『フィッシュピープル』の舞台裏
映画制作……。ある人は絵コンテにしたがい、またある人は本能にしたがう。キース・マロイはどうだろうか。 彼は本能がすべてで、計画はゼロ。いや言い換えよう。彼には計画はある。ただ髭の裏に隠されたそれが何か理解しがたいだけだ。だが幸運にも彼には、計画を立て、カメラを操り、音声を録音し、スキューバダイビングし、消火作業が得意な友人(そして伝説的な妻)がいる。忘れがたい映画を作るには村ひとつ、そして本能に突き動かされる誰かが必要だ。最近iTunesで公開されたばかりのキースの最新作『フィッシュピープル』はまさにそんな映画だ。
制作カメラマンとしての僕がこの経験から得た見解は、デジタル画像を捉えることを遥かに超えていた。一生忘れることのないいくつかの印象を以下に綴る。
ことのはじまりはサンフランシスコでの肌寒い霧の朝。僕らはエディ・ドネランが運転するバンに乗り、カメラを手に、低所得者が住む地区をドライブしていた。サーフィンに連れていくやんちゃな子供たちをピックアップするためだ。とくに危険そうな地域に入ると、エディは「カメラをあまり向けないように」と忠告した。エディがサンフランシスコ・ベイエリアのこれらの地域と分かち合う関係は、僕らが先人から継承してきた社会的障害の多くを乗り越えている。彼は情け深い人間であり、子育てに専念する父親であり、ソーシャルワーカーであり、そして最も感慨深いことに、彼が子供時代に経験したように、自由をくれる海を知らない子供たちに与える人間なのだ。
カリフォルニア州ロングビーチに早送りしよう。モニカ(パタゴニアのプロデューサー)はロサンゼルスの水難救助員を映画の一部にしようと説得している。その間93歳の女性メアリー・ソイトは、彼女の後輩で『フィッシュピープル』の登場人物の1人であるリン・コックスと湾で泳いでいる。僕らを若く保つ何らかの特質が海にあることが証明されるとしたら、メアリーはその最たる例だ。メアリーはリンの達成したこと、とくに彼女がベーリング海峡の冷たい水をアラスカからロシアまで泳いだいことを振り返る。彼女が遠距離を泳ぐリンの決意をこれほど讃えるのを見るのは感動的だった。
僕の人生においてつねにサーフィンのインスピレーションであったデイヴ・ラストヴィッチが、タスマン海の外洋のスウェルで、セーリングカヌーで僕を追い抜く。その瞬間、サーフィンがウォーターマンとしての彼、そしてついでに言えば彼の喜びのほんの一部であることに気づく。これはサーフィン業界から教わったデイヴの生い立ちとは正反対だ。『フィッシュピープル』においては、それが多くの生まれながらの才能をもつ両生類のデイヴのストーリーなのだ。
次の撮影場所へ向かって車に乗ろうとしていると、レイ・コリンズが家から出て来て、「おい、タヒチのクリアな水にはこれが必要だ」と言った。彼が僕に手渡したのは僕のカメラのための防水ケース。これはパーティで客に渡すような粗品ではない。この深淵なる行為は新しい地域や喫茶店の見知らぬ人と関与したり、『フィッシュピープル』についていえば、ユニークかつパワフルな波を泳ぎながらカメラのレンズを通して人びとの顔を覗き込むレイのあふれるばかりの自発性を象徴している。この映画のポスターとなった写真は、レイが僕にくれた水中ポートのおかげで撮影できたものだ。
険しいタヒチの谷間を走り抜けるのを見ているアラビア馬の群れ。チョープーのラインアップから臨めるこれらの深い緑色の谷は、とても劇的であやうく転覆しそうに見える。僕らをここに連れて来てくれたのは『フィッシュピープル』の登場人物で、プロのサーファーのマタヒ・ドロレット。彼の叔父の所有地だ。タヒチの深いルーツをもつこの地方の長老ペヴァ・レヴィのもてなしは、故郷とチョープーのサーフィンの起源(どうやらある女性によって初めて乗られたらしい)の鮮明な物語にまで及んだ。マタヒが受け継いだの海への崇拝(そして自信)は、彼の家族とのこういった瞬間に窺われる。
神聖なる地域社会にとってカメラをもった外国人は障害となる。伝統、史跡、そして人間関係は簡単に悪用される。キースの旅の経験とストーリーを語るキャリアは、彼にそういった悪用を避ける感受性を植え付けた。もしかしたらそれは本能から自然に生まれてくる資源なのかもしれない。この映画のためにレンズや力を貸してくれた人びとは高い水準を設定した。彼らはそっと歩き、高潔さを保ち、彼らの知恵を僕とシェアしてくれた。それは普通の映画制作に見られる資質ではない。スコット・ソーエンズ、モニカ・マクルアー、アンドリュー・ショーンバーガー、デイヴ・ホムシー、エミリー・グラント、エリン・ファインブラット、ピーター・ビアーといったクルーたちは全員がそういった人物で、彼らは人柄こそ違うがこの誠実な映画と適切なひらめきを創り出すために必要とされていた環境を作った。