パタゴニア2015年シーズン。Photo: Mikey Schaefer
パタゴニア2015年シーズン。Photo: Mikey Schaefer

The Vida Patagonia : パタゴニア・ライフ

By ロランド「ロロ」ガリボッティ   |   2016/02/25 2016年2月25日

ロロと、そして興奮気味のパタゴニアのアンバサダーと数人の仲間たちが、パタゴニアの登攀シーズンからの写真とストーリーをシェアしてくれます。こちらの遠征ページでご覧ください。この地域での登攀遠征を計画中でしたら、皆様の写真に#VidaPatagoniaのタグを付けていただくと、本ページに掲載されます。

パタゴニア2015年シーズン。Photo: Mikey Schaefer

パタゴニア2015年シーズン。写真:Mikey Schaefer

チャルテン山塊の山々はその空を突き抜けるような切り立った岩峰により、世界でも最も印象的なものだ。それらは優れた花崗岩から、ユニークながらも野性的な霧氷の形状まで、クライマーが切望するすべてを有し、東にはパタゴニアの限りない草原、西には広大な氷冠と太平洋のフィヨルドへと落下する巨大な氷河のネットワークという劇的な環境に位置する。

山塊の天候は「吠える40度」と呼ばれる南太平洋を吹き抜ける西向きの卓越風の影響を受け、その困難さと急激な変化で悪名高い。この地域の恐るべき評判は多くのクライマーを寄せつけないが、なかにはそれを刺激的だと感じる者もいる。南半球が夏のあいだ、地球上で最も素晴らしく強烈で楽しいアルパインクライミングを求め、世界中のクライマーがエル・チャルテンに集う。

パタゴニアの登攀の100年

今年はこの地域に最初の遠征が入ってから100年目を迎える。アルフレッド・コリカーと仲間が山塊の南部を探索し、氷冠を横断して大陸分水界へ到達したそのときから、多くのことが変わった。

1980年代後期、アルゼンチン政府がエル・チャルテンの町を設定し、橋を造り、道路を舗装し、サービスとインフラをもたらした。それはチリと争っていた国境線の一部を確保する地政学的な行為だったが、担当役員は偉いことに、開発は国立公園の端で行い、山岳地域はほぼ完全に手付かずのまま残した。

エル・チャルテンの町の存在により、パタゴニアにおける経験を抑制されることもあるが、山々の美しさ、岩質、嵐の凶暴さはいまもそのままで、クライマーは長らく記憶に残る本当の冒険を経験することができる。

2013年のエル・チャルテン。アルゼンチン領パタゴニア Photo: Mikey Schaefer
2013年のエル・チャルテン。アルゼンチン領パタゴニア Photo: Mikey Schaefer
「トーレ・トラバース」(右から左へ)は、エグゾセ・チムニーをセロ・スタンダルトの頂上まで、それからプンタ・エロンを北稜のスピゴロ・ディ・ビンビ経由、トーレ・エガーの山頂までを北稜のフーバー/シュナーフ・ルート経由で登頂し、セロ・トーレを西壁ルートの上部と合流するエル・アルカ・デ・ロス・ビエント・ルート経由で登攀する。2008年秋のアルゼンチン領パタゴニア。Photo: Rolando Garibotti

「トーレ・トラバース」(右から左へ)は、エグゾセ・チムニーをセロ・スタンダルトの頂上まで、それからプンタ・エロンを北稜のスピゴロ・ディ・ビンビ経由、トーレ・エガーの山頂までを北稜のフーバー/シュナーフ・ルート経由で登頂し、セロ・トーレを西壁ルートの上部と合流するエル・アルカ・デ・ロス・ビエント・ルート経由で登攀する。2008年秋のアルゼンチン領パタゴニア。Photo: Rolando Garibotti

4峰をリンクアップするトーレ・トラバースの2日目、3つ目の山頂を前にして同峰北稜のフーバー/シュナーフ・ルートの2ピッチ目をセカンドするコリン・へイリー。Photo: Rolando Garibotti
4峰をリンクアップするトーレ・トラバースの2日目、3つ目の山頂を前にして同峰北稜のフーバー/シュナーフ・ルートの2ピッチ目をセカンドするコリン・へイリー。Photo: Rolando Garibotti

今シーズンのこれまで

2015/2016年シーズンは湿った12月が大雪をもたらし、「乏しい」はじまりとなった。気温は低温のままで雪はまだ解けずにあるため、ロッククライミングのコンディションは理想とはほど遠いものがある。

にもかかわらず、コリン・ヘイリーの今シーズンのスタートは華々しかった。まず12月31日、彼はフィッツロイのカリフォルニア・ルートをソロ登攀した。これは彼の同峰2本目のソロで、本ルートの5度目のソロ登攀となった。その1週間後の1月6日、アンディ・ワイアットをパートナーに、フィッツロイを車から車まで21時間8分で往復し、スピード記録を大破した。リオ・エレクトリコ橋を午前3時40分に発ち、スーパーカナレタ・ルート経由で午前11時14分に山頂に立つと、午後7時23分にトレイルヘッドに戻った。総合標高差は3,048メートルで、そのうち1,463メートルが5.9およびAI5以上の難易度だ。フィッツロイが町から町まで1日で往復されたのはこれがはじめて。コリンいわく、最も大変だったのはクライミング・ギアで一杯のパックを背負って氷河の端からトレイルヘッドまで走ったこと。この登攀でコリンはフィッツロイを10 回登ったことになり、これも最高記録である。

念を押すが、国立公園内で登攀を計画するクライマー(つまりトロ、トーレ、またはリオ・ブランコ渓谷からアクセスする登攀計画)はエル・チャルテン到着時に登録するように。登録は無料だが、必須だ。リオ・エレクトリコ渓谷からアクセスする登攀目標のほとんどは私有地または地方所有地にあるため、(有料だが)登録の必要はない。氷冠からアクセスする登攀目標はアルゼンチン国家憲兵隊(国境巡視)における登録が義務づけられている。

事故と自己責任

過去数シーズンは事故の増加が懸念されている。好天期間のほぼすべてで最低1件の深刻な事故が起きている。これが暗示する悲劇以外にも、救助はボランティアや慈善ベースで行われるため、地元コミュニティへの圧力はまもなく持続不可能になるという問題がある。(注意:地元の救助チームは最近これを有料化した。その収益は救助隊の保険、装備、訓練のために使用される。このためクライマーは自身の救援保険を持ってくることが重要となる。)

深刻な野生地における登攀は自己の技術レベルに十分に見合った目標を選択し、自助可能な方法で行動することが要求される。登攀の真の難度はガイド本に記載されたグレードではなく、登頂時に起き得る偶発性の範囲だ。登攀中に遭遇するどのようなシナリオにも対応できるかどうかを自分自身に正直に問ってほしい。疑問があれば、より簡単な目標を選ぼう。パタゴニアは最先端の登攀目的地として知られるが、簡単な岩場やスノークライミングだけで山塊の素晴らしい眺めを得ることのできる数々のお手頃なアルパイン目標もある。マドセンエレクトリコソロモホン・ロホなどがその数例。ボケテ・デル・ピエルジオージオからのフィッツロイ、または氷冠からのセロ・トーレなど、山塊内および付近をトラバースするのも素晴らしい目標だ。

熱心なクライマーに地元知識を伝授するロロ・ガリボッティ。アルゼンチン領パタゴニア、エル・チャルテン。Photo: Matt Van Biene
熱心なクライマーに地元知識を伝授するロロ・ガリボッティ。アルゼンチン領パタゴニア、エル・チャルテン。Photo: Matt Van Biene

差し迫る変化

昨年10月、エル・チャルテンで初の市長選が行われた。これまで町は任命官によって管理されていたが、住民が1,000人を超え、選挙を執り行う権利を獲得したのだ。選挙日には877人が投票した。すばらしい良い投票率だ。  地元の党エンクエントロ・ベシナルのリカルド・サンチェスが、他の全員の候補者の2倍以上である36%を獲得した。だが残念なことに、激しい論争の的となっている法律により、16%を獲得した候補者が当選した。彼は他の2候補者の票を加算させたのだ。エンクエントロ・ベシナル党はこのやり方を道徳的見地から拒否した。「当選者」はその獲得票数により住民からの信任性に欠けるとしても、チャルテンはいま選挙で選ばれた市長をもつ。そしてこれがほのめかす責任説明により肯定的な変化がもたらされるはずだ。

末筆ながら加えると、12年ぶりにフェルナンデス政権が大統領選で敗退し、多くの変化がアルゼンチンに起きようとしている。いまのところ、とくに宿泊と食料品など、訪問者にとって物価が極度に高い。最近、過去数年に渡り行われた2倍の為替率制度が廃止され、分厚い札束を携帯する必要がなくなった。いまや現金自動預け払い機から現行為替率でキャッシュを引き出せる。旅行を計画しているのならこの点も知っておこう。

安全に楽しんでほしい。

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