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イヴォンの手紙を読む

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アン・ギルバート・チェイス  /  2016年10月20日  /  読み終えるまで5分  /  クライミング

ガルワール・ヒマラヤの広大さに包まれるアン・ギルバート・チェイス。インド、ウッタラーカンド州 Photo: Jason Thompson

体重を支えられる箇所を探って不安定な雪のヘッドウォールにアイスツールを打ち込むと、眼下には深まりゆく闇のなかでジェイソンとキャロが、私が落とす雪と氷の絶え間ない集中砲火を避けようとハンギングビレイで身を寄せ合っているのが見えた。もう16 時間登りつづけていた。私はふたたびアイスツールを叩き込み、腕を肘まで雪に埋めると、最後の頂上尾根へとつづく急な雪庇の上に唸りながら這い上った。

肺いっぱいに冷たい薄い空気を吸い込んだ。暗くなる寸前の光に輝く山頂が見える。少なくともあと2 時間はかかるだろう。目前には暗雲の壁が迫っていた。

アンカーを設置してロープを引き上げ、「オンビレイ! 」と叫んだ。それまで無数にやってきた動作を繰り返しながら、心はさまよっていた。このまま進むべきか、それとも撤退するべきか。この嵐はどれほど悪化するのか。ビバークのギアを下に置いてきたのは間違いだったか。

去年はこの旅とヒマラヤに心身を消耗させた。企画当初から許可証の発行拒否、官僚式の煩雑な手続き、パートナーの頓挫という難関がつづき、それらを経てようやくいま、私はこの場所にいる。ニルカンタ峰(6,596 メートル)はガルワール・ヒマラヤのヒンドゥー教巡礼地バドリナートの上にそびえ立つ。ニルカンタは本来の目標ではなかったものの、すぐに私はその威風に魅了された。長年にわたり多数の登山家がニルカンタ南西壁に挑んできたが、大半が登頂に失敗していた。そして私たちはもちろん登頂を目指していた。

「すごい! よく頑張ったわね。ちょっとまともじゃないムーブだったわよ」とヘッドウォールの縁に這い上がってきたキャロが言い、私の横に立って山頂を見つめた。「だけどもうひと踏ん張りある、って感じじゃない?」

「うん、あと数時間はかかりそう」

ジェイソンのツールが尾根の上に現れ、それから彼の頭、そして笑顔がつづいた。「ほんと、よくやったよ」と言うと彼はツールを雪に押し込み、雪庇をマントリングした。活力に満ちていた私たちは、嵐は迫っていたが安全のマージンは十分あると判断し、登攀をつづけることにした。

次はキャロがリードして、上のセクションを手早く片づけた。ジェイソンと私は足の下で青く輝く濡れた氷のルートをたどりながら、後につづいた。肺が必死で呼吸をし、脱水症状が脚に影響しているのを感じたが、それでも気持ちは落ち着きを保ち、集中していた。キャロがしゃがんでビレイをしている危なっかしい足場にジェイソンと私がたどり着くころには、暗雲が頭上に垂れ込めていた。まずはパラパラと雪あられが降り、そのあと豪雪と風が襲った。私たちは突如、標高6,300 メートルのむき出しの尾根の真ん中で嵐にさらされることになった。

次の展開を考える間もなく、衝撃を感じた。私は声を上げて頭を押さえた。キャロとジェイソンが驚いて私を見た。「どうした?」とジェイソンが聞いた。

「雷に撃たれたみたい!」

すると今度はジェイソンが腰に電流を感じた。私たちは静電気の嵐の真只中にいて、すぐに逃げることのできる場所はなかった。

「ぎゃっ、痛い!」キャロが胸をつかんで怒鳴った。

「ここから早く逃げなきゃ!」と私は叫んだが、その声は唸る風とますます激しくなる雪にかき消された。

小さな電気ショックに襲われつづけ、私は氷にV 字スレッドを作るのに手こずった。気持ちは焦り、それまでに幾度となくやってきた単純な作業にさえも集中できなかった。私はチームの安全に責任を感じたが、いまや安全のマージンはなくなっていた。

「早く早く、なんでそんなに時間がかかってるの?」とキャロがせき立てた。

私は上を向き、キャロと目を合わせた。キャロに会ったのは今回の旅がはじめてだった。私たちはすぐに強いつながりを感じ、2 人で流れるように優雅に登った。しかしいま、この嵐が私たちの仲を破滅させようとしていた。私たちは無言で見つめ合い、とんでもなくまずい状況になっていることを理解した。

私の麻痺状態に感づいたキャロは、すばやく行動に移った。「ねえ、この岩にスリングを掛けたらどう?」と言い、氷から半分出ている岩をしっかりとつかんだ。

すると緊張が和らぎ、思考が戻ってきた。「しっかりしていそうね、そうしましょ」

私たちは一時も無駄にすることなく懸垂下降の準備を整え、下山をはじめた。凍ったロープがビレイ器具を滑り抜けるなか、私は上を向いてジェイソンとキャロ、そしてさらにその上で暗雲に包まれている山頂を見た。一瞬すべてが静まり返ると涙が込み上げ、叫びたくなるのを必死でこらえた。それで終わりだった。

登頂を果たせなかった失意は否定できない。もし登頂していたら、この旅の全課程は単純で明白に定義された出来事だったと感じるだろう。でもいまになってみると、登頂を達成しない可能性に向かって努力したということが、本当の遠征だったのだと理解できる。それはある一瞬に定義されるものではなく、あらゆる瞬間の融合から学んだことによって定義される旅なのだ。その結果、私は山に対する敬意を深め、クライミングパートナーとのつながりを固くし、クライマーとしての技量を高めた。私はこの結果をありがたく思う。撤退したからこそ、この旅はより複雑で、繊細で、深淵で、困難な知恵を教えてくれるものとなった。単純なことは何ひとつない。あるのは、かけがえのない大切な教えだ。

このストーリーの初出はパタゴニアの2016年秋カタログです。本カタログはパタゴニア直営店で無料配布中。

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