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谷口けいと、カヒルトナ氷河の上で

谷口けいと、カヒルトナ氷河の上で

By 鈴木 啓紀   |   2016/12/19 2016年12月19日

鈴木啓紀

南アルプスでのアイスクライミング 2012年2月
他に誰もいないアラスカの氷河のベースキャンプで、ふたり差し向かいでウィスキーを飲んだことをよく覚えている。その遠征は、氷河を取り巻く壁のなかに1本、美しいラインを引くことはできたものの(それはたしかに素晴らしいクライミングだった)、全体としてみれば失敗で、遠征の最終盤に行われた飲み会での酒はとりわけ苦いものだった。

その遠征を迎えるまで、僕とけいちゃんとのパートナーシップはおおむね完璧だと思っていた。たぶん彼女もそう思っていたと思う。その遠征を控えた冬は、槍ヶ岳周辺の継続登攀、北岳バットレスのワンデイクライミング(厳密には24時間をだいぶオーバーはした)、戸隠P3尾根のワンナイトクライミング、錫杖前衛フェイスや明神岳の壁、といま思い返しても印象的で充実した登山をふたりで積み重ねたシーズンだった。

【 南アルプスでのアイスクライミング 2012年2月。 全写真:鈴木啓紀 】

密かな自信とともに乗り込んだアラスカだったが、天候の不順と、そして高所順応の際に僕が負った軽い凍傷の影響でなかなかアタックに踏み切れず、本命のラインは登れずに終わった。

僕らはベースキャンプをシェアしていた他の友人たち5人と生活をともにしていた。物事が順調にいっていればひたすら楽しいはずのキャンプ生活も、軽い凍傷を負ったことで僕が相当ナーバスになり、それが目標の山を前にした、わりと真剣な状況下であったために、人間関係にも微妙な行き違いや歪が生まれていた。有体にいえば、僕とけいちゃんとのパートナーシップや信頼関係は、遠征の後半には少し危機的な状況に追い込まれてしまっていた。そして天気の不安定さから本命へのアタックを最終的に断念した夜、「鈴木くん、ちょっと話そう」と、差し向かいでウィスキーを飲むことになったのだ。

もう8年近く前になるけれど、そのときに交わした言葉の数々を僕は鮮明に覚えている。それは、互いの至らなさや未熟さや放漫さや甘えの所在を明らかにし、棚卸しし合うようなタフで静かな言葉の応酬だった。山麓の町タルキートナに下山して以降、帰国便に乗る日までの一週間、僕らは完全に別行動をした。

けれど、あの遠征での2人きりでのセッションと、帰国後のちょっとした話し合いを通して、僕とけいちゃんの友人関係はより強固なものになった。それからも僕らは本当に多くの登山をともにしたし、本当に多くの話をした。ありきたりの結論ではあるけれど、あの時間のお陰で、僕たちは互いのネガティブな側面をいっそう深く理解し、それを受け入れ、認め合うことができたのだ。

あのとき「ちょっと話そう」と言い出したけいちゃんの行動は、彼女の人生を貫いていた行動原理に深く根ざしていたと、いまにして思う。逃げたり妥協したりせずに、自分自身や利害関係者と真摯に向き合うこと、自身の思いに対して誠実であろうとし、格闘しつづけること……。それは言葉で言うほどたやすいことではなく、安きに流されていては実現できないことであり、そして自分自身を生きるうえではとても大切なことだ。

あのセッションは僕らの友人関係を支え、より深いものにしたが、少し俯瞰すると、それは僕がけいちゃんから受け取った、より良く人生と向き合うための鍵でもあったような気がする。彼女の人生に対するポジティブな姿勢とエネルギーに触れられたことは、僕にとってはとても大きなギフトだ。彼女が残してくれたエネルギーの破片はまだたしかに僕のなかに生きていて、ときに僕を叱咤し、勇気づけ、背中を押してくれる。まるで織火のように。

そして、けいちゃんとつながりのあった多くの人びとのなかにも、彼女のエネルギーの破片が同じように息づいているのだと信じている。谷口けいはパタゴニアの大切なアンバサダーであり、疑う余地なく偉大な山ヤだ。しかし彼女の本当の素晴らしさは、誠実に自身の人生と向き合いつづけた、その美しい人生の軌跡そのものにあったと僕は思う。ありがとう、谷口けい。

 

アラスカ グローブナー東壁 2008年5月

【 アラスカ、グローブナー東壁 2008年5月 】

 

戸隠の稜線にて朝日を迎える。2009年3月

【 戸隠の稜線にて朝日を迎える 2009年3月 】

 

北アルプス飛騨尾根 2009年12月

【 北アルプス飛騨尾根 2009年12月 】

 

黒部丸山東壁、黒部横断挑戦中 2010年1月

【 黒部丸山東壁、黒部横断挑戦中 2010年1月 】

 

ネパールヒマラヤ ランシサ・リ北壁2012年11月

【 ネパールヒマラヤ、ランシサ・リ北壁 2012年11月 】

 

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