クリーネストライン


ハワイで完璧なラインをお披露目するマイク・ピーチ。Photo: Juan Luis De Heeckeren
ハワイで完璧なラインをお披露目するマイク・ピーチ。Photo: Juan Luis De Heeckeren

最もクリーンなラインを追い求めて

By クリス・マロイ   |   2018/01/12 2018年1月12日

第3および第4世代のサーファーである私たちは、固定観念を持たないことへの自信があります。そしてサーフィンにふける薄汚いダートバッグである私たちも、都会という環境に戻れば、社会に変化をもたらす活動家として手腕を発揮する、いわばひとつの部族を構成するようになりました。

私たちがこれからも引き継いでいきたいと考えるスタイルや感性の基盤となったのは、1950年代後期と1960年代後期という2つの時代です。これらの時代を振り返ると、サーフィンとクライミングは同じルーツを、そしてさらに重要なことに、同じ精神を共有していたことが明確にわかります。

50年代後期のアメリカは、「自由の地」を掲げた戦後の時代から「9時から5時まで」の社会へと変遷し、利益や保障をもたらすものだけに価値を見出すようになりました。そんな中、アメリカが提示する現代的要素をすべて投げ出して、新たなフロンティアを目指す2つのグループが生まれました。力強く知的で才覚があるという、非常に似通った性格をもつこれら2つのグループは、互いの存在を知ることもなく、労働者階級から逸れたところでそれぞれ独自の文化を築いていました。

1957年6月、ロイヤル・ロビンス率いる落ちこぼれクライマーの一団が、不可能と考えられていたハーフ・ドーム北西壁の初登頂という快挙を成し遂げます。そして同年11月には、グレッグ・ノルやパット・カレンをはじめとするサーファーたちが、ワイメア・ベイの波に乗ることにはじめて成功しました。クライマー族とサーファー族は、それぞれみずからのギアを細々と開発して製造しながら、一文無しの生活を送っていました。

エル・キャピタンのノース・アメリカ・ウォールの初登中、サイクロプス・アイのビバークでハーケンを整理するヨセミテ登攀のパイオニア、イヴォン・シュイナード。1964年秋、19ピッチ目の終了点にて。Photo: Tom Frost
エル・キャピタンのノース・アメリカ・ウォールの初登中、サイクロプス・アイのビバークでハーケンを整理するヨセミテ登攀のパイオニア、イヴォン・シュイナード。1964年秋、19ピッチ目の終了点にて。Photo: Tom Frost

1960年代後半には、サーフィンとクライミングは独特なサブカルチャーに発展しました。すると大衆文化がそれに便乗して資本を投入し、過剰なデザインのギアと大量生産が蔓延しました。個々の啓蒙や表現を追及するためのアクティビティは、たんなるスポーツに降格してしまったのです。また一方では、社会運動の原則と環境への意識が吹き込まれた、カウンターカルチャーも確立しはじめていました。けれどもまたしても大衆文化が現れて、社会を困惑に陥らせてしまいます。環境意識や保護活動の種はまかれたものの、初期の活動家はさまざまな意味で文字どおり行き場を失った「ホームレス」となってしまいました。大衆文化に流されなかった真のサーファーやクライマーたちは逃げ場を求め、カリフォルニアやオーストラリア、ハワイの沿岸などに無人の家屋やプレハブ小屋を見つけて住みついたり、ティトンやヨセミテといった岩場の近くにある牧場やキャンプ場でひっそりと暮らしたりしていました。

現在パタゴニアの本社があるカリフォルニア州ベンチュラで、ダートバッグの大御所2人が出会ったのは1968年から1969年にかけてでした。当時アメリカ屈指のクライマーだったイヴォン・シュイナードがピトンを鍛造しているその目と鼻の先で、オーストラリアのトップサーファーに数えられるボブ・マクタヴィッシュはサーフボードのシェイピングをしていました。クライミング、そしてサーフィンと、それぞれへの情熱に全力を傾ける2人は、たまたま同じ海岸沿いでその日暮らしの生活を送りながら、のちにそれぞれのスポーツを大きく変えることになるギアを作っていたのです。自分たちが得た経験を次のあらたな段階へと前進させる方法をイヴォンとボブそれぞれに尋ねてみました。返ってきたのはまったく同じ答えでした。「最も傾斜のきついフェイスに描く、最もクリーンなラインを追い求めることだ」

このストーリーの初出は2006年パタゴニア・サーフカタログです。

編集者記:パタゴニア社内の数人で会社のブログをローンチするアイデアを練っていた2007年、私たちにはその名前が大切であることがわかっていました。私たちはストーリーを語るというアイデア、そしてパタゴニアのデザイン哲学やパタゴニアという部族の精神を伝える何かを欲していました。慎重に検討したのち、上記のクリス・マロイのエッセイ「最もクリーンなラインを追い求めて」のタイトルを使うことにしました。アメリカでは10年間で1,800以上のストーリーを、日本では7年間で600以上のストーリーを経たいま、携帯電話でもタブレットでもパソコンでも見やすい新たなデザインで再ローンチします。これはすべて読者の皆さまのご支持のおかげです。これからも私たちの旅のお供をしてくれる皆様に感謝をこめて。

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