポーズを取るプレスコット・スミス。写真:RC・コーン提供
最も貴重な自然資源である干潟の前でポーズを取るプレスコット・スミス。写真:RC・コーン提供
世界最大の干潟から得られるもの——それはボーンフィッシュの最大の生息域。写真:RC・コーン提供
世界最大の干潟から得られるもの——それはボーンフィッシュの最大の生息域。写真:RC・コーン提供
ボーンフィッシュ釣りの長い1日を終えてボートに戻るプレスコット・スミス。アンドロス島北端マスティック・ポイントにて。写真:RC・コーン提供
ボーンフィッシュ釣りの長い1日を終えてボートに戻るプレスコット・スミス。アンドロス島北端マスティック・ポイントにて。写真:RC・コーン提供
バハマのアンドロス島にのスタフォード・クリーク・ロッジのドック。カリブ海の星空の下で。写真:RC・コーン提供
バハマのアンドロス島にのスタフォード・クリーク・ロッジのドック。カリブ海の星空の下で。写真:RC・コーン提供

アイスランドの言葉で私が好きなのは「イエス」だ。Jáと綴り「ヨー」と発音する。アイスランドでシギ・ハウガーといるときは、「Ja」としか言えない。シギは日に12時間釣りをする。そこでは日は暮れず、川をサーモンが泳ぎ、景色は美しい。Já, Já, Já, Já, Já, Já——このバイキングの土地ではこれが肝心だ。

サーモンの泳ぐ川、沈むことのない太陽、筋金入りで感情を顔に出さないフィッシャーマンたち。それらは驚きに値する。シギと釣りをはじめてから、コンピュータを触る時間ができるまでに2週間もかかった。ここの釣り文化はそれほど終わりを知らないのだ。3本の川で1日に12時間以上釣りをし、とんでもなくたくさんのサーモンを釣り上げたこのアイスランドの旅。そのあいだ私の頭のなかではすべてがぼやけていた。考える時間が少しでもあったなら、疲労困ぱいしていただろう。私がいるのはどこか。今日は何日か。私は朝7時に出発して夜11時に戻り、そして翌日またそれを繰りかえすという、アイスランドのガイドの生活を経験した。これが彼らのやり方なのだ。

シギは笑うのが好きだ。大きなジョークは大男の大笑いをともなう。彼が発明したフライ「ハウガー」は、アイスランドのほとんどのガイドのフライボックスに入っている。朝のコーヒーを何杯もがぶ飲みし、タバコを吸いながら、「釣る準備ができたときにはじめて釣る準備ができるんだ」と言った。彼は魚を取り込もうとしているとき以外は、川のなかに入ることを急いだりはしない。彼の取り込みの動きが「シギ流スウェイ」と呼ばれているのを聞いたことがある。バイキングが町で行う略奪行為のように、彼は絶対の確信をもって、躊躇ゼロの体勢でグイグイと魚を引きつづけるのだ。

ある晩、朝の3時ぐらいだったが、スコッチが底をついて陽も昇りはじめたころ、シギが私の不意を突いてきた。サーモンはどうやって尾ビレでリーダーを叩いて逃げることを学ぶのか、話しはじめたのだ。それは遺伝なのか。学習行動なのか。本能か。会話のどこかでニーチェの名前も出てきたと思うが、それはシギに聞いてくれ。私にはむずかしすぎる。

とある1日のはじまりで北極海と落ち合うアイスランド東部。写真:RC・コーン提供
とある1日のはじまりで北極海と落ち合うアイスランド東部。写真:RC・コーン提供
お気に入りの淵に入るシギ・ハウガー。アイスランド東部のホフサ・リバーにて。写真:RC・コーン提供
お気に入りの淵に入るシギ・ハウガー。アイスランド東部のホフサ・リバーにて。写真:RC・コーン提供
巨大なサーモンがライズし、フライに食いつくのを見ることは、死ぬ前にしたいことのリストに加えられるべきだ。ホフサ・リバーにて。写真:RC・コーン提供
巨大なサーモンがライズし、フライに食いつくのを見ることは、死ぬ前にしたいことのリストに加えられるべきだ。ホフサ・リバーにて。写真:RC・コーン提供
暗い威圧的な天候はしばしばアイスランドのサーモン釣りの背景となる。写真:RC・コーン提供
暗い威圧的な天候はしばしばアイスランドのサーモン釣りの背景となる。写真:RC・コーン提供

シギが元気の良いバイキングで、プレスコットが目的に邁進する哲学的なフィッシャーマンだとしたら、次の目的地のアルゼンチンで遊びを楽しむアングラー、トゥキー・ヴァスカロは3人のガイドと私たち全員のつながりを総括している。

いったん水に入ったら、世界はひとつ。

誰もがパタゴニアのことを語るが、いまでは私にもその理由が分かる。これまで釣った最大のブラウントラウト、アルゼンチンでの5,000キロにもおよぶロードトリップ、馬で行くほとんど釣られていない私有地にある小川、本物のガウチョが作る子羊の昼飯……あー。

サーモンとボーンフィッシュを釣っているときは完全に場違いな気がしていたが、#4ウエイトのタックルをもって、ネコ足で歩きまわるような川は私の本領だ。さらにパタゴニアのこのエリアは、私の住んでいるモンタナのような感じすらする。大草原が広がり、ヤナギが繁茂する渓谷、朝晩は非常に寒く、けれども日中はかなりハッチするほど暖かい。地元の人たちさえも私の故郷を思い出させるほどで、フニン・デ・ロス・アンデスで出会ったスキー・インストラクター兼フィッシングガイド風の数人はそんな人たちだ。私が完全な外国人でほとんど彼らの言語も話せないのに、アルゼンチンはその年に訪れた他のどこよりも身近に感じられた。

私はトゥキーの個人的なお茶汲み係になったことを誇りに思った。埃を払い、水は温かいけれども沸騰していないことをたしかめて、粉を振り払うためにはじめの1杯をやり、そしてヒョウタンの茶器を回しつづけるのだ。誰かに茶器を手渡されたら、要らなくなくなるまでは「ありがとう」と言ってはいけない。そうしないかぎり、マテ茶はずっと回ってくる。

パタゴニアの生活は新旧が融合している。トゥキー自身はできるだけ多くの人たちに釣りの喜びを分け与えたいという献身的な熱意をもつ、活力のある社交的な男だ。誰にでもクラクションを鳴らして「こんにちは」と手を振り、いつも道端に車を止めて話しかける。自然界との関係を重要視する彼のガウチョのルーツは、彼が世界で大好きなもの、つまり「水」のアンバサダーとして彼を適任にしているのだ。

スプリング・クリークを釣る準備をするトゥキー・ヴァスカロ。アルゼンチン領パタゴニア北部にて。写真:RC・コーン提供
スプリング・クリークを釣る準備をするトゥキー・ヴァスカロ。アルゼンチン領パタゴニア北部にて。写真:RC・コーン提供
お気に入りの#2ウエイトのフライロッドで数多く生息するアルゼンチン・トラウトの1匹を釣り上げようとしているトゥキー。写真:RC・コーン提供
お気に入りの#2ウエイトのフライロッドで数多く生息するアルゼンチン・トラウトの1匹を釣り上げようとしているトゥキー。写真:RC・コーン提供
フライで巨大なブラウントラウトを騙すことは、アルゼンチンでもっとも実りある経験のひとつだ。写真:RC・コーン提供
フライで巨大なブラウントラウトを騙すことは、アルゼンチンでもっとも実りある経験のひとつだ。写真:RC・コーン提供
秘密の場所にあるはじめての川で雨の長い1日を過ごしたあと、馬にまたがる正真正銘のアルゼンチンのガウチョたちと子羊のアサドをいただく。写真:RC・コーン提供
秘密の場所にあるはじめての川で雨の長い1日を過ごしたあと、馬にまたがる正真正銘のアルゼンチンのガウチョたちと子羊のアサドをいただく。写真:RC・コーン提供

いまアメリカに戻った私は、この物語を伝えようとしている。だがストーリーはずっとそこに存在していたことに気がついた。私たちは国際的なフライフィッシャーマンのクルーではあるが、そして異なる方法で異なる魚を釣るけれども、水によって私たちは繋がっている。私たちは皆、きれいな水の利害関係者だ。そうならばなぜ私たちは、フライフィッシングのコミュニティとして、私たちの存在に活力を与えてくれるものを保護することに責任をもつリーダーになれないのだろうか。

3人のガイドに出会ったあと、それが可能だということに私は気づいた。アラスカのブリストル湾の金鉱やたいして環境に配慮もしないバハマのエコツーリズムは私たち全員を懸念させる。この両問題は理論上、そして厳密にいえば同じ水の問題だ。バハマで釣りをしても、アラスカの水で釣りをすることになり、アルゼンチンではアイスランドの水で、オーストラリアではアフリカの水で釣りをする……。またこの逆も然りである。気づいたことは、フライフィッシングは強力な水流であり、それがさらに強力な世界規模のコミュニティを一丸にするということなのだ。

ビデオ:RC・コーン監督のフライフィシング映画『Tributaries』の予告編第1号(英語)

『Tributaries』は異なる文化、そして人びとや水のなかに存在する共通性を発見する旅であり、そしてバハマの干潟の流れ者、パタゴニアのトラウト狂、バイキングの血が流れるアイスランド人という3人のガイドの対照的な経験を探求します。3つの物語がひとつに合流したとき、そこにあったのは世界中の水への賛辞です。『Tributaries』は2014年度のF3Tとライズ映画祭の公式映画です。ノーカットの本映画はTributariesfilm.comからダウンロードしていただけます。

映画を観る

コメント 0

関連した投稿

« »