クリーネストライン


バックボーン・トレイルの後戻りできない登り坂で懸命に踏み込むダイアン・フレンチ。コロラド州サライダ。Photo: Sacha Halenda
バックボーン・トレイルの後戻りできない登り坂で懸命に踏み込むダイアン・フレンチ。コロラド州サライダ。Photo: Sacha Halenda

目撃者

By ダイアン・フレンチ   |   2016/03/28 2016年3月28日

結婚式の15分前、ウェディングドレスを着た私は妹の前に立って聞く。「見える?」 妹は頭を左右に傾けて、私をじっくりと観察する。「大丈夫、見えない。でもこれ、念のために持っていくといいわ」

2時間後、結婚記念のすべての写真がそれを証明しているように、雹まじりの嵐に見舞われて唇が紫になるころには、妹がくれたこの茶色いウールのショールをしっかりと羽織ることになるのだが、とりあえずいまは腕に掛けて擦り傷を隠している。今朝、結婚式の前に参加者たちと一緒にマウンテンバイクでライディングに出かけたとき、ハンドルを密接する木に引っかけて、石だらけの地面に転倒してできた傷だ。

まもなく私の夫となる彼の擦り傷はそれよりも古く、先週ハイスピードのロードバイクが塗りたての反射線で滑って転倒ししたときのものだ。だが状態は私のよりもひどい。新郎介添人が彼の傷を何重もの絆創膏やら包帯やらで覆う努力もむなしく、血はじわじわとにじみ出てドレスシャツの肩に広がっていた。暗雲の下で誓いの言葉を交換しながら、私はジャケットの存在を黙って神に感謝する。夫になったばかりのサーシャはその晩ずっと、「おめでとう」とともに肩を叩かれるのを愛想よくかわすため、ジントニックを飲みつづけた。

話はそれから2年後に飛ぶ。ボルダーの自転車専用道はボルダー・キャニオンを400メートルほどいったあたりで未舗装になり、やや険しくなる。それこそがまさに、私たちが乳児をトレーラーに乗せてひたすら自転車を走らせる理由だ。石や止水板の上を走ると揺れるハンモックとハーネスのなかで、息子は家では決してしないことをする。眠ってくれるのだ。横幅をとる私たち一行を他のアスリートたちは迷惑そうに追い越していくが、息子が熟睡していればそんなことは気にならない。だから私たちはできるかぎり速く、必要なかぎり何度でもキャニオンを上っていく。

結婚10年後、コロラド州サライダに住んでいる私たちは、モナーク・クレスト・トレイルを大急ぎで往復して結婚記念日を祝う。あたりはじっとりと湿り、伝説的な景色は灰色の低い雲の合間にかすかに見えるだけ。フラスクに入れた上等のスコッチで高級チョコレートのかけらを流し込み、頂上で記念のセルフィーを撮ると、猛スピードで町へと下る。授業を終えた小学2年生の息子が校庭に飛び出し、私たちを探しに来るまで、あと2時間しかない。

ベビー用トレーラーと魔法のお昼寝ハンモックは、当然ながらいまはもう存在しない。それらはまず息子のためのペダル無し自転車に、そして最近では24インチのマウンテンバイクに変わった。私たちはいつも一緒にバイクライディングに行く。それは私たち3人にとって夕食時の団欒や寝る前のおとぎ話と同じくらい強力な結びつきだ。ハンモックで眠っていた赤ちゃんはもう8歳、私たちが追いつくのもやっとなほどのマウンテンバイカーとなり、大人顔負けの腕前でジャンプラインを乗りこなす。そのハンドルにはトラのぬいぐるみをくくりつけ、ヘルメットのなかでは歌を口ずさんではいるけれど。

父親のサーシャに気を張り詰めさせておく息子のアマート。カリフォルニア州キャンプ・ネルソン。Photo: Diane French
父親のサーシャに気を張り詰めさせておく息子のアマート。カリフォルニア州キャンプ・ネルソン。Photo: Diane French

サーシャと私はクライミングで知り合い、トレーニングや旅の計画もクライミングが中心で、仲間も皆クライマーだった。だからコロラドからはるばるブリティッシュ・コロンビアまで運転し、クライミングのギアもすべて持参したにもかかわらず、1ピッチも登らなかったのはちょっと予想外だったかもしれない。でもその代わりにあの夏、一緒にマウンテンバイクを走らせたトレイルは、量、質ともに私たち家族にちょうどいい、そしてそれぞれが加減できるライディングを体験させてくれた。こんなことがあった。ウィスラーの標高の高いクラシックなトレイルの傾斜がきつくて下が見えない岩のドロップで、私は急停止した。なぜなら……当然危険すぎるから。すると息子がすぐさま私を追い越して、視界から消えてしまった。骨が砕ける音が聞こえるのではないかと、心臓が縮んだ。ところが聞こえてきたのは、「ママ、ぜんぜん大丈夫だよ! ぶっ飛ばせるって!」という、ヘルメットの下からのくぐもった声だった。私はホッとして息を吐き、とても重要な、そして詩的でさえある何かがたったいま起きたことを感じながら、ペダルに足をクリップして走り出した。

自転車はその二元的な性質により、何にもまして私たちの生活の主要な動向の、信頼できる目撃者となった。移動したり、犬を走らせたり、用事を済ませたり、物事に対処したりといった日常生活に欠かせない実用的な存在でありながら、たまの洗車とわずかなメンテナンス、そしてガレージ内の小さなスペースと引き換えに、素晴らしい場所での冒険に導いてもくれる。

バイクライディング、クライミング、スキー、そして最近ではスターウォーズなど、夢中になることがたくさんあるなかで、これから先、何にいちばん時間を費やすようになるかはわからない。でもいまは、何をするにも2つのタイヤと2つのペダルが中心だ。我が家の小学3年生が一直線に下るトレイル以外で不満をこぼすとき、私はとにかくペダルを踏みつづけるようにと言う。将来おばあさんになった私をトレーラーで引きながら自転車専用道を走るのは、君なのだから。そのとき私は、ハンモックでいびきをかかせてもらうわ。

コメント 0

関連した投稿

« »