クリーネストライン


 写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ
写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ

ある日のクライム&ライド

2016/11/14 2016年11月14日

山の楽しみ方は色々ある。クライム&ライド。私がこの遊びをはじめたのはここ数年のことだ。

以前の私はというと「なるべく快適にアプローチし、よい斜面を滑りたい」、つまりは「滑るために山へ行く」というのがおもな目的だった。リフトで標高の高いエリアまで行き、小一時間ほどのハイクをしたら、それ以上の充足感を得られる滑りをしたい……。いまでもそのようなお得感のあるバックカントリーライディングは好きだが、小さな失敗を積み重ねて得た山での経験と成功、そして年齢を重ねるにつれて、近年は楽しみ方の幅が大きく広がってきた。それがさらに広がったのはスプリットボードを手に入れてからだろう。スノーボードマウンテニアリングの世界が一気に広がった。

たとえば2013年のデナリ山頂からのスノーボード滑走。スプリットボードは氷河地形での移動に非常に役立った。山頂からの滑走と言えば聞こえはよいが、20日近く氷河上で行動しても、滑るのはそのうち3時間にも満たない。何日も歩き、キャンプし、アイゼンを履いて山を登っても、滑る時間は割合としてはわずかである。しかも滑ると言っても大半が移動であり、「気持ちいい」という滑りをしたのはそのうちの15分ほどではないだろうか。とても効率的とは言えない。滑るためというより、滑りを交えた山行だった。1つの山行、あるいは1つの旅のなかに、滑りが1シーンでもあればそれでいい。山で過ごす色々な時間を、色々な形で楽しめるようになったのだと思う。

そしてフィールドはより奥地や大きな山へと移っていった。学生から社会人へ、あるいは原付免許だけでなく自動運転免許を取得し、行動範囲が一気に広がったあのときと同じような感覚。彼処に行きたい、あの斜面を滑りたい……。スノーシューの移動範囲では現実的でなかった山行が具現化した。それがいまではさらに深みを増し、登りで登攀を楽しみ、下りで滑走という遊びにも楽しさを見出せるようになった。

「登攀と滑走」私のクライミングの実力は微々たるものだが、楽しむには力量は関係ない。いや、正確には大いに関係ある。じつは以前の私はと言えば高い所があまり好きでなく、スノーボーダーということを言い訳にして、クライミングは年に数回程度の遊びだった。楽しめるような水準まで力量を上げるという目標を掲げたことにより、いつの間にかちょっぴり力量があがった気がし、そしていつの間にか好きになった。そしてさらに、楽しめるようになってきた。好きこそものの上手なれ。人生に目標は大切だ。

そして今冬、2016年2月初旬。パタゴニア日本支社の島田さん、マツケンの両名と鹿島槍山域の名もなきルンゼを登攀し、滑走した。その名は島田さんによって中千穂平ルンゼと名付けられた。

2015年から2016年のシーズンはご存知のとおり記録的な少雪となり、ウィンタースポーツに関わる者すべてに深刻な影響を与えた。私の冬期のガイドエリアであり、活動山域である白川郷も同様だった。当初は白川郷でのクライム&ライドを予定していたが、雪不足により場所を大きく変更し、白馬エリアでの実行となった。そこは島田さんが以前から通い、狙っていた場所であるという。ローカルライダーやガイド仲間からの情報では、この山域も他エリアと同様、顕著な雪不足が明確だったが、来てよかった。さすがは後立山連峰、私の活動するエリアよりは大いにましであるようだった。

行動初日、長い林道を数時間歩く。この日は周辺のリサーチとコンディションの把握がメインだったが、高千穂平の対面に滑走に適したよい急斜面があったため、試しにと取り付いてみた。試しにと登りはじめたものの、気付けばピッケルとアイゼンを装着し、急峻なクーロワールを登攀。互いにロープを結び、島田さんがリード、それを私がビレイしていた。風が強くなり、木々についていた雪が落ちて、どんどんスラフが流れてくる。上部へ行けば行くほど、かなりの急斜面だ。森林限界を越えたあたりは、ウィンドスラブが形成されるほどの強風。温度はどんどん低くなり、すでにテストではなく本番以上だった。これ以上、上部へアプローチするのは困難なため、敗退気味で滑走斜面に取り付く。斜面はアイシーで、デブリの塊があるような場所。快適な滑走や撮影に適したような場所ではなかったが、おかげで対面にある高千穂平の全容が把握できた。

写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ
写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ
写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ
写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ

中千穂平ルンゼのスロープにラインを描き、安全地帯で待機する。つづいて島田さんが滑り降りてきた。私とラインが被らない岩壁よりのライン。降りてきた島田さんとハイタッチし、互いの成功を喜んだ。

と、その直後である。ドカドカと落石とともに上部の雪庇が崩落。それがルンゼに落ち雪崩が発生。「雪崩れた!」 雪煙があがる。予想はしていたものの、実際に起こると想像以上に怖い。想像以上ということは想像力が足りないということなのか。いや、いろいろ勉強はしていても怖いものは怖いのだ。瞬時に気持ちを落ち着かせ、自分たちの位置が雪崩のサイズから問題ないことを確認する。雪崩地形に入って私たちが雪崩を起こすこと、あるいは上部の雪庇崩落も考えられたため、事前に当たり前のセオリーであるリグループ地点を決めておいてよかった。安全地帯にいたから問題なく回避できたが、直撃していたら無事ではいられなかっただろう。「やばかったすね……2人とも無事でよかった」マツケンから無線が入る。中千穂平ルンゼを滑れたこと、無事に降りられた喜びを感じながら雪崩ラインを外し、帰路のバンクにスノーボーダーらしくアテコミながら帰路についた。

高千穂平周辺は魅力的な斜面ばかりだった。だがそんな斜面にシュプールは無く、人の滑った様子も無かった。登って、そして滑る。労力は大きいかもしれないが、魅力と可能性に満ちている。時間と労力を費やして苦労するからこそ、無上の喜びがある。1シーズンに良かった日は多々ある。だが、全身で感じた1ターンの感覚……あの日から9か月経った今日でも覚えている。そういった1ターンは人生のなかでも数えるほど。だからこそ価値がある。この日のクライム&ライドは私のスノーボードマウンテニアリングに新たな記憶を刻んでくれた。

写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ
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