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美しい志津川湾でカキ漁を行う後藤清広さん・伸弥さん親子。写真:五十嵐 一晴
美しい志津川湾でカキ漁を行う後藤清広さん・伸弥さん親子。写真:五十嵐 一晴

震災のその先に。海と生きる、南三陸のカキ漁師たち

By 倉石 綾子   |   2019/08/23 2019年8月23日

マグロやウナギなど、日本人にとってごく身近な魚が絶滅危惧種に指定される現代、漁業資源の減少は危機的な状況を迎えている。海の生物多様性を守るための国際的な取り組みが進む一方で、世界有数の水産大国として知られる日本は大きく遅れをとっているのが現状だ。そんな中、震災をきっかけに持続可能型の漁業を志した漁師たちの取り組みに注目が集まっている。2016年3月、環境や地域社会に配慮した養殖業だけが与えられる国際認証、「ASC認証(水産養殖管理協議会)(※)」を日本で初めて取得した宮城県南三陸町戸倉地区の持続可能なカキ養殖業。その立役者が、戸倉地区カキ部会長を務める志津川湾のカキ漁師、後藤清広さんだ。

戸倉地区の持続可能型漁業の立役者の後藤さん。この地区のカキ部会会長を務める熟練の漁師だ。写真:五十嵐 一晴
戸倉地区の持続可能型漁業の立役者の後藤さん。この地区のカキ部会会長を務める熟練の漁師だ。写真:五十嵐 一晴

志津川湾では恵まれた地の利を生かし、1960年代からカキ養殖を行なっている。震災前の志津川湾は水揚げ量を増やすための過密養殖が深刻化していた。通常、カキの稚貝を仕込んでから出荷するまでに要する期間は1年強というが、戸倉地区の養殖場は栄養や酸素の循環が滞り、出荷できるサイズに育つまで2、3年かかっていた。後藤さんが当時を振り返る。
「養殖いかだの数は生産量、つまり漁師の収入に影響します。過密養殖が海に大きな負荷をかけていることはわかっていたけれど漁師も生活がかかっていますから、このままではダメだとわかっていつつもいかだの数を減らすなんてことは到底、受け入れられなかった」
そんなジレンマを抱える中で起きたのが、東日本大震災だった。

2018年に、国際的に重要な湿地の保全を目指すラムサール条約の登録地となった志津川湾。写真:佐々木 拓史
2018年に、国際的に重要な湿地の保全を目指すラムサール条約の登録地となった志津川湾。写真:佐々木 拓史

あの津波は、養殖いかだはもちろん、船もクルマも生活の基盤も何もかもを奪っていった。30年以上も養殖業に携わってきた後藤さんは、これまでに何度も台風や津波、大きな自然災害を経験している。それを乗り越えてきた経験から、自然は自分たちでコントロールできるもの、いつしかそんな錯覚に陥っていた。
「何もなくなってしまった海を前にして、自然に対して人間がいかに無力であるかを痛感しました。けれど、私にとってそれ以上に衝撃的だったのは、これまでの自分の常識が覆されたことでした。これまではお金やクルマ、電気や電化製品がなければ快適な暮らしはできないと思っていた。けれど震災後の暮らしの中で、お金もクルマもなくても楽しく生きていけるとわかったんです」

快適な暮らしのため、海へ負担をかけて生産量の拡大を追求してきた今までの方法は間違っていたのかもしれない。津波が全てを洗い流した志津川湾は過密養殖に陥る前の美しい姿を取り戻していたこともあり、震災の半年後、後藤さんは試験的に稚貝を沈めてみた。そして驚くべき結果を手にする。試験養殖したカキはなんと、種付けからたった4ヶ月でかつて2、3年かけて成長していたサイズを優に超える大きさに育っていたのだ。実際、試食したカキは味わい深くて身もふっくら、抜群においしかった。海の驚くべき再生力、自然の懐の深さを目の当たりにして、後藤さんは自然と寄り添う漁業こそが最善の方法だと思い至る。

海に仕掛けた養殖いかだからカキを一気に引き揚げる。写真:五十嵐 一晴
海に仕掛けた養殖いかだからカキを一気に引き揚げる。写真:五十嵐 一晴

後藤さんが目指したのは、なるべく自然に負荷をかけない、それでいてカキの品質向上をも目指す持続可能型のカキ養殖だ。それはすなわち、生産量が全てだった従来の方針の大転換を意味する。戸倉地区で漁業を営む34人の漁師はそれぞれが自立した自営業者であり、そもそもライバル関係にある。その多くが後藤さんより年上で、キャリアが長い分、こだわりも強い。養殖いかだの数を震災前の1/3にまで減らし、1回あたりの収穫量を減らしでてもカキの質の向上を目指す養殖業に舵を切ろうという後藤さんの提案に首を縦にふるものは、ほとんどいなかった。
「ケンカもしたし、これはもうダメかもしれないと思ったことは一度や二度ではありません。ただ、次の世代へ継承できる漁業を目指そうという想いはみんな同じだった。未来にあるべき漁業の姿を毎日毎日話し合い、ようやく若手からベテランまでひとつにまとまることができたのです」

沖合で暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合い、世界有数の漁場を形成する志津川湾。後藤さんたちの願いはいつまでもこの自然環境を守り抜くことだ。写真:五十嵐 一晴
沖合で暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合い、世界有数の漁場を形成する志津川湾。後藤さんたちの願いはいつまでもこの自然環境を守り抜くことだ。写真:五十嵐 一晴

持続可能型養殖業への舵きりは結果的に大成功を収めた。湾の環境に合わせた適切な養殖密度を守ることで、収穫までの期間は大幅に減少。いかだの数を減らしたものの生産量はむしろ増加したという。身入りの良くなったカキには以前より高い入札価格がつくようになり漁師たちの収入もアップ。また、養殖いかだの数を減らしたことで労働環境も向上、これまでは早朝から夕方までかかっていた作業が昼前には終わるようになった。こうした努力が実を結び、2016年に日本で初めて「ASC認証」を取得。以降は「環境や地域社会に配慮した“南三陸戸倉っこカキ”」として戸倉地区のカキのブランド化を推し進めている。
「これまでは自分たちの収入、つまり経済主体のスタンスで、自然環境のことを気にはかけつつもどこかないがしろにしていたところがありました。震災後にスタートした環境優先の漁業をきっかけに、経済というものは良い環境に紐付いてくるということを目の当たりにできた。もちろん、私たち漁師の意識も大きく変わりました。『ASC認証』を通じて、環境ファーストのビジネスがどんな恩恵をもたらしてくれるのか、一般の人に伝えていけたらと思っています」

早朝から始まる殻剥き作業。後藤さん親子に助っ人を加えた3人で、機械のようなスピードで殻を剥いていく。写真:五十嵐 一晴
早朝から始まる殻剥き作業。後藤さん親子に助っ人を加えた3人で、機械のようなスピードで殻を剥いていく。写真:五十嵐 一晴

全てを失った中からスタートした未来型の1次産業にやりがいを感じ、新たに漁業を志す若い世代も現れている。戸倉地区には現在、20代から70代まで幅広い年代の漁師たちがカキ養殖に携わっている。後藤さんの息子、伸弥さんもまた、「カキ養殖の原点に立ち還った」現在のやり方にモチベーションを感じた1人である。

「高校を卒業してすぐに漁師になりました。カキは嫌いでしたね、特においしいとも思えなかったし。15時の出荷に合わせてマシンのように殻を剥くのですが、剥いても剥いても終わらない。そのあとようやく海に出ます。拘束時間も長いし将来性もないし、カキ養殖は自分の代で終わらせようと思っていました」
実際、伸弥さんは震災をきっかけに一度は漁師をやめている。数年後、持続型漁業を目指して奮闘する父親を見かねて再び海に出始めるのだが、久しぶりにカキの殻を剥いて衝撃を受けたと言う。かつてのカキとは別ものと思えるほど、身が大きくて質がいい。何よりも、食べてみたらおいしかったのだ。

剥いたカキをASC認証のラベルをつけたパッケージに入れ、生食用として出荷する。写真:五十嵐 一晴
剥いたカキをASC認証のラベルをつけたパッケージに入れ、生食用として出荷する。写真:五十嵐 一晴

「その後、『ASC認証』を取得したことをきっかけに、多くの人に戸倉のカキを知ってもらえるようになりました。現在、市場に流通している多くは2年もののカキですが、戸倉地区では1年ものをブランド化しようという動きも出ています。個人的には、カキ漁師、ワカメ漁師、潜水士の仲間と共同で『戸倉シーボーイズ』というユニットを結成、戸倉の海産物の魅力を伝えようとイベント出展も行なっています。現在では料理人や飲食店関係者から個人オーダーも入るようになりました。『後藤のカキを』と言ってもらえると、やりがいを感じますよね。『日本でいちばんおいしい』と言われるカキを目指す、それが僕のモチベーションになっています」

自然に配慮した取り組みを広くアピールすることで、環境問題や漁業の未来、そして戸倉のカキの取り組みを知ってもらいたいと伸弥さんは言う。「ASC認証」の取得は、ゴールではなく新たなスタートに過ぎないのだ。
「今は自分の子どもにもこの漁業を伝えていきたいと思っています。そのためにも、自然を含めて関わる誰もが幸せになれる新しい漁業のあり方を考えていきたい」

※「ASC(水産養殖管理協議会)認証」とは、環境に負担をかけず地域社会に配慮して操業している養殖業に対して付与される認証制度のこと。WWF(世界自然保護基金)と、持続可能な貿易を推進するオランダの団体、IDHの支援のもとに設立された国際的な非営利団体「ASC」が管理を行っている。責任ある養殖に関する世界基準を厳しくコントロールすることで、水産資源や海洋環境を守り、持続可能な水産業を推進している。

持続可能型の漁業にシフトしたことで、戸倉の漁業は若い世代からも支持されるようになった。伸弥さんはそんな次世代を担う漁師の1人だ。写真:五十嵐 一晴
持続可能型の漁業にシフトしたことで、戸倉の漁業は若い世代からも支持されるようになった。伸弥さんはそんな次世代を担う漁師の1人だ。写真:五十嵐 一晴

ワークウェア

ワークウェアは多彩な屋外フィールドで働く人のために開発された。ワークウェアに主に使用されているのは、天然繊維の中でもっとも丈夫とされる素材の一つである産業用ヘンプ。ヘンプは乾燥に強く、少量の肥料で育つうえ、深く張った根が土壌環境を改善するなど環境負荷の少ない素材と言える。このヘンプのほか、リサイクルポリエステルやオーガニックコットンなど環境に配慮した素材で仕立てたワークウェアは、林業や農業、漁業などの過酷な労働環境に耐えうる高い強度と耐久性を備えている
雨の日も、強い風の日も、船上での過酷な作業に勤しむ後藤さん親子が着用するのは、パタゴニアのワークウェア『ホース・ダウン・スリッカー』。完全防水と高い耐久性を備え、漁業従事者を想定して開発された軽量・薄手のレインウェアだ。「厚手の合羽は重いし肩がこるし、脱ぎ着が億劫になる。これは薄手でごく軽いので動きやすく、使い勝手がいい」と伸弥さん。薄手な分、耐久性が心配だったそうだが、実際に袖を通して作業してみて予想以上の耐久性を実感したよう。「多少値段が高くても、いいものにはそれだけの価値があります。使い捨ての作業着ではなく、自分が心から共感するものを身に纏って、自分の心に適うものを作る。そういうモチベーションは、漁師にも必要なんじゃないかな」

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