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類い稀な記者会見で表する、類い稀な川への敬意。全参加者はゴムボートで中州へと運ばれた。 Photo: © jens-steingaesser.de
類い稀な記者会見で表する、類い稀な川への敬意。全参加者はゴムボートで中州へと運ばれた。 Photo: © jens-steingaesser.de

セーブ・ザ・ブルー・ハート・オブ・ヨーロッパ:ヴョサ川を守る科学者たち

By フリッツ・シーマー博士   |   2018/03/14 2018年3月14日

バルカン地方の川は不適切な河川工学による破壊の危険にさらされています。とくに懸念されるのはアルバニアのヴョサ川です。これはロシアを除くヨーロッパに残された最後の大きな原生河川で、活力に満ちた自然の河系の機能を研究することのできるヨーロッパ唯一の川であり、科学的観点から見ても非常に高い価値があります。しかし、ヴョサ川は水力発電用ダムの建設計画に脅かされています。

十分な情報による管理決定のためのたしかな基礎環境を生み出し、地元諸機関が徹底した科学的ノウハウを開発する手助けをするため、私はアルバニアのティラナ大学の同僚であるアレコ・ミホとともに調査プロジェクトを発足させました。そして2017年4月の最終週、アルバニア、オーストリア、ドイツ、スロベニアからの約30人の科学者が、この類い稀な川の調査に乗り出しました。私たちはまるで特別な使命を与えられた冒険家になったような気分でした。生産性の非常に高い生態系で何が見つかるだろうか? 大河系の機能についての新たな洞察を得られるだろうか? 新種の発見の可能性は? ダムに塞き止められた他のヨーロッパの川ではすでに絶滅した種が、この川にはまだ生息しているのだろうか?

ロシアを除くヨーロッパ最後の原生大河であるヴョサ川は未だ十分な調査がなされていない。 Photo: © Gregor Subic
ロシアを除くヨーロッパ最後の原生大河であるヴョサ川は未だ十分な調査がなされていない。 Photo: © Gregor Subic

なぜヴョサ川は唯一無類なのか、そして何が危険にさらされているのか?

ギリシャのピンドス山脈の源流からアルバニアを経て、アドリア海にいたるまで、ヴョサ川はまったく妨げられることなく流れています。ヨーロッパの他地域ではこのような状態の川はもはや存在しません。ほぼ自然なままのこの川は、洪水緩和、浄水プロセス、特定の生物多様性の維持にあたり、非常に高い価値があります。川はアルバニアの伝統資産であり、全ヨーロッパにとっても貴重な自然のラボの役割を果たします。社会的および経済的観点では川は観光事業をはじめ、将来の開発に素晴らしい機会を提供します。

現在ポセムとカリバシュに計画されている水力発電事業が実現すれば、これらのすべては破壊されてしまいます。川の完全性や谷で暮らす人びとのための川の環境的役割は阻害されるのです。予測される脅威にはこのようなものです。

  • 地下水資源の劣化
  • 肥沃な農地の氾濫による有毒藻類の発生
  • EU生息地指令(Habitats Directive)に記載されている特徴的な生息地タイプや種を危険にさらす
  • 川によって運ばれる堆積物の大幅な縮小による海岸浸食
  • 農地がダム貯水池に沈む地域住民の生活手段の喪失
  • ダム貯水池が川の堆積物で満たされることによる、約30年以内のエネルギー生産量の激減

これらの危険性はいずれも、ポセム計画の建設案の環境影響評価(EIA)には適切に取り上げられていません。トルコの提案志願者が提出したEIAはまったく不十分であるどころか、ごまかしに過ぎません。それゆえ私たちはアルバニア政府にそのEIAを却下し、EU基準にしたがって環境影響の少ない代替コンセプトを考慮する、また適切な評価を促進するよう要請しました。これには水文学的、地形学的、生態学的現状維持の学際的評価、およびダム建設後の影響予測が必要です。

クタ村からの眺め。ダム建設が実現すればこれらの農地はダム貯水池に沈む。 Photo: © Helmut Sattmann
クタ村からの眺め。ダム建設が実現すればこれらの農地はダム貯水池に沈む。 Photo: © Helmut Sattmann

2016年6月、私たちはティラナ大学のアルバニア人の同僚とともに国際的な「ヴョサ科学会議」を組織しました。そしてこの機会に河系の環境的、文化的、経済的価値の詳細な評価を実施するため、ポセム計画の建設案に3年間の一時停止を要求する基本合意書を作成しました。人間は川の運命を定める前に、川を理解するべきです。世界で最も著名な河川生態学者を含む228名の科学者が、この基本合意書に署名しました。

1本の川、1つの村、1週間、30人の科学者

川に対する理解を深め、正当な環境影響評価の必要条件を定義するため、私たちは「ビョサ川を守る科学者」という新たな取り組みを発足させました。このグループは水文学、地形学、地質学、陸水学、植生生態学、分類学、主要な水生および陸生生物指標群の生物地理学など、関連する幅広い専門分野からの約30人の科学者で構成されます。

参加した専門家たちは、これまでにヨーロッパをはじめ世界各地で多数の川を観察してきましたが、誰もが、ヴョサ川の主流、支流、三日月湖、淵、砂州、中州、岩場、湿地、泉など、枚挙にいとまがないほど膨大な生息地の多様性と、特徴的な動植物の豊かさに興味をかき立てられました。そこには毎日新たな驚きがあり、私たちは毎晩クタのレストランに集まっては、伝統酒ラキを飲みながら新発見を祝し、意見を交わしました。

ヴョサ川の調査週間に実施されたクタ村付近の調査範囲。このエリアは3つの区に分類された。 Photo: © Google Earth/Prepared by Fluvius
ヴョサ川の調査週間に実施されたクタ村付近の調査範囲。このエリアは3つの区に分類された。 Photo: © Google Earth/Prepared by Fluvius

とくに重要なのは地形動態の分析です。どれほどの堆積物が川に運ばれているか、堆積物の移動がどのように生息地タイプのモザイクを作り出し、その結果として高度の生物多様性を可能にしているのか。氾濫原の地形学的測定は高度の動態を確認しただけでなく、大量の砂利や砂が川によって運ばれていることを示しました。私たちの計算では、ダム貯水池は約30年以内には堆積物に満たされ、水力発電所は本質的に長期的効果がないことを表しています。

さらに生息地タイプとその優勢植物種の評価は、複数の地帯がEU生息地指令にある絶滅の危機に瀕していることを示しています。これらの地帯は無傷の水力形態学の動態に大きく依存し、川の顕著な保存価値を暗示しています。

氾濫原の豊かさと生物地理学的価値は、水性無脊椎動物と魚の調査によって実証されています。かつては非常に一般的だったものの、いまでは中央ヨーロッパで人工的に管理されているすべての河川で基本的に絶滅した、カゲロウ、カワゲラ、トビケラなどの種が、ここではまだ豊富に生息しています。

かつて調査されたことのないビョサ川の川床をはじめて測定するクリストフ・ハウアー(右)と、ティラナ工科大学のアルバニア人の同僚クロディアン・スクラメ(左)。 Photo: © jens-steingaesser.de

かつて調査されたことのないビョサ川の川床をはじめて測定するクリストフ・ハウアー(右)と、ティラナ工科大学のアルバニア人の同僚クロディアン・スクラメ(左)。 Photo: © jens-steingaesser.de

ヴョサ川の初調査を実施し、発見に驚く4か国からの科学者たち。ここで水生昆虫を探すのはミュンヘンの〈Büro H2〉のウルリッヒ・ヘッケス(手前)。 Photo: © Cornelia Wieser
ヴョサ川の初調査を実施し、発見に驚く4か国からの科学者たち。ここで水生昆虫を探すのはミュンヘンの〈Büro H2〉のウルリッヒ・ヘッケス(手前)。 Photo: © Cornelia Wieser
非常に珍しいカワゲラ、ザントペルラ・アピカリス。幼虫は大きな川に生息する。 Photo: © Wolfram Graf
非常に珍しいカワゲラ、ザントペルラ・アピカリス。幼虫は大きな川に生息する。 Photo: © Wolfram Graf
アルバニアでは新発見のトビケラ、リアコフィラ・ディアコフテンシス。 Photo: © Wolfram Graf
アルバニアでは新発見のトビケラ、リアコフィラ・ディアコフテンシス。 Photo: © Wolfram Graf
セーブ・ザ・ブルー・ハート・オブ・ヨーロッパ:ヴョサ川を守る科学者たち

地元の魚類の多様性評価が電気漁法を用いて懸命に行われ、25種以上が記録されました。小さな鯉のような魚はとくにラボでの徹底的な遺伝子解析を要します。というのも、この地域の魚類相は多くの発見をもたらす可能性が非常に高いからです。

この地域の生態学的価値を示すもうひとつの要素は陸生動物相の豊かさです。高度な生物多様性と、中央ヨーロッパではすでに希少で絶滅の危機に瀕しているバッタや甲虫などの昆虫のここでの生息数密度は、河畔生息地が健康な状態であることを示します。

電気漁法で調査に勤しむ科学者たち。〈BOKU〉のポール・ミューレンブルック(右)とティラナ大学のサイミール・ベチライ(左)。わずか1週間で25種以上の魚類が記録された。 Photo: © Cornelia Wieser
電気漁法で調査に勤しむ科学者たち。〈BOKU〉のポール・ミューレンブルック(右)とティラナ大学のサイミール・ベチライ(左)。わずか1週間で25種以上の魚類が記録された。 Photo: © Cornelia Wieser
セーブ・ザ・ブルー・ハート・オブ・ヨーロッパ:ヴョサ川を守る科学者たち
稀少なヨーロッパヌマガメ(エミス・オルビクラリス)。 Photo: © Wolfram Graf
稀少なヨーロッパヌマガメ(エミス・オルビクラリス)。 Photo: © Wolfram Graf
ステノロフス・ディスコフォルス(オサムシ科の昆虫)は活発な氾濫原を象徴する種。ポセム地区では多く見られるが、中央ヨーロッパでは絶滅危惧種に属している。 Photo: © Wolfgang Paill
ステノロフス・ディスコフォルス(オサムシ科の昆虫)は活発な氾濫原を象徴する種。ポセム地区では多く見られるが、中央ヨーロッパでは絶滅危惧種に属している。 Photo: © Wolfgang Paill
調査週間に発見された数多くの種のひとつで非常に珍しいハンミョウ。 Photo: © Gernot Kunz
調査週間に発見された数多くの種のひとつで非常に珍しいハンミョウ。 Photo: © Gernot Kunz

私の同僚の中にはこの豊富な生態系に夢中になりすぎて、夜の会議に参加するよりも、フィールドワークをつづけたがる人もいたほどです。

わずか1週間で非常に多くのデータを収集し、多数の昆虫や魚を捕らえることができたため、そのデータ処理には数か月かかることが見込まれています。「ヴョサ科学週間」にはヴョサ川の砂利の中州という類い稀な場所で記者会見を開き、私たちのメッセージを一般の人びとに伝えました。2017年9月にはティラナ大学の会議で最初の調査結果を発表し、最終結果は2018年に科学誌上で公表する予定です。さらに、徹底的な環境モニタリングの基本計画も考案します。

しかしながら、この調査週間はほんのはじまりです。アルバニア政府はダム建設が引き起こすあらゆる影響を深刻に考慮し、適切な環境影響評価を要求すべきです。それには最短でも3年間の調査プログラムが必要です。

ヴョサ川に運ばれる大量の堆積物は、記者会見が開かれたこの小さな砂利の中州のように、じつに多様な生息地タイプを作り出す。 Photo: © Gregor Šubic
ヴョサ川に運ばれる大量の堆積物は、記者会見が開かれたこの小さな砂利の中州のように、じつに多様な生息地タイプを作り出す。 Photo: © Gregor Šubic

私はダム建設自体に反対なわけではありません。しかし建設計画は現代的な厳しい基準に基づいて査定されなければなりません。アルバニアの人びとはこのような計画による潜在的な影響を知る必要があります。私たちは過去、ヨーロッパの他地域でのダム建設で多くの過ちを犯し、現在その代償を払っています。それはつまり、生物多様性の喪失、洪水のリスクの上昇、河床の分断による地下水の枯渇、海岸線の浸食といった問題です。このような過ちを今後繰り返さないために、私たちは非営利団体〈Riverwatch〉と〈EuroNatur〉が率いる「セーブ・ザ・ブルー・ハート・オブ・ヨーロッパ」キャンペーンを支援しているのです。

最後に、私はクタの人びとに心から感謝を捧げたいと思います。当初、私たちは宇宙人のように見えたことでしょう。奇妙な道具を手に裏庭を走りまわっているのですから。けれども村の方々が温かく受け入れてくださったおかげで、私たちは心置きなく調査に取り組むことができました。新しい友となってくださった皆さまに、またお会いできることを楽しみにしています。

興奮に満ちた調査を終え、歌と酒をともに楽しむ科学者と地元住民たち。 Photo: © Helmut Sattmann
興奮に満ちた調査を終え、歌と酒をともに楽しむ科学者と地元住民たち。 Photo: © Helmut Sattmann

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