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何気ない会話から物語は始まっていく。お気に入りのサンセットポイントで日課の波チェックを行う。 写真:田中 宗豊
何気ない会話から物語は始まっていく。お気に入りのサンセットポイントで日課の波チェックを行う。 写真:田中 宗豊

憧れのビッグウェーブ

By 田中 宗豊   |   2019/06/03 2019年6月3日

初めてハワイを訪れたのが25年前。それから毎年通いつづけ、今シーズンもマウイ島とオアフ島で3週間ほど過ごしていた。お気に入りのサンセットビーチで日課の波チェックの途中、横にいたサーファーが「来週、巨大なスウェルが届くらしいぞ」とすこし興奮したようすで教えてくれた。すぐにインターネットで気象情報を調べると、日本に帰国する前日にビッグスウェルが届き、風は北から吹く予想が出ていた。それは、ノースショアは風が合わずにオンショアの巨大な波になるということを意味していた。けれどもすべてはその時になってみないとわからないので、「憧れのビッグウェーブに乗れるかもしれない」というチャンスに賭け、沖に出ることができるよう道具と心身ともに準備を整えて、その日を待つことにした。

予想していた当日の朝、まだスウェルは届いてなかった。あらゆるポイントをチェックして、ベストスポットを探したが、どこもパッとせず、時間だけが過ぎていった。昼ごろから北風とともに大きなスウェルが入りだし、ワイメアのアウトサイドで波がブレイクしはじめた。強いオンショアの影響や、ハワイ近くで急激に発達した低気圧の暴風からのウインドスウェルだったこともあり、水面は荒れ、波と波の間隔がせまく危険な状態だったので沖には出ず、さらに時間だけが過ぎていった。午後3時ごろ一旦滞在先に戻り、しびれを切らした友人はビールの栓を抜いたが、僕はまだ諦めていなかった。

良い波に出合うためには、その時その場所にいることが最も大切なこと。風とともにスウェルが入りはじめた午前中のワイメア。オアフ島ノースショア 写真:田中 宗豊
良い波に出合うためには、その時その場所にいることが最も大切なこと。風とともにスウェルが入りはじめた午前中のワイメア。オアフ島ノースショア 写真:田中 宗豊

それから1時間ほど経って太陽が傾きかけてきたころ、仕事から帰ってきた滞在先の主人が、ワイメアで数名のサーファーが沖に出はじめていることを教えてくれた。数軒先に滞在していた先輩が虎視眈々とその時を狙っているのを知っていたのでようすを見に行くと、すでに11フッターのシングルフィンのビッグウェーブガンを車に積もうとしているところだった。僕もすぐにFCD(フレッチャー・シュイナード・デザインズ)の10フィートのクワッドガンを車に積み、ワイメアへと向かった。

車を停め、インパクトベストをスプリングスーツの中に着こみ、サーフボードを念入りにワックスアップしてから、僕たちが「男の花道」と呼ぶカムハイウェイの道路脇の歩道を進むと、十数名のサーファーと4艇のジェットスキーが沖に出ているのが見えた。まだ風はオンショアだったが、さっきよりはゆるくなっていて、波は3階建てのビルくらいはあるだろう(ハワイアンスケールで20フィートクラス)。急激に切り立ち、ダブルアップする強烈で危険な波が「ドーン!」という音を立て、炸裂していた。

僕たちが「男の花道」と呼ぶビーチ沿いの歩道を、高まる気持ちを抑えながらセッションへと向かう。 Photo: Kazumi Okita
僕たちが「男の花道」と呼ぶビーチ沿いの歩道を、高まる気持ちを抑えながらセッションへと向かう。 Photo: Kazumi Okita

ビーチに腰を下ろして入念にストレッチをしたり、道具の確認をしながらセットの周期を確認し、強烈なショアブレイクのタイミングを見計らって沖へとパドルアウトした。パドリングをしながら沖に出る途中、オンショアの影響を受けた流れが生じていることを感じ、より注意を必要とするセッションになることを肝に銘じた。ラインナップに着き、他のサーファーたちに挨拶を交わしてから、僕は皆よりも西側のポジションに着いた。ピークはいつもより北側のポジションで急激に切り立っていたので、ピンポイントでタイミングを合わせ、素早いパドリングとテイクオフの動作をとらなければ一瞬で波にすくい上げられる、底から掘れ上がるとても厳しい波だった。先に出ていたサーファーは世界屈指のビッグウェーバーたちで、こんな状況でも喜びながら興奮したようすで次々と波に乗っていた。

僕はしばらく波に乗れない状態が続き、乗りたい気持ちが空回って、あろうことかビッグウェーブの鉄則である「行くと決めたら必ず行く」に反し、セットの1本目にアプローチして失敗するという大きなミスを犯してしまった。その代償に、この日の最大級の波をインパクトゾーンでまともに喰らってしまった。数メートル先に、山のようにそそり立った巨大な水の壁が向かってきて、もはや逃げられないと観念した僕は、何を思ったのかその美しい山のような巨大な波に見とれてしまった。実際はコンマ数秒ほどだろう、ハッと気を取り戻し、サーフボードを投げ捨てて水面に潜った次の瞬間、恐ろしいほどの水のエネルギーが僕の身体をおもちゃのように振り回し、叩きつけ、底に押し込み、言葉にできないほどの衝撃だったが、とにかく落ち着いて体内酸素を確保することだけに集中しようと、波にもみくちゃにされているあいだ大切な人たちのことを思い浮かべ、なんとか冷静を保つことができた。

インパクトベストのおかげで波の底まで押し込まれずに済み、ホワイトウォーターの中層下部を波が進む岸の方向へと流されたので、最も危険な場所から離れることができた。それでも深く海底に押し込まれているので、水中の流れが落ち着きはじめてから水面へ泳ぎだし、ようやく顔を出したのも束の間、すぐに、2本目の波に飲み込まれた。1本目で受けた身体へのダメージが大きく、生命の危険すら感じたが、ピークから離れたインサイドまで流されていたことや、サーフボードもリーシュも壊れずに無事だったこと、さらに3本目の波に飲み込まれる寸前に沖に出ていたジェットスキーが安全な場所まで運んでくれた。沖に戻り、心を落ち着かせ、体力を回復させてから、意識とポジションを合わせ、いくつかの波の周期をより注意深く確認し、「これだ」と思える波を待つことにした。

この波を乗り切り、無事に浜へと戻ると、緊張の糸が切れたのか突然、武者震いに襲われた。オアフ島ノースショア、ワイメア・ベイ Photo: Dee Wada
この波を乗り切り、無事に浜へと戻ると、緊張の糸が切れたのか突然、武者震いに襲われた。オアフ島ノースショア、ワイメア・ベイ Photo: Dee Wada

さらに時間が過ぎ、海が夕日に染まりはじめた。カエナポイントを望みながら、きらきらと輝く光が水面に反射し、緩くなった北風が心地良く吹き、幸せな気分を噛みしめていた。ラインナップにいたビッグウェーバーたちが半数ほどに減りはじめたころ、ミドルセットが沖から姿を現した。「これだ」

さっきの教訓を活かし、その波がそそり立つであろうピークに対して慎重にポジションを合わせる。セットの1本目の波に若いローカルハワイアンが漕ぎ出すのを確認してから2本目の波を見ると、その波が「自分が行く波」だということを確信した。全身全霊でパドルを開始し、波とサーフボードと身体と心、そのすべてが重なり合った絶妙なタイミングで無心でテイクオフした。フェイスを落とし込み、前の波で生じたバックウォッシュに身体を飛ばされかけながらもそのセクションを乗り切り、背後に迫りくるホワイトウォーターに覆いかぶされかけながら、「何があっても絶対に岸まで乗りきって戻る」という執念のような気持ちで砂浜まで乗り込み、無事に戻ることができた。

ビーチの砂を踏みしめたときの感覚は、えも言われぬ安堵感に包まれていた。セッションを見守ってくれていた友人がビーチで迎えてくれたことが嬉しくて、僕も沖から戻ってくるサーファーを迎えることにした。黄金色に輝く夕日に照らされながら挨拶を交わし、セッションで得た喜びを分かち合い、海から得た恩恵を胸にそれぞれ帰路についた。

 大波を乗り切り、大地を踏みしめた瞬間、えも言われぬ安堵感に包まれた。オアフ島ノースショア、ワイメア・ベイ Photo : Kazumi Okita
大波を乗り切り、大地を踏みしめた瞬間、えも言われぬ安堵感に包まれた。オアフ島ノースショア、ワイメア・ベイ Photo : Kazumi Okita

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