バーティカル・セーリング・グリーンランド2014:パート1「ウマナックでのウォームアップと壁で過ごした24時間」
2014年7月15日。またまたエキサイティングな冒険に出発だ! 船長のボブ・シェプトン師は、僕たちワイルドな一団(ショーン・ヴィラヌエバ、オリビエ・ファブレス、ベン・ディト、そして僕)がジャムセッションとビッグウォール登攀のためにドドズ・デライト号に戻ってきたことをとても喜んでくれている。前回ボブと一緒にグリーンランドへ遠征してからすでに4年が過ぎていた。今回は船長のために楽器も釣り具もウイスキーもどっさり持ってきた。どれもバフィン島東岸のフィヨルドにある巨大なビッグウォールでの音響テストという新たな任務を全うするのに役立ってくれるだろう。
1週間前にアシアートを出航してから、良いときもそうでないときもあった。残念なことにワールドカップの決勝戦を見逃し、そしてまだ氷が十分に溶けていないためにバフィン島側へ横断できないのだ。船長がしびれを切らし、大変なリスクを冒してでも僕たちをバフィン島に連れて行くんじゃないかと気が気でない。万一、叢氷と押し寄せる潮流のなかで座礁したら、ドドズ・デライト号はほぼ間違いなくつぶれて沈没するだろう。とはいえ、僕たちの船長はこの手の状況は重々承知のはず。なぜなら船長はグリーンランドに2艘の帆船を持っていて、なんとそのうちの1艘は「水中深く」にキープしてあるのだから。
時折ボートを停めてボルダリングをしながら4日間帆走すると、山がそびえるウマナック・フィヨルドに到着した。氷冠と氷山だらけの海は非現実的な光景で、まるで別の惑星にいるようだ。良さそうなビッグウォールがあるが、遠くから岩質を判断するのはむずかしい。それで昨日近くまで偵察に行き、イケラサック居留地のすぐ上にあるいい感じの400メートルの壁を登ってみることにした。
2つのチームに分かれてそれぞれ異なるラインに向かった。ベンとオリはまもなく既婚者となる男たちに妥当な、リスクが高くなさそうな東稜のラインを選び、ショーンと僕は被ったヘッドウォールがある右側の船首状ハングを選んだ。予想以上のかなりいいクライミングができた。ここの花崗岩はホールドがたくさんあって面白い。岩が脆い箇所もあったが、運よく生きたまま通過できた。
オーガニックで放し飼いの魚を調理した、栄養たっぷりのランチの時間だ。今後のエキサイティングな展開に乞うご期待!
2014年8月1日。雨が降ってはいるが、今日は朝寝坊するわけにはいかないぞ。昨日受け取った氷図によるとバフィン島の氷が溶け出しているんだから。さぁ、いよいよバフィン湾横断だ。
ワインとウイスキーとコンデンスミルクを補給し、帆を確認し、マストのケーブルを固く締め、デッキの上を整頓した。一般的に僕たちが乗っているようなファイバーグラス製のボートでのこういう横断はつねに最悪の状況を覚悟しなければならないのだから。氷山や人魚に十分気をつけ、霧が深く立ちこめたり、強風が吹いたり、あるいはその両方が同時に発生した場合はとくに注意が必要だ。でも僕たちは間違いなく準備万端……のはずだ。
バフィン島の壁に登るのがもはや待ちきれない。この前のクライミングはかなり強烈だった。まずいつもながらしばらく帆走して登る壁を選んだ。選び方は必ずしも理性的ではなく、傾斜のキツさ、ジャムセッションのための音響、ルート、岩質など論理的な側面ももちろんあるが、壁に対する漠然とした魅力というものがあり、それはつねに変化する。自信満々で急傾斜も楽勝に見える日があったり、脆い壁でも面白そうに見えたりすることがある。つまりそのときどきの精神状態と岩の読み方次第なのだ。というわけで、この前の壁を選んだとき、僕たちの精神状態はかなり良かったに違いない。
岩壁の基部にたどり着くと遠くからの見た目とは異なり、かなり威圧的だった。僕とオリは明らかな凹角のシステムを狙い、ベンとショーンはシンクラックと凹角のラインを選んだ。そして地面から足を離した瞬間、壁全体が脆くホールドもプロテクションもまったく信用できないとわかった。20メートルほど登ると岩面がぼろぼろと崩れはじめたのでクライムダウンし、別の地点からスタートしなおした。しかしまたしても20メートル登ると一連の脆いフレークに前途を阻まれた。ふたたびクライムダウンして岩面をじっくりと観察した。どこもかしこも怪しげだったので、オリと僕はクライミングの代わりに釣りに行くことにした。僕たちはこの壁に登る宿命にないのだ。このように自分の限界を見せつけられてそれを受け入れるのは、僕にとっては新たなルート探索のいちばん興味深い部分でもあるように思える。もちろん、船長にレスキューの依頼を連絡しながら多少の疑念も感じたが……。
一方、ベンとショーンは浮石だらけでほとんどプロテクションがないラインになんとか取り付いた。ベンは1ピッチの半分をリードし、宙ぶらりんの浮いた岩のところで引き返した。ショーンに敗退を説得しようとしているのが聞こえたが、ショーンはノリノリで敗退など目になかった。「何言ってんだよ! めちゃくちゃ面白いじゃないか!」 2人は岩壁にコミットし、24時間かけて500メートルのゾッとするほど脆い急斜面を登った。
「クライミングが変質したんだと思う」とベンは言う。「最初はこれほど極端に脆い岩を登るリスクに、めちゃくちゃストレスを感じたんだ。でもすぐにリズムを見つけ、クライミングを楽しめるようになった。リードしてくれたショーンのおかげだよ」
一方ショーンは浮石の迷路とクラックの回り道に楽園を見つけていた。けれども終盤は、難所の連続がショーンを極限ギリギリに追い込んだ。僕たちは少々心配している。なぜならいまやショーンは内なる猛獣を飼いならす能力を広げ、肉体的困難は些細なことに過ぎないとみなすようになったのではないかと。ショーンがいつふたたびこの至福の境地を見つけるのかはたしかではないが、すぐではないこと、そして僕たちがパートナーではないことを願う。
登攀はクジラの群れと目がくらむほどの光のショーをともなって、2時間以上におよぶショーンのリードをビレイするベンを楽しませた。ルート名は2人が歩み寄って「No Place for Humans, aka, Sunshine and Roses(人間の居場所なし、別名:日光とバラ)」と名付けた。
2人が冒険から無事に戻ってきて一安心。次の局面が待ちきれない。
(パート2につづく)