キャプリーン誕生の物語
重ね着をすることで 刻一刻と変化する自然環境に対応するためのレイヤリング・システムをいち早く提唱したのが「パタゴニア」だ。1985年には、その土台となる「キャプリーン・ベースレイヤー」がラインナップに加わるが、現在まで広く親しまれることになる製品が生み出された時代を振り返っていこう。
「パタゴニアに入社した理由は、創業者イヴォン・シュイナードの人柄に惹かれたのが大きかったですね」
アウトドアブランド「パタゴニア」の国内展開が始まった84年から普及期までにかけて、もっとも長きにわたって関わった坂口信司さんが、当時を振り返りながら、古いカタログのページをめくった。
坂口さんは、当時パタゴニアの代理店業務を行っていたモンベルに籍を置きながら、本格的な国内展開が始まったばかりのパタゴニア製品に触れたひとりだ。両社の技術提携によって生まれた日本製レインウェアを米国へと輸出するとともに、フリースジャケットの元祖と評される「パイルジャケット」、クライミングパンツの逸品としてロングセラーを続ける「スタンドアップ・ショーツ」などのパタゴニア製品を日本の登山者たちに紹介していた。こうした製品のなかには、キャプリーン・ベースレイヤーのもととなる「ポリプロピレン・アンダーウエア」もラインナップされていた。
1980-1984
天然素材ウールから、化学繊維の時代へ
「84年当時、僕たちがパタゴニア製品を扱い始めたときは、キャプリーンの発売前だったんです。その代わりに、ポリプロピレン素材を使ったアンダーウェアがありました。当時の冬山では、ウールを着ている人がやっぱり多かったと思います。それもベースレイヤーや中間着といった概念ではなくて、ウールを何枚か重ね着をして、その季節にあわせるという感覚でしたね。そうした時代に、化学繊維を使ったアウトドウェアをいち早く作り始めたのがパタゴニアだと思います」
1977年、同社は北大西洋の漁師たちが着ていたセーターからヒントを得て「パイルジャケット」を開発したのちに、80年に「ポリプロピレン・アンダーウエア」を発表する。これによって、軽量で保温性に優れ、汗などの湿気を含みにくいアンダーウェアと保温着をアウトドアの世界に問うた。そして、日本の技術を取り入れたレインウェアをラインナップに加えることでレイヤリング・システムを完成させる。いまでは当たり前になった、ベースレイヤーのうえにミドルレイヤー(中間着)を重ね、さらにアウターシェルで防水や防風するというレイヤリング・システムを提唱しながらアウトドアの世界に広めていった。
ちなみに、当時“冬山登山に最適”と言われていたウール製下着は、現在、僕たちが着ているメリノウール・アンダーウェアとは異なり、繊維が太いためチクチクと肌に痒みや違和感を感じることが多く、幾度か洗っているうちにフェルト化してしまい着ることができないほどに縮んでしまった。
「ポリプロピレン・アンダーウエアも、速乾性においては決して優れたものではなかったと記憶しています。それに、保温性と速乾性に加えて、抗菌性もあると謳ってはいたんですけど、何度か洗っているうちに機能が落ちてしまってね。ニオイがきつくなってしまっていたんですよ」
「ポリプロピレン・アンダーウエア」には、ほかにも短所があった。疎水性の素材であるがため洗濯をしようとしても水を弾いてしまい、完全に汚れを落とすことが難しかった。吸汗発散性も20回ほど洗濯すると効果が失われてしまっていたという。さらに、コインランドリーなど高温の乾燥機に掛けると、生地が溶けてしまうという問題も発覚した。
85年、こうしたウィークポイントを解消するために生まれたのが、新しいアンダーウェア・シリーズ「キャプリーン・アンダーウェア」(当時)だった。
1985-1987
85年、キャプリーン・アンダーウェア誕生
ポリエステル繊維を使った「キャプリーン・アンダーウェア」は、より速乾性に優れ、さらに繊維が細くなったことで肌にチクチクと感じる違和感もなくなった。洗濯機と乾燥機を使うことができるなど、扱いやすさも向上した。
「汗でアンダーウェアが濡れたあと、汗を外に出して乾く効果がすごく良くなったんです。同時に、キャプリーンが画期的だったのはピタリと体のラインに沿った仕立てですよね。ほかの会社でも速乾性を打ち出した化学繊維のシャツを作ってはいたんです。でも、いまのアンダーウェアのような感覚ではなくて、普通のTシャツのようにゆったりと余裕を持って着るものばかりで。もしくは完全な冬山用でしたね。肌と生地のあいだに隙間をつくらないフィッティングを取り入れながら、レイヤリング・システムという考え方を打ち出した。それがパタゴニアのすごいところだったのではないでしょうか」
88年、坂口さんはこうしたパタゴニア製品の魅力とともに、冒頭で話してくれたように創業者イヴォン・シュイナードの人柄に惹かれてパタゴニア日本支社の立ち上げに参加。約10年間にわたって同社の知名度向上に貢献してきた。
1988-2005
レイヤリングの土台となるアンダーウェアの重要性
レイヤリングの提唱が広まるには時間を要したと、坂口さんは振り返る。
「下着は下着として、あくまでも単体で見ていて、レイヤリング・システムというのはなかなか浸透しなかったですね。88年にパタゴニア日本支社が立ち上がって、それから3~4年経ってからでしょうか。そのころになって、ようやくレイヤリングという考え方が日本の登山界にも浸透してきたイメージがあります。同時に、いまでこそさまざまなメーカーがライトウェイトとか、ヘビーウェイトという、厚みごと、保温性ごとのベースレイヤーを揃えているけれども、当時はそれ自体が珍しかったですよね」
パタゴニアのベースレイヤーには当時から、薄手素材を使ったランニングやマウンテンバイク、クロスカントリースキーなどに最適な「ライトウェイト・ストレッチ」、より寒冷な環境下での登山やバックカントリースキーなどに対応した「ミッドウェイト・ストレッチ」、さらに高山域でのアルパイン・クライミングなどでの使用を想定した「エクスペディションウェイト」が揃えられており、現在のキャプリーン・ベースレイヤーにも継承されている。さらに、それぞれには首元から寒気の侵入を防ぐ「ジッパードTネック」、丸首の「クルーネック」、ボタンダウンの「ウァランス・ベリー」という3つのスタイルから選ぶことができるようになっていた。まだ、ベースレイヤーという考え方自体が珍しかった当時、これだけラインナップを揃えていたことは画期的なことだ。
2006-2019
進化を遂げた現在の「キャプリーン・ベースレイヤー」
坂口さんは、「最初は、毛玉ができやすいなど、まだまだ問題はありました」と話すが、それからさらに20年、これまでに「キャプリーン・ベースレイヤー」はさまざまな進化を遂げてきた。
幾度となく洗濯を繰り返しても、毛玉ができたり、ピーリングしたりすることはなくなり、吸汗速乾性といった機能の低下もほとんどみられない。持続可能な地球環境の保護と保全のための製品作りを企業理念とするパタゴニアだから、リサイクルポリエステルの採用や天然成分を採用した抗菌防臭効果などへの取り組みも進んでいる。
そしてなによりも、アウトドアでの活動を支援するための機能性の向上にも努めてきた。 2019年現在のラインナップでは、気温の高い環境で、快適にアクティビティを続けるための「キャプリーン・クール・テック・ティ」と、より寒冷な環境での使用を想定した「キャプリーン・ベースレイヤー」というふたつのカテゴリーに分類され、それぞれ用途ごとに3つのラインナップが揃えられている。
これからの夏山シーズンに最適なのが「キャプリーン・クール・テック・ティ」であり、アウトドアのほか日常使いにも最適な「キャプリーン・クール・デイリー」や「キャプリーン・クール・トレイル」、多量の発汗をともなうアクティブなシーンを想定した「キャプリーン・クール・ライトウェイト」が揃えられている。
来年で誕生35周年を向かえる「キャプリーン・ベースレイヤー」は、アウトドアウェアの着方を変え、あらゆる環境においての確かな快適さを得るためのベースレイヤーの代名詞となった。そして、さらなる快適さと安全性を求めながら、もはやアウトドアに限らず日常のなかでも着たくなるラインナップが揃えられるようになっている。
本投稿は『Yamakei Online』に掲載された、<パタゴニアベースレイヤー物語 「キャプリーン誕生」>からの転載です。