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守る価値があるもの

ショーン・ドハーティ  /  2019年9月24日  /  読み終えるまで8分  /  アクティビズム, 食品

キング・アイランドの無垢のマーサ・ラヴィニア・ビーチでライトのバレルを突き進むデイヴ・ラストヴィッチ。 このすぐ沖に大規模な養殖場が建設されれば、自然のままの生態系はただちに劣化し、 マーサズの完璧なピークにも影響を与えることが懸念される。Photo: Ted Grambeau

比類のないオーストラリアのビーチブレイクを
永遠に変えてしまう養殖産業との闘い

キング・アイランドに到着した日、僕たちはマーサ・ラヴィニア・ビーチへと車を走らせた。そして砂丘に立ち、波がビーチに沿って走っていくのを見た。長いレフトの波が、乗れそうもない速さでブレイクしていた。けれどもマーサ・ラヴィニアが有名なのはすっきりとした幾何学的なピークであって、レフトの波ではない。目前に広がる波は、パンフレットの写真とは全然違って見えた。

翌朝もう一度車で戻ると、「マーサズ」はまったく異なる様相を見せていた。暗夜に乗じて顕著な変化が起きていた。僕たちを迎えたのはビーチを下るように走る長いレフトの波ではなく、上るように走る長いライトの波だった。暴風状況は一夜のうちに東へ進み、そこには島の北岸を包み込むスウェルではなく、南からのスウェルが入り込んでいた。

「100万匹のアトランティックサーモンを囲い網で養殖するということは、1万人の人間が毎日マーサ・ラヴィニアの水中で排便するようなものだ」

キング・アイランドは全長60キロメートルあまりの小さな島で、氷河期にタスマニアとオーストラリア大陸を結んでいた陸橋の残存部分だ。「ロアリング・フォーティーズ」から冬の嵐が押し寄せると、スウェルが島を包み込み、マーサ・ラヴィニアの風下側に屈折波が発生する。スウェルの方向によってマーサズの波のブレイクは左右にわかれ、理想的なコンディションでは完璧なピークを作る。こんな場所は他にはまず存在しないが、それも長つづきはしないかもしれない。

ダン・ロスはこう語る。「マーサズは本当に特別なブレイクなんだ。ビーチのいたるところでウェッジができるのをはじめて目にした瞬間から、『ワオ、最高に面白くなるに違いない。これぞサーフィンの醍醐味だ』と感じる」2日目の午前中はずっとサーフィンをした。セッションの途中でダンがボードに打たれて耳を切ってしまい、車で島の病院へ連れていくことになった。その道中で一時停止を迫られたのは横断する乳牛の群れにだけ。一方デイヴ・ラストヴィッチはマーサズに残り、見渡すかぎり誰もいない真っ白なビーチで波を独占した。

守る価値があるもの

キング・アイランドの持続可能な資源を利用しながら、『Never Town』のセットでサンドボトムのチューブをまたひとつ縫い進むデイヴ・ラストヴィッチ。Photo: Ted Grambeau

マーサ・ラヴィニアに来たのは、バレルに乗ることだけが目的ではなかった。僕たちがそこにいたのは、オーストラリアの野生のままの海岸線を救うために、サーファーたちがどのように闘っているかを探索する映画『Never Town(ネバー・タウン)』を完成させるためでもあった。近年のキング・アイランド、具体的にはマーサズからすぐ近くにある地域は、産業規模のサーモン養殖場の現場として狙われていた。

隣接するタスマニアの水域でブームとなった、外来種であるアトランティックサーモンの養殖は、現在では養殖産業において最も重視される分野となり、2017年には9 億オーストラリアドルの収益を生み出した。そしてこのあまりの急成長に、環境モニタリングや規制はついていけない。

その典型的な例はタスマニア西岸のマッコーリー・ハーバーで、養殖サーモンの生産量が2005年から2016年のあいだに8倍も増えたことにより、かつては自然のままだった入江は深刻な劣化に直面した。サーモンは海に設置された巨大な囲い網に密集して育てられるが、これは自然とはまったく異なる環境だ。そのため、養殖サーモンの個体数が増えると、当然ながら入江の生態系は劣化しはじめ、同時にマッコーリーの養殖場は酸素濃度の低下、危険値に達するバクテリアのレベル、病気の発生による養殖サーモンの大量死などとの苦闘に陥った。

こうした問題に対する世間の関心が高まると、養殖業者はタスマニア本島以外にも養殖場の移転先を探しはじめた。そうしてキング・アイランドにやって来たのが、〈タサル〉という企業だった。2017年の終盤、〈タサル〉はマーサ・ラヴィニアに隣接する124平方キロメートルの水域でサーモン養殖の可能性を調査する許可を与えられた。この事業が進めば、最大22の囲い網に100万匹ものアトランティックサーモンが養殖されることになる、と保護活動家たちは言う。

「キング・アイランドへの影響は計り知れない」と、養殖場建設反対運動に関わる元教員のチャーリー・スタブスは言った。「100万匹のアトランティックサーモンを囲い網で養殖するということは、1万人の人間が毎日マーサ・ラヴィニアの水中で排便するようなものだ」

キング・アイランドの人口は1,592人しかいないものの、管理の行き届いた酪農、肉用牛、天然海産物の産業が盛んで、周辺の海洋生態系への影響を最小限に抑えながら、ほぼ全島の雇用を支えている。住民の多くはチャーリーのように、魚の養殖場の導入は不要なだけでなく、マーサ・ラヴィニアを破壊し、自然美と環境に配慮した食料生産で知られる島の評判を台無しにすると認識するようになった。チャーリーをはじめとする島民は、行動を起こさなければ自分たちの故郷が永遠に変えられてしまうことを認識し、〈タサル〉の養殖場建設を食い止めるためにメディアやタスマニア政府、そして世界中のサーフコミュニティに働きかけてきた。

〈タサル〉は持続可能な運営を明言しているが、他所での養殖の影響を調べてきたキング・アイランドの地元住民が一連の心配を抱くのはもっともである。まず、囲い網から生じる汚染や異物がキング・アイランドの健康な海洋および沿岸環境に打撃を与え、持続可能な野生の漁場に弊害をもたらし、そして病気の蔓延や周辺水域の酸素量の低下により、在来種を危険にさらす懸念がある。また産業規模の養殖に必要となる広大な囲い網の構造は、自然の潮流、砂州の形成、スウェルの大きさや強さを妨げ、マーサ・ラヴィニアの自然のままの特徴を破壊しかねない。さらに、一見食べ放題のような囲い網のサーモンに魅かれて集まるアザラシを狙ってもっとサメが現れるようになれば、マーサズでのサーファーの安全性にも極めて現実的な脅威をもたらす可能性がある。

パタゴニアはオーストラリアのアンバサダーや活動家たちを通じて、マーサ・ラヴィニアを産業養殖場から守るための現在進行形のキャンペーンに密接に協力してきた。『Never Town』にはその闘いのエピソードのひとつが収録されており、僕たちはまだラフカットの状態にあるその映画を、島の中心街カリーにある「キング・アイランド・クラブ」で世界初上映した。会場には自分たちの島が脚光を浴びているのを見ようと集まった地元住民のほか、頭の傷口を縫ったばかりのダンも来ていた。そしてその日7時間もサーフィンをしたデイヴは充血した目もなんのそので、観衆に映画を紹介した。

「キング・アイランドは遠隔地にある小さな地域だからこそ、大企業の金儲けのために狙われる」と、ダン・ロスが説明した。「だが、〈タサル〉はキング・アイランドがサーファーにとっても特別な場所であることを予測していなかった。それで彼らは不意に、島民だけでなく、世界中のサーファーの反発を食らう羽目になったんだ。チャーリーや地元住民の努力の甲斐あって、いまのところ闘いはいい方向に向かっている」

キング・アイランドでの初上映は完璧に見えた。編集作業はまだ完全に終わってはいなかったものの、それは重要ではなかった。ゆくゆくはその日にとらえた波も、映画の最終カットに重ね継ぐことになるだろう。重要だったのは映画のメッセージ、つまり地域の草の根運動の力と可能性についてであり、それを立証する最高の場はその夜のキング・アイランド・クラブ以外になかっただろう。映画が終わってクレジットが流れはじめても、最後のひとコマを見るまで地元住民は席を立たなかった。彼らはマーサ・ラヴィニアを救うためにできることは何でもやりつづけるだろうことが、僕たちにはわかった。そのスピリットはチャーリーの言葉に要約されている。「私たちは違いをもたらすことができる。ものごとは人びとが立ち上がって『これは守る価値がある』と宣言する準備ができたときに変わる、と私は心から信じている」

このエッセイはMay Journal 2019に掲載されたものです。

20191031日、『アーティフィッシャル』フィルム全編を公開しました。

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