クリーネストライン


地元民は世界遺産保護により、故郷の一部とみなしている場所の利用が妨げられることを恐れている。Photo: Mikey Schaefer
地元民は世界遺産保護により、故郷の一部とみなしている場所の利用が妨げられることを恐れている。Photo: Mikey Schaefer

私たちの、人びと、土地、歴史、文化:『takayna(タカイナ)』からの抜粋

By シャーニー・リード   |   2018/11/30 2018年11月30日

そうして、私は私の物語、私の国へのつながりと私が生まれてきたタカイナという国への感情について執筆するよう頼まれました。私はたいした著作家ではありません。私は物語を自分なりに語り、自分の文化を他の人びとが理解できるようにと願いながら伝えます。それは私のだけではなく、この国とその人びとの強靭な魂をも理解してもらいたいからです。この国にいるとき、私は物語をとても簡単に語ることができるし、そうするとき、満足感、つまりは自分の文化的責任を果たし、子供たちのために力強い未来を守っている、という感覚を得られます。だから、膝の上に慎重に乗せたコンピュータのキーボードを前にして、これがいかに違った感触か、いま気づきはじめています。地に足をつけずに、物語を受け継いで自分の一部にしてくれる私の人びとなしに物語を語ることに、とても違和感があります。この物語を語る目的と、そしてまさにその方法は、私にとってはるかに達成がむずかしいのです。

私はタスマニアの北西海岸で生まれました。母と3人の兄と私はまだ私が幼かったころ、その地方から引っ越しましたが、それは私がこの場所と地元の地域を記憶しはじめたあとでした。子供のころ、他のアボリジニのメンバーと集まり、速度の遅い混雑したバスで、とても長く感じられる距離を旅した記憶があります。目的地に着いたとき、いまでも海と波の音を思い出しますが、目にしたのは低木地帯と長くくねった白い岩だらけの道路だけでした。たくさんの人を積んだ車がもう数台到着しました。女性のひとりが「あなたはマーリーンの娘さんね。よくわかるわ」と言ったのを覚えています。彼女は私がどれだけ母親似かということに触れたのです。私はそれに応えるにはあまりにも幼く恥ずかしがり屋でしたが、何らかの所属感を、私を知っている人びとのグループの一部であること、そしてそこに存在することが自然だったような感覚を、覚えています。これ以外に記憶しているのは砂丘に登り、永久につづくかのように見える広大な海原を見たことです。

何年も前のその日がある重要な儀式の一部だったことに気づいたのは、ずっとあとになって、私がこの場所に戻ってきたときでした。それは遺骨の再埋葬式で、私のコミュニティが持ち帰った祖先のひとりのものでした。それはこの国から母なる大地、そして霊の世界に戻る旅を否定された、盗まれた遺骨でした。大人となってまたふたたびここに立ち、その日を思い出し、それがいかに重要であったかに気づいた私は息をのみ、言葉を失いました。ひざまずいて砂に触り、これが私の旅の一部だったこと、この国とつながることの重要性を強く理解する方法のひとつだったこと、そしてそれがいま私自身の物語の一部となったことを、自分に言い聞かせました。

タスマニアの海岸線の空中写真。Photo: Krystle Wright
タスマニアの海岸線の空中写真。Photo: Krystle Wright

それ以来私はタカイナの多くを歩き、北西部の先住民族の伝統的な土地でたくさんの時間を過ごしてきました。景観について研究し、それを文化的な目で眺めることを学びました。こうして景観を見つめることで、古代の人びとや私の祖先について、多くのことを知りました。彼らの暮らしや彼らが旅し、死んで行った様子を、私は見ました。海岸を歩きながら、たゆみなく打ちつづける波のうなりと、ビーチから海へと流れ剥離していく水の音を聞くと、海への強いつながりを感じます。いつでもいくらでも採れる伝統的な資源の牛昆布が、何キロもビーチにつづいて揺れているのが見えると、女性たちがずっとこれを収穫してきたこと、そして私たちがいまもそうしていること、最善のものを探して昆布の塊を永遠に研究してきたこと、これほど遠くに来ていなかったら必ず持って帰ったのにと悔やんだこと、を思い出します。

この国を歩きながら私たちの祖先の生き様を発見するのは、難しいことではありません。貝塚、石の道具、黄土色の囲炉裏に囲まれた旧村の名残などがすべて、ひとつの景観にとらえられているのです。このような場所に佇み、深い霊的なつながりを分かち合う人びとと同じ場所に座っていることを知り、同じ感謝の気持ちと所属感をもつことができる。この場所に座り、彼らが見たのと同じ故郷を見て、私の人びとと国への絶えることのないつながりを感じることができるのです。

タカイナは、他とは違い、いまもこのことを私に示してくれます。すべてはまだここに存在し、つながりはいまも鮮明で強力です。景観を見れば物語をのぞくことができ、その物語を私の子どもやコミュニティの人びとと分かち合うことができます。タカイナは破壊されていない文化的つながりを継続させる道具を、そして文化知識を分かち合い、未来のために物語の一部となるための道具を私に与えてくれます。景観のすべてが私に、時間と生命の異なる出来事について教えてくれるのです。砂丘の先にある草原は土地を管理する方法を、全員にとって良い環境の操り方を、教えてくれます。文化的な方法で土地を焼くことは、新しい草の種を食べる鳥から草原で餌をとるツンガナ/タラ(カンガルーの雄と雌)まで、皆に食料をもたらします。それは、家族を食べさせるために私たちの人びとが狩をした場所も示しています。焼かれた草原はまた、私に道筋を示してくれます。私たちの前にこの国を歩いた人びとと同じ経路をたどって土地を進む方法を。

砂丘をゆっくりと歩くと、この国の重要性に気づきます。何年も前に最初に経験した再埋葬式以来、私は多くのそれに参加してきました。儀式のために火を灯し、私の文化と人びとに対する尊敬の念を示すために黄土で肌を飾ってきました。貝塚を散策しながら、そこで食べられた過去の食事からの骨を研究し、炭と灰の層を見つけて囲炉裏の名残を探している自分に気づきます。これらの層はただそこが料理と食卓の場であったことだけでなく、物語が共有され、教育が行われ、命が生きた場所でもあったことも示します。それらは文化の継続と何世代もの知識を象徴しているのです。貝塚をさらに詳しく眺めると、石の道具が見つかります。そのうちのいくつかは槍を研ぎ、動物の皮を剥ぐためのもので、また他の多目的の道具もあります。ハンマー石と骨の針により、一部の人びとには野生で生々しく見えるこの景観が、実際に人びとの故郷であったことを思い出させてくれます。それはいまも生きる昔の暮らしへの扉です。変わってはしまったけれど、決して去られること、そして忘れられることのない暮らし。いまはただ違ったやり方で生きられているだけ。

アボリジニとして残された物語を守る深い責任感を感じます。このためには景観を、タカイナという国を、守る力にならなければなりません。この国を旅して車による破壊を目にすると、それは魂を傷つけられるような感覚で、絶望感と敗北感に苛まれます。私はこれらの車を運転しているのでも、破壊の深さに盲目なのでもありませんが、私は責任感を感じさせられるのです。

私はタカイナのおかげで、この景観が取り囲んでいるもの、その遺産が私に見せてくれるものを、祖先が残した物語を同じ方法、伝統的な方法で残すことができます。ある地域が影響を受けるときは例外なく、私はそのイメージの一部を奪われます。これらのイメージがふたたび描かれることはありません。ふたたび作られることも置き換えられることもできないのです。この景観にある遺産は私の一部です。それなしに私は物語を語ることも私の子供たちに文化的責任を教えることもできず、それゆえにそれが破損あるいは破壊されるときはいつも、私の一部、つまり私の魂の一部が失われるのです。

タカイナの海岸線は、南米大陸の東海岸の南緯40度から旅して力を集めてきた風と波、そのままの威力に満ちています。ルトゥルウィタ(タスマニア)の西海岸に打ちつけるこの威力とパワーには、真に畏敬の念を駆り立てられます。しかしその同じ海岸線はまた、とても脆くもあります。それは異種の技術がもたらすただの破壊力に対して、恐るべきものながらも治癒力のある自然の威力を示しているのです。

たったひとつのタイヤの跡も侵食のきっかけとなり得ます。その侵食は、冬は水が流れ、夏は風の通るトンネルとなります。トンネルの影響で土手は足元からすくい取られ、やがては崩れ落ちる土壌、そして多くの場合、堆積層となってしまいます。この過程は堆積層を成す素材が潰されてしぼみ、風と水に永遠に失われるまでつづきます。タイヤの跡はそこへ行くするための小さな代償にすぎないと言う人もいるかもしれませんが、私にとっては、それは私の歴史の一部をもぎ取り、現在の私という存在の一部を壊し、この場所の完全な歴史について語る未来にとって必須のものを破壊することなのです。

巨大なシダはタカイナの森林の景観の一部。Photo: Mikey Schaefer
巨大なシダはタカイナの森林の景観の一部。Photo: Mikey Schaefer

私の友人やタカイナでの旅仲間には、この場所での私たちの物語に付帯する出来事があります。そこでの私たちの近況には所有権奪取と殺人の記憶があります。西海岸、ことにタカイナは、侵略者が羊の飼育のために祖先の土地を伐採する際、残された最後の自由な先住民を捕らえた場所です。

「調停者」ジョージ・オーガスタス・ロビンソンはこの地域に残された私たちの祖先すべてを集め、刑務所に収容するための遠征を先導しました。こうした人びとのなかには、ニキミニックと、タンガヌタラとの子供アダムとファニーもいました。彼らの家族は全員、いまもタカイナにおけるアボリジニのコミュニティ活動に参加しつづけています。盗墓がはびこっていたプタリィナ/オイスター・コーヴの収容所で最終的に亡くなったファニー以外は。

悲しい歴史に綴られた北西部の先住民グループの他のリーダーのなかには、タカイナの首長ウィンもいます。ウィンのグループはジョージ・オーガスタス・ロビンソンの一軍をアーサー・リバーで攻撃しましたが、ロビンソンは首尾よくトゥルガニニを追って川を渡り、死を免れました。ウィンとその一団は捕獲され、マッコーリー・ハーバーの収容所に運ばれると、そこで囚人たちの手により拷問されました。彼らは投獄後3週間もせずに亡くなりました。州からの報酬を目的とした大量虐殺と伝統的な領域からの追放は西海岸の所有権奪取の顕著な特徴です。

ビーチに豊富にある海藻と石の道具をアボリジニの名前で識別することを楽しむ旅仲間がいます。私たちの言語はこの地域への初期のヨーロッパの訪問者の記録と私たちのコミュニティの記憶により、絶え間なく再構築されています。私たちの遺産のもうひとつの側面を取り戻すこの不器用な試みに誇りを抱きながら、私たちはいまだに慣れていない言葉を練習しています。

タカイナが象徴しているのは、今日生きているのとはとても異質な、より豊かな時代における私たちの島と人びとです。私たちは未来の世代に昔ながらの生活がどのようなものだったのかを示し、祖先がこの景観をどのように形作り、何千年もにわたる占有がいかにして力強い文化社会を築き、彼らが暮らした環境への深い感謝の念を培ったのかを見せたいのです。私たちは他の人がこの国を理解する手助けがしたいのです。私たちは他の人に私たちと一緒に歩いてくれるよう促します。この国が安全であるように、そして私たちの物語が生きつづけられるように、私たちはともに歩き、遺産が守られる方法でこの景観を見て、理解してもらう必要があります。私たちにはそれを保護するための共通の責任感と重荷を培う必要があるのです。アボリジニのコミュニティはこの独特で美しい場所への価値観を分かち合いたい人、世界最古の息づく文化を見て、未来の物語の一部となりたい人、誰しもにタカイナを守る闘いに参加することを働きかけます。

これは私だけの物語というわけではなく、私のこの国へのつながりについての説明というわけでもありません。これは私の人びとの歴史なのです。

私はタスマニアのアボリジニの人びとが分かち合う深い文化的責任、そして私たちの文化を継続させる強い希望についての洞察を提供するために、これを書きました。私たちのこの景観に描かれている独特でかけがえのない美しいアボリジニの歴史を遺産保護という形で守るために、本書が人びとの支援を促す手助けとなってくれることを願っています。またそれがタカイナを守るための一助となることを。

書籍『takayna(タカイナ)』の発行時期は未定です。

タスマニア州政府にタカイナ(ターカイン)を世界遺産として推薦し、保護するよう伝えよう。

パタゴニアはタスマニア州政府にタカイナ(タカイン)を世界遺産として推薦し、保護することを呼びかけるため、〈ボブブラウン財団〉およびアボリジニの先住民族とパトナシップをんでいます。

嘆願書に署名する

タスマニア島の北西部にあるターカイン地方は世界最後の手つかずのゴンドワナ多雨林のひとつを有し、また南半球屈指のアボリジニの考古遺産が密集する地域です。しかしこの場所は現在、林業と鉱業を含む歴史的な抽出産業に脅かされています。パタゴニアの最新映画『takayna(タカイナ)』は活動家、トレイルランナーの医師とアボリジニのコミュニティの物語をつなぎながら、現代の環境保護運動の複雑さを明るみにし、最後に残された真に野生の場所を保護する重要性を私たちに考慮する挑戦を投げかけます。

コメント 0

関連した投稿

« »