白馬村にある平川の砂防ダム。写真:田口康夫
白馬村にある平川の砂防ダム。写真:田口康夫

新しい砂防ダムよりずっといい:スリット化で一石三鳥

By 山口 高広(パタゴニア 白馬/アウトレット)   |   2016/02/05 2016年2月5日

川の近くでキャンプをしたとき、渓流釣りをしたとき、また山歩きの休憩でふと小川に立ち寄ったとき……、上の写真のようなダムを見たことがあるのではないでしょうか。

ダムには貯水、治山、発電など、さまざまな用途がありますが、上の写真は川の下流へ急激に土砂が流れ込むのを防ぐ、いわば土砂災害を防ぐための砂防ダムです。砂防ダムは土砂を川の途中で貯め、下流まで一気に流れ込むのを防ぎます。しかしやがてそのダムも土砂でいっぱいになります。いっぱいになるとその川底が緩やかになるため、土砂の供給量が抑えられて急激な流れを防ぐという働きもあります。下流への土砂の急激な供給は抑えられるものの、砂防ダムが貯めることのできるその調節量は極めて少なくなるため、同じ川にまた新たな砂防ダムを建設して機能を保たなくてはなりません。下流に住む人びとの生活を守ろうとすると、砂防ダムの建設に終わりはありません。

では一方で、砂防ダムによって下流への土砂の供給が抑えられてしまうことで、どういう問題が発生するのでしょうか。現在起きているいくつかの影響を紹介します。

まずは川。砂防ダムの効果により砂や石の供給が少なくなるため下流の川底が下がり、土砂崩れなどの災害や、橋脚や護岸が崩れるなどといった事例が起きやすくなっています。そして海。こちらも土砂供給が少なくなるため河口部付近の海岸沿いは砂浜が狭くなり、波の力を直接受けやすくなった海岸沿いの地盤が崩れやすくなるといった影響が出るため、テトラポッドを設置するなどの護岸工事を行わなければなりません。

浸食を抑えるために海岸に設置されたテトラポット。写真:田口康夫
浸食を抑えるために海岸に設置されたテトラポット。写真:田口康夫

それから生き物。砂防ダムがあることでサケやイワナが川を遡上できなくなることはよく知られていますが、それにともない本来生息しているはずの川虫などもいなくなり、そこにある生態系自体が崩れはじめています。最後に防災への意識。砂防ダムがあることで安心し、もう大丈夫だからと、安全とは決していえない川の下流に住み、また危険なエリアに住んでいることへの危機意識も低くなっています。実際、砂防ダムが上流に何基もある川の下流で、予想できなかった事故は何度も起きています。

産卵遡上してきたサケが砂防ダムによって完全に遮られている。写真:浦壮一郎
産卵遡上してきたサケが砂防ダムによって完全に遮られている。写真:浦壮一郎

ひとつのダムが埋まればまた新しい砂防ダムを造り、もう一つ、そしてもう一つ……。2015年度の国土交通省砂防課の予算は約8,000億円。毎年それほどのお金を使いながらも、自然や住環境をないがしろにして、終わりのない砂防ダムの建設工事をしつづける。災害を防ぐ目的のために未来永劫まで砂防ダムを造りつづけることは、この先もずっと可能でしょうか。何かほかに良い解決策はないのでしょうか。

答えは、「あります」。

現在僕がパタゴニアの環境インターンシッププログラムを利用して活動に参加している団体<渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える>は、ダム建設で失われた渓流環境の回復を目指し、不要な砂防ダムの新規建設ではなく、既存の砂防ダムの改修によって砂防ダムを取り巻くさまざまな課題を解決すべく、日々活動をつづけるグループです。

彼らが提案するその解決策の仕組みは、既存の土砂の貯まった砂防ダムにすき間を開ける(スリット化)工事を行うものです。すき間が開けば、いままで貯まっていた土砂を少しずつ流すことができ、その調節量を前よりも増加させることによって土砂を調節する機能を改善することができます。そうすれば、土砂でいっぱいになって機能が低下した砂防ダムの代わりに新たな砂防ダムを建設しなくとも、砂防ダム本来の機能を復活させ、さらにより効率よく保つことができます。そして溜まった土砂が下流に供給されて高低差がなくなれば、川は元の姿に戻ろうとし、生き物も戻ってきて生態系も復活しはじめます。そして何よりも、従来の造りつづける仕組みとは違い、その多くが税金によってまかなわれる金銭面での大幅な節約も可能です。

たとえば、この写真は長野県大町市の乳川にある砂防ダムですが、中央に開いた2本のすき間、これがスリットと呼ばれるもので、既存のダムに入れられました。総工費は約3億円。この場所から約300メートル下流にははじめからスリットが入った新設の砂防ダムがありますが、総工費は約14億円。両者の砂防機能は同じレベルなので、新しいものを造らなくても既存の砂防ダムにスリットを入れる選択をすれば約11億円の節約になります。

乳川既設白沢砂防ダムのスリット化改修。スリットが入ったことで、魚類や他の水生生物の移動が可能となっている。写真:パタゴニア日本支社
乳川既設白沢砂防ダムのスリット化改修。スリットが入ったことで、魚類や他の水生生物の移動が可能となっている。写真:パタゴニア日本支社

現在日本には約9万基の砂防ダムがあります。これまで砂防ダム建設に関わっていた方々の協力をもとにその技術を活かし、9万基の砂防ダムにひとつひとつスリット化の手を加えていく。その結果、災害から人を守り、環境をも再生する、しかもこれまでよりも少ない費用で。<渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える>は一石三鳥にも四鳥にもなる公共事業の必要性を市民レベルで提唱しています。彼らの活動ではただ一方的に反対を叫び、自分たちの要望を押し付けるのではなく、そこに関わる人たちの立場を考え、お互いのメリットを共有し、デメリットがなるべく少なくなるような提案をしています。乳川にある砂防ダムのスリットは、行政、土木建築事業者、<渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える>の3者が協力してできたもので、この規模の砂防ダムに入ったスリットとしては現在国内で最大規模です。

<渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える>を知る前は、環境保護への直接的な活動というと小難しい、そして何かに過激に反対するといったイメージが先行し、もっと参加したいという気持ちがある一方で、いま一歩前に踏み出せない気持ちもありました。しかし彼らのように、お互いの思いが違うときは反対するのではなく提案し、相手と同じ目線に立って一緒に考えるという方法もある。誰もデメリットのない気持ちの良い活動を知ってからは、いままで持っていたイメージは払拭されました。

さらにインターンシップを通じて、直接的な行動を起こさなくても、変化をもたらすきっかけとなる活動は誰にでもできるということも気づかされました。それはもっと身の回りで起きている事実を知ろうとし、しかるべき場面でそれに基づいた判断すること。そしてもしそれに共感できれば周りにも共有する。それだけでも変わりはじめる何かがある。たとえば、身近な誰かに話して伝えたり、SNSで発信することも変化につながる一歩だと思います。実際私が働くストアでもスタッフと砂防ダムの話をする時間をもち、情報を共有したことで、スタッフのあいだで意識の変化が生まれたり、またSNSで活動の様子を写真付きで紹介したら、多くの人が反応してくれました。それらは小さな変化のひとつに過ぎません。ただ何かが大きく変わるのは、こういった小さな変化がたくさん集まったときではないでしょうか。広く知られているとはまだいえない彼らの小さな活動を大きなうねりにつなげるべく、これからも行動し、伝えつづけていきます。

渓流保護ネットワークとパタゴニア白馬で企画した川遊びイベントの様子。写真:古厩志帆
渓流保護ネットワークとパタゴニア白馬で企画した川遊びイベントの様子。写真:古厩志帆

<渓流保護ネットワーク・砂防ダムを考える>の活動は以下でご紹介/ご報告をしています。
ウェブサイト:http://keiryuhogonetwork.wix.com/keiryuhogonetwork
フェイスブック:https://www.facebook.com/keiryuhogo