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石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

桃井 貴子  /  2018年8月28日  /  読み終えるまで9分  /  アクティビズム

横須賀の火力発電所建設予定地。これまで石油火力だった発電設備を解体して、石炭火力を新設する計画。写真:桃井貴子

この夏、命の危険を感じるような暑さが続いている。気象庁によれば、7月中旬の平均気温は、関東甲信、東海、近畿、中国地方で1961年の統計開始以来、最高を記録したという。また、埼玉県の熊谷市では国内の観測史上最高となる41.1度の気温を記録した。日本各地で尋常ではない暑さがつづき、熱中症による搬送者は6月の時点で5,000人以上にのぼり、7月には熱波によって多数の命も奪われた。

また7月上旬には、西日本を中心に過去に前例のないような猛烈な豪雨を経験した。この被害も甚大で、消防庁の発表によれば、死者220名で、1万棟近くの住宅が全壊半壊を含め損壊し、床上・床下浸水は36,000棟以上に上る。

深刻化する気候変動リスク
例年にないような異常な暑さは日本だけではなく、北半球全体で観測されている。北極圏でも30度を超える気温を観測したほか、ギリシャやスウェーデンでは猛暑の影響で山火事も発生し、森林が大規模に消失した。この異常な気象は、気候変動のティッピングポイントを超えてしまったのではないかと思わせるような深刻な事態である。

石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

世界気象機関は、今年7月が世界的に極端な気象となり、高い影響を受けると予測していた。

豪雨や熱波など、今回見られている現象は、世界気象機関による分析でも「長期的な地球温暖化の傾向と関係している」という見解が示された。この長期的な地球温暖化の傾向というのをふまえれば、将来、2018年の夏を振り返ったときに、「あれはまだ序の口だったよね」ということになりかねない。それだけ気候変動の将来予測は厳しい。

現在、地球の平均気温は、産業革命以前に比べて1度程度上昇しているとされる。これが今後も引きつづき確実に上昇するなか、いまのように温室効果ガスの排出がつづけば、上昇の程度は3から4度となっていくだろう。高温化、熱波、集中豪雨、海面上昇、高潮、干ばつ、山火事、台風の巨大化といった異常気象のリスクは深刻化し、生態系の維持はおろか、人類が生存できる環境ではなくなる可能性が高まる。

気候変動とパリ協定
しかし、いま、私たちは絶望にさいなまれる必要はない。希望は「パリ協定」だ。パリ協定は、こうした気候変動の危機を回避するために各国が約束した世界の枠組みである。ほぼすべての国が参加し、地球の平均気温の上昇を産業革命前に比べて、1.5度から2度未満に抑えることを目標としている。そのためには、世界全体でいまも増えつづける温室効果ガスの排出をできるだけ早期に減少に転じさせ、今世紀半ばには人為的な温室効果ガスの排出を実質「ゼロ」にすることが求められる。つまり、石油も、天然ガスも、石炭も、すべての化石燃料を燃やさない、新しい社会システムを構築しなければならないことを意味する。これが「脱炭素社会」である。道のりは険しいが、私たちの生存のために乗り越えられる課題があるということだ。

石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

パリ協定を祝う、COP21の議長ローラン・ファビウス(右から2番目)とUNFCCC事務局長クリスティアナ・フィゲレス(左から2番目)。Photo: UNclimatechange, Creative Commons via Flickr

まずは石炭火力発電所
残念ながら、これまでに各国が提出している温室効果ガスの削減目標では、すべて足し合わせても、気温上昇を2度未満に抑えることはできない。しかしいま「パリ協定」を遵守するため、世界各地で急速にエネルギーシフトが進み、削減の深掘りが模索されている。再生可能エネルギーの導入は、さまざまな研究機関の予測を上まわるスピードで加速化している。そして、CO2排出係数の高い石炭火力から脱却する動きも増幅している。

イギリスは2025年、フランスは2023年、カナダは2030年までに既存の石炭火力発電所を廃止すると表明した。この他にも欧州のさまざまな国やアメリカ合衆国のいくつかの州などが同じ表明をし、脱石炭連盟(PPCA)が発足している。まずは石炭火力発電所を廃止するという選択は、石炭火力の排出係数が火力発電所のなかで最も高いからである。石炭の排出係数は、天然ガスの約2倍程度もある。

また、金融機関や機関投資家らが気候変動リスクを考慮し、石炭関連事業投融資の撤退をする「ダイベストメント」という動きが高まっていることも、「脱石炭」を加速化させている側面だ。石炭関連産業は立ち行かなくなり、石炭火力発電所は将来的には「座礁資産」であるとも言われる。

こうして、国だけではなく、自治体や企業を含む非国家アクターが、人類が直面する最大規模の環境破壊を乗り越えようとしているのである。

パリ協定に逆行する日本
さて、問題は日本だ。日本は、これまで「環境先進国」などと言われていたことがあるが、もはやそのような「幻想」にとらわれない方がいい。いまとなっては「環境後進国」の烙印を押されてもおかしくない状況だ。というのも、各国が石炭火力発電からの脱却を宣言するなか、先進国では唯一、いまから石炭火力発電所の新設を進めようとしているのが日本だからだ。E3Gという国際環境NGOの分析によれば、2010年から2017年にかけて、日本以外の国は石炭火力を中止する規模が増えているというのに、日本だけ計画を増やしている状況が、下記のグラフからも見てとれる。

石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

E3G報告書「石炭スコアカード2017年」によるG7石炭の動向。新たに運転開始したものと新設計画中のものを合わせるとG7中、日本がトップだ。

日本は、恐ろしいことに、2012年以降に50基もの石炭火力発電所の建設計画が浮上した。このうち7基は事業者によって中止の判断が下されたが、8基はすでに稼働し、18基は現在建設工事に入っている。そして日本には、もともと稼働している既存の石炭火力発電所が100基以上もある。さらに2012年以降に浮上した新規建設計画が進めば、日本の石炭火力発電所の設備容量は、2020年以降に最大規模となることが想定される。「パリ協定への逆行」という以外、なんと表現できるだろうか。

今年7月3日、日本政府は「第5次エネルギー基本計画」を閣議決定したが、そのなかでも石炭を推進するこれまでの方針を変えず、石炭を「重要なベースロード電源」と位置づけ、2030年の電源構成で、石炭を26パーセントの割合で残す方向性を堅持した。さらには、日本の石炭火力を途上国などに輸出する方針も示している。

こうした話をすると、「日本の石炭火力発電所は高効率だから、CO2の排出は少なく、問題ないのではないか」という反論が返ってくることがあるが、それは大きな誤解である。石炭はもともと炭素含有量が多いため、どんなに技術的に高効率にしたとしてもCO2の排出量は大幅には減らない。未だに実用化にいたっていない最新型の技術といわれる「石炭ガス化複合発電(IGCC)」にしても、石油の排出係数に届かないのである。だからこそ、いずれ使えなくなる石炭火力の「高効率化」のために無駄な予算を投じるのではなく、一足飛びに再生可能エネルギーに転換してしまおうというのが、日本以外の、各国の合理的な判断なのだ。

石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

資源エネルギー庁の発表による電源別CO2排出量。石炭の排出量が多いのは一目瞭然。

石炭火力発電所の私たちへの影響
石炭火力発電所の環境影響は、気候変動の問題にとどまらない。SO2やNOx、PM2.5など大気汚染物質を排出するほか、水銀や重金属の大気や排水への拡散の問題もある。とくに、PM2.5については、環境アセスメントの対象にもなっておらず事前の影響評価もされていないが、拡散する範囲はかなり広範囲に渡る。毛細血管よりも小さい粒子のPM2.5が体内に入れば、呼吸器系疾患、循環器系疾患のリスクを高め、早期死亡者が増えることも予測されている。とりわけ子どもや体に疾患をもつ人などにとって、石炭火力発電所の存在は、健康影響リスクを高める原因になる。周辺地域の住民はもとより、かなり広範囲にわたって拡散することを考えれば、日本に住む以上、みずからの健康影響という観点からも、石炭火力発電所の新設計画について真剣に考えるべきだろう。

石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

グリーンピースによる石炭汚染シミュレーションマップ。40基以上の石炭火力発電所の新設で大気汚染が悪化することが予想される。

計画を住民の手で止める
2012年以降浮上した50基の計画のなかで、まだ建設に着手していない残りの計画――神戸(兵庫県)、横須賀(神奈川県)、秋田(秋田県)、西条(愛媛県)、袖ヶ浦(千葉県)、宇部(山口県)、千葉(千葉県)――も、着々と環境アセスメントの手続きを進めている。いずれも100万キロワット級の大規模火力発電所計画で、首都圏や関西などは人口密集地に近いところにも計画があり、最近こうした計画に対しては、住民の反対運動も高まってきている。たとえば東京湾に位置する千葉県千葉市、袖ケ浦市、神奈川県横須賀市には、巨大な石炭火力発電所の建設計画が立ち上がっており、東京湾が巨大な汚染源になることも考えられる。気候変動を引き起こし、地域で大気汚染物質をばらまく。そんな計画に対して――環境アセスメントの意見書を通じて、あるいは直接事業者と交渉するなど――さまざまな形で、反対の意思表示をしている。先に述べた、事業者によって中止の判断が下された7基も、それぞれ地域での反対運動が動いていたところだ。

石炭火力発電所、その近くで暮らすということ

神戸の石炭火力発電所建設予定地(右側)、中央は港湾幹線道路で左手には住宅地も並び、住宅地との距離は400メートル程度と近距離。Photo: 山本元(気候ネットワーク

現状のエネルギー政策や法制度のもとでは、残念ながら、規制で止められる要素はない。規制を変えることは必要だが、それを待っていても手遅れになるだけだ。事業者がみずから判断を下すことが、いちばんの早道である。住民たちグループは、この問題の認識を地域でも広め、事業者に積極的に働きかけをしている。

事業者にとっても、2020年以降に新規で石炭火力発電を運転する方針が本当に妥当だと言えるのだろうか。パリ協定をふまえたグローバルな潮流をみれば、「中止」することがどれだけ懸命な判断であろうか。日本では電力需要はこの数年減りつづけ、電力供給の面からも不要といえるのだ。

この夏の高温化や豪雨で、ようやく現実問題として認識されるようになった気候変動問題。将来の影響をより小さくするためには、私たちの並々ならぬ努力と、大きな方向転換が必要だ。足元で起きている石炭火力発電所建設問題は、いまならまだ止められる。ぜひ一人でも多くの人に力になってもらいたい。

石炭火力発電所の問題についてもっと深く知りたい方は、ぜひDon’t Go Back To The 石炭をご覧ください。あなたにもできることが見つけられるかもしれません。

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