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荒瀬ダム上流には、依然として土砂や魚の移動を妨げている瀬戸石ダムが存在する。写真:つる詳子
荒瀬ダム上流には、依然として土砂や魚の移動を妨げている瀬戸石ダムが存在する。写真:つる詳子

瀬戸石ダムの撤去の実現に向けて~人が動けば、川も流れだす~

By つる詳子   |   2014/12/05 2014年12月5日
荒瀬ダム上流には、依然として土砂や魚の移動を妨げている瀬戸石ダムが存在する。写真:つる詳子
荒瀬ダム上流には、依然として土砂や魚の移動を妨げている瀬戸石ダムが存在する。写真:つる詳子

映画『ダムネーション』のプロデューサー、マット・シュテッカーは、潜っていた球磨川の支流百済来川からあがると、「魚を2000匹は見たよ」と嬉しそうに笑った。11月の半ばすぎ、晩秋にしてはとても暖かい日、私は彼と荒瀬ダム上流の支流百済来川にいた。生態学者でもある彼は『ダムネーショ』の日本での公開に合わせたイベントのために来日し、その機会を利用して日本ではじめてのダム撤去の現場を見たいと希望したことで、私が2日間彼を案内することになり、そして真っ先に彼が行きたいと言ったのがここだった。

ここ百済来川下流は、撤去工事開始前は荒瀬ダム湖のなかでもいちばん汚いところだった。ひどい堆積物に、夏になるとアオコが発生し、悪臭もひどいものだった。荒瀬ダムのゲートがはじめて全開され、水位が下がったときのそのおびただしい堆積物と悪臭は、ダムの弊害を再認識させるのに十分だった。ここの堆積物は人工的にも除去されたとはいえ、ゲート全開後の回復には目を見張るものがあった。すぐに魚も戻ってきて、カワムツやオイカワが群れをなして泳ぐのが確認できた。アユも戻ってきた。「自然の回復は、人が思った以上に早いものだろう」と思った。もし荒瀬ダムだけでなく、瀬戸石ダムも本流から撤去されれば、ここ百済来川で起こっていることは本流球磨川でも間違いなく起きるに違いない。それが証拠に毎年冬季に瀬戸石ダムのゲートを2か月間開放すると、蛇行して流れる川がすぐ出現する。全開して2週間もすると、湖底の堆積物はひどいものの、深い川底まで見えるほどに水は澄み、瀬は心地よい音をたてて流れる。そのまま放置しておけば堆積物は流され、きっとアユもすぐ戻って来るだろうと思わせる光景が広がる。

荒瀬ダム湖の水位が下がると、流れが戻った支流は水も澄み、子どもも魚も戻ってきた。写真:つる詳子
荒瀬ダム湖の水位が下がると、流れが戻った支流は水も澄み、子どもも魚も戻ってきた。写真:つる詳子

この2か月間のゲート開放は、堆積した土砂を除去するためのものである。数メートルから、場所によっては10メートルもの土砂が堆積している。この土砂が川底と水面を上昇させ、川沿いに住む住民を苦しめてきた。瀬戸石ダムができたときに川のすぐ傍に住んでいた荒川亨さんは、ダム湖の安全水位よりわずか10センチの差しかない敷地に住んでいた。「安全水位は保証されているので、絶対水は来ないと説明されたが、なんとなく毎年水面が1メートルぐらいずつ上がってくる感じがあった。そしたらあるとき、いきなり水が来て、床上まで浸かった」と証言する。荒川さんを含む沿川の多くの人たちが移転や宅地の嵩上げを余儀なくされた。嵩上げを3度させられた人もいる。ダムの所有者である電源開発は、再度の嵩上げはないという保証はできないと平気で言うそうだ。実際毎年一度は道路まで浸水することがよくある。その度に住民は平行して走る肥薩線の線路を道路代わりに歩く。病気になっても救急車も来ないし、火事になっても消防車も来ない不安のなかで生活する。

ダムができる前の球磨川はホタルが水面を覆い尽くし、とてもきれいなところだった。新聞が読めるほどのホタルは街灯代わりにもなり、荒川さんは「ホタルが一斉に光ると、おやじに『いま行け!』と言われながら街灯もない夜道を歩いた」と昔を懐かしんだ。そして「荒瀬ダムが撤去されても、そこには瀬戸石ダム湖の汚い水しか流れていかん。アユも戻ってこん」と、瀬戸石ダム問題点を述べた。確かにそうである。

荒瀬ダム撤去開始後、汚いダム湖だったところは本来の流れが戻り、瀬や淵が形成された。写真:つる詳子
荒瀬ダム撤去開始後、汚いダム湖だったところは本来の流れが戻り、瀬や淵が形成された。写真:つる詳子

いま、荒瀬ダムの撤去工事によってダム湖だったところは水位も下がり、多くの瀬が復活し、音をたてて流れている。しかし、上流からやって来る水は汚いため、水質改善には限界がある。大雨が降って瀬戸石ダムがゲートを全開したときなど一気に濁水が流れ込み、ふたたび水が澄むまで時間もかかる。しかしアユはこういうときでないかぎり、産卵のために下流に下ることもできない。秋の産卵期に下れるかどうかは、瀬戸石ダムのゲート全開如何がすべてである。荒瀬ダムが撤去されても、球磨川の再生には程遠いものを感じて虚しくなることがある。

それでも、日本ではじめてのダム撤去は着々と進んでいる。ダムサイトを訪れたマットに“Congratulations!”“Good job!”と何度も何度も言われると、撤去が決まって流れる川の音を聞いたときの感動がふたたび戻ってくる。間違いなく球磨川の再生に向かってスタートが切れた現場なのだ。ダム建設後50年以上にわたって辛酸を舐め、撤去を求めて活動してきた住民の想いの結果だ。

その夜、私たち地元住民はマットとの交流会を開いた。『ダムネーション』の一部を上映してもらったが、これまで活動してきた80才前後の活動家たちはアメリカの撤去現場に自分たちの経験と想いを重ねているようであった。地球の向こうで同じようにダムに翻弄されてきた人たちがいる。アユと同じようにサーモンが泳いでいた豊かな川が失われた悔しさもよく分かる。何よりもダム撤去で川が蘇ったときの喜びが分かる。いま間違いなくダム撤去という事実を通じて、彼らとアメリカの住民の想いが繋がったのだと感じて、私は胸が熱くなった。

10年前、私は仲間とともにアメリカからダムの撤去や川の再生に詳しい専門家ジェームズ・F・ジョンソン博士やデビッド・L・ウェグナー氏を招き「日本初のダム撤去がもたらすものは?」という市民向けのシンポジウムと、「ダム撤去のノウハウを学ぶ専門家向け研修会」を開いた。その後マティリハ・ダムの撤去に取り組むポール・ジェンキン氏がここを訪問した際にもアメリカの撤去運動を学ばせてもらった。そして撤去が進むいま、アメリカのダム撤去活動のドキュメンタリー映画『ダムネーション』のプロデューサーであるマット・シュテッカーと撤去の喜びを共有している地元住民がいる。

川に対する全世界の人の想いが繋がり、広がっていくとき、世界の川にデンと居座る多くの河川構造物も一つ一つ無くなっていくのかもしれない。もちろん、その遠くない未来の球磨川には瀬戸石ダムはない。球磨川から瀬戸石ダムが無くなる日、世界の川から不要なダムが無くなる日を目指して、私たちはいま共に動き出そう。

荒瀬ダム撤去の運動を続けてきた地元住民はマットとの交流を通じて、撤去問題を共有。写真:つる詳子
荒瀬ダム撤去の運動を続けてきた地元住民はマットとの交流を通じて、撤去問題を共有。写真:つる詳子

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パタゴニア日本支社では映画『ダムネーション』の日本公開とともに、日本の川に自由な流れを取り戻すため、まずは熊本・球磨川の瀬戸石ダムの撤去、愛知県・長良川河口堰の開門、北海道サンル川のサンルダムの中止のために、行動を起こします。

球磨川再生のために:瀬戸石ダムの撤去を 瀬戸石ダムを撤去する会/熊本県

電源開発株式会社・北村雅良取締役社長にダムの撤去を呼びかけます。熊本県南部の人吉盆地を貫流し八代海(不知火海)に注ぐ一級河川、球磨川水系の本流にある電源開発株式会社が管理する発電ダムである瀬戸石ダムの撤去に取り組むものです。かつての球磨川は、川を真っ黒にするほどの稚アユが春には遡上し、流域の2000 名を超す専業漁師はアユ漁やウナギ漁で生計を立て、また水とともに海の運ばれる土砂と養分は八代海の豊かな干潟を形成し、関連した多くの生業がありました。本流にダムが建設される度、地元への洪水被害、流域の経済も文化も失われてきました。クリーンとは言えないダムによる水力発電については、代替となるより賢明な選択肢がすでに数多くあるのはご承知の通りです。2012 年4 月からの国内初となる荒瀬ダムの撤去に続く、瀬戸石ダムの撤去は、球磨川流域の生態系の回復とあわせて地域を再活性化する歴史的な機会であり、豊かな球磨川を取り戻したいという住民の60 年来の願望でもあります。

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https://www.patagonia.jp/blog/wp-content/uploads/2014/12/damnation-setoishi-dam_5.png

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