網目のように流れるジェイゴ・リバーを渡るポーキュパイン・カリブーの群れ。「私たちは信じています。グウィッチンの未来はカリブーの未来だと」と言ったのは、グウィッチンの長老だった故ジョナサン・ソロモン。北極圏国立野生生物保護区 Photo: Austin Siadak
網目のように流れるジェイゴ・リバーを渡るポーキュパイン・カリブーの群れ。「私たちは信じています。グウィッチンの未来はカリブーの未来だと」と言ったのは、グウィッチンの長老だった故ジョナサン・ソロモン。北極圏国立野生生物保護区 Photo: Austin Siadak

あるひとつの生き様を守る

By リセット・ファン   |   2019/12/11 2019年12月11日

北極圏ではグウィッチン族の若者が、土地を守るのはあるひとつの生き様を守るのにつながる、ということを学んでいます。

ホッキョクグマの洞穴があり、ハイイロオオカミの遠吠えが聞こえるアラスカのノース・スロープ郡では、土地を守るということは大義を支援することでも、市庁舎での抗議デモの様子をソーシャルメディアに投稿することでもありません。それはここでは生死を分ける問題です。

ジュエルズ・ギルバートは環境保護家になるつもりはまったくありませんでした。彼女にとって土地を守ることは、子どものころから自然に身についていたことでした。父親と一緒にはじめて狩猟に行ったのはまだ7歳のとき。20歳になったいま、その日のことはほとんど覚えていませんが、澄みきった青いシャンダラー・リバーから3時間ほど上流にあるアラスカのアークティック・ビレッジの実家を出発し、モーターボートを北へ唸らせながら食べ物を探して、1,900万エーカー(約76,890平方キロメートル)の原生地域である北極圏国立野生生物保護区に向かったということは知っています。

はじめての狩猟ではギルバートは銃を手にせず、父親が羽の茶色いカモを撃ち、家に持ち帰って焼くのを眺めて、それを学びました。

刺すように寒い森で狩りをするために、いまでもギルバートは同じ川を上って行きます。肌に風の冷たいキスを感じ、川岸の木々に水が寄せるのを見ると深い郷愁を覚えます。彼女のボーイフレンドである22歳のブレナン・ファースと一緒に、越冬に必要なだけの食料を探して狩猟に向かいます。

グウィッチン族の伝統であるベリーの摘み方を習いながら、ちょっと味見の休憩をとるアリアナ・ギルバート。Photo: Keri Oberly
グウィッチン族の伝統であるベリーの摘み方を習いながら、ちょっと味見の休憩をとるアリアナ・ギルバート。Photo: Keri Oberly

食料となる獲物を追い、狩猟し、皮を剥ぐ伝統は、2万年以上この地方で暮らしてきた先住民族グウィッチンの根本的な生き様です。また、ひと切れのステーキの値段がひと箱の銃弾ほどもする時世では、狩猟は必要不可欠です。ギルバートは獲物を仕留めるのに成功すると、母語のグウィッチン語で祈りを捧げることを忘れません。そして彼女はこうした技術──言語、狩猟、伝統衣装のビーズの飾りつけなど──のすべてを、地元の小学校で子どもたちに伝授するために教えています。

「それが私たち。だからです」と、ギルバートは言います。

こうしたグウィッチン族の文化は現在、危機にさらされています。数十年におよぶ試みには失敗したものの、共和党はついに北極圏国立野生生物保護区の一部を石油およびガス開発に開放しました。この産業はグウィッチンが依存する保護区の繊細な生態系を崩壊させかねません。ここにはホッキョクグマやハイイロオオカミの生息地だけでなく、尊いポーキュパイン・カリブー群の出産地の、160万エーカー(約6,475平方キロメートル)の海岸平野もあります。グウィッチンが聖地とみなすこの海岸平野で掘削が提案されているのです。

若者の誰もがギルバートやファースのような暮らしに興味をもっているわけではありませんが、長老から教師まで、地域の指導者たちはグウィッチンの生き様を若者に示す取り組みを積極的に進めています。グウィッチンにとって、文化の維持は保護区を救う絶好の機会かもしれないからです。

北極圏では、保護区を守る目的はアドボカシーやアクティビズムなどではありません。その目的は生活そのものです。2014年に州が委託した報告書によると、全米の他の州にもれず、アラスカも食料の約95パーセントを輸入に頼っています。しかし食料品店の棚に並ぶ商品を当てにするのはグウィッチンには不要の贅沢です。これまでずっと、彼らは狩猟と採集で生きてきたのですから。

「保護区を守ることにはグウィッチンの生き様と未来がかかっています」と言うのはバーナデッド・デミエンティエフ。彼女は化石燃料探査から保護区を守るために1988年に創設された〈Gwich’inSteeringCommittee〉の理事で、2005年以来、保護区の保全に積極的に関わりながらそれを声高に訴えてきました。

北極圏保護区はハイイロオオカミの生息地でもある。このオオカミはアラスカのジェイゴ・リバーの谷で撮影されたもの。Photo: Austin Siadak
北極圏保護区はハイイロオオカミの生息地でもある。このオオカミはアラスカのジェイゴ・リバーの谷で撮影されたもの。Photo: Austin Siadak

このファースト・ネーションは、まるで永遠につづくかのように感じられる長い年月にわたって、保護の責任を背負いつづけてきました。1980年にジミー・カーター大統領が探査を可能にする「アラスカ国家利益土地保護法」に調印して以来、共和党は保護区での天然資源採掘を試みてきました。そしてドナルド・トランプ政権下では、保護区での掘削の試みが加速しています。

グウィッチンの若者たちはつねにその抗争を目にしてきました。

それがはじまったのはデミエンティエフが12歳のころで、若かった彼女は当時すでに土地の保護が緊急問題であることを理解していました。そしていま、緊急性はますます高まっています。そこで〈Gwich’inSteeringCommittee〉は、若者に保護区を守るための土台を提供する正式な委員会を立ち上げ、6月には7人の若者が参加しました。

若者にグウィッチンの文化を教え、そしてその興味を維持するのは必ずしも容易ではありません。iPadやプレイステーションやインターネットの時代においては、屋内で過ごす方がずっと魅力的です。最新のソーシャルメディアのトレンドがティーンエイジャーのフィードを占領している昨今、屋外で大地と交流するのは刺激的なことではないのです。

伝統様式を幼いうちから学ぶ。サーモンの季節に備えて、水車式漁具を作る祖父アールを手伝う9 歳のキャノン・カルゾウ。Photo: Keri Oberly
伝統様式を幼いうちから学ぶ。サーモンの季節に備えて、水車式漁具を作る祖父アールを手伝う9 歳のキャノン・カルゾウ。Photo: Keri Oberly

かつてはそうではありませんでした。ワンダ・パスカルは覚えています。現在58歳の彼女はつねに土地と関わりながら暮らし、いまでも秋になると山を歩いて、冬用のラブラドルティーの茶葉(胃に良いとグウィッチン族に伝わる薬草)を集めます。カナダのフォート・マクファーソンでかつて酋長を務めたパスカルは、いまも狩猟に出かけます。しかし氷原を走る犬ぞりが身近な人は、もうほとんどいません。昔の方が楽だった、と彼女は言います。犬はとても頼りになります。いまは犬ぞりの代わりにトラックとスノーモービル(彼女は「スキードゥーズ」と呼ぶ)を使っていますが、ガソリンは高価で……乗り物は犬と違って故障します。

「いまどきの小学校を訪ねて私が幼少時代に学んだことを説明しても、信じない子どもがいるでしょうね」と、パスカルは言います。

変化するのはつねに大変なことですが、パスカルは教わる側から教える側になりました。祖父から習ったカリブーの狩猟と処理の仕方、祖母から習った肉の切り方を、いまでは孫たちに教えています。もちろん野外へは写真を撮る携帯電話以外、おもちゃも電子機器も持って行くことは許しません。

「カリブーや乾燥肉が欲しければ外に出て、私たちの狩りを手伝わなければなりません」とパスカルは言います。「欲しいものは努力して手に入れるのです」

アラスカ州アークティック・ビレッジ(グウィッチン語で「ヴァシュライ・クォー」)の自宅でカリブーの肉を切り分けるギルバート一家と友人たち。保護区を採掘産業に開放すれば、このグウィッチンの伝統は脅かされてしまう。Photo: Keri Oberly
アラスカ州アークティック・ビレッジ(グウィッチン語で「ヴァシュライ・クォー」)の自宅でカリブーの肉を切り分けるギルバート一家と友人たち。保護区を採掘産業に開放すれば、このグウィッチンの伝統は脅かされてしまう。Photo: Keri Oberly

この春、パスカルはリチャードソン山脈で、15歳の孫娘とその友達とキャンプに参加しました。沈みかけの太陽の下で、雪に覆われた峰々がキラキラと輝いていました。家から西へ20分ほどの雪山のなかで、少女たちはカリブーを探しました。残念ながら1頭も見つけられませんでしたが、別の猟師が喜んで肉を分けてくれました。

パスカルは木の実の摘み方、森での伝統薬の見つけ方、釣り、そしてもちろんカリブー猟の仕方など、基礎的な技術をつねに家族に教えています。彼女はハンバーガーやフライやシチューはもちろん、茹でたり、油に浸して焚火であぶったり、さまざまな方法でカリブーを調理します。これも、次世代が学ぶべき技術です。

そして、パスカルの5人の孫はこれらの任務をしっかり果たします。3歳の孫息子でさえ雪山の冒険に加わります。11歳の孫娘ジェリン・ヴァレンツィは、すでに土地の伝統を最も学んだ生徒に与えられる賞を受賞しています。皆勤賞を称賛する学校もありますが、グウィッチンでは文化の継承の方を絶賛するのです。

ヴァレンツィは受賞はうれしくて、「自慢」だと言います。まだ小学5年生ですが、こうした教えが自分たちの文化の存続を助けることをすでに認識しています。彼女はそれが保護区を守ることであるということも、理解しているのです。

カリブーの肉は燻し小屋に吊るされ、それから冬のために冷凍庫に保存される。若者は長老たちから、冬を過ごすための食料の準備と保存の方法を学ぶ。 Photo: Keri Oberly
カリブーの肉は燻し小屋に吊るされ、それから冬のために冷凍庫に保存される。若者は長老たちから、冬を過ごすための食料の準備と保存の方法を学ぶ。 Photo: Keri Oberly

「未来の世代のために、私たちがカリブーを守らなきゃ」と、伝統のミトンを作る手を休めて、ヴァレンツィはつぶやきます。

そうは言っても、彼女はまだ子どもです。

しかし、ヴァレンツィのような子どもをとくに「優秀」とみなす専門家もいます。ロナルド・ファーガソンはハーバード大学ケネディスクールで公共政策を教える経済学者で、優秀な子どもの育て方に関する執筆歴があります。彼の方程式はシンプルで、目的意識と実行力をもち合わせた子どもは賢い、つまりその子どもには目標達成のために最後までやり通す能力があるということ。この組み合わせは完全履行に等しい、とファーガソンは述べています。

「アクティビズムとは目的をもち、その目的に向かって行動すること。目的が欠かせないのは明白です」と、ファーガソンは言います。「あなたが効果的な擁護者だとすれば、それはおそらく知性的な方法で行動したからでしょう」

その技術をもっているのなら、使わない手はありません。

太陽が昇らない日が数か月もつづく土地で生き残る技術を伝授することは保護区の保全に役立つ、と部族民たちは主張します。つまるところ、それが部族の仲間を守ることになります。グウィッチンの部族民たちは全米各地を訪れて、北極圏国立野生生物保護区には化石燃料産業の居場所がないことを議員たちに訴えてきました。たとえばギルバートは〈Gwich’inSteeringCommittee〉を代表して2016年にワシントンDCでロビー活動を行い、パスカルはこの4月にニューヨーク・シティで国連当局者たちに会いました。

アメリカ合衆国議会議事堂前で記者会見を行う〈Gwich’inSteering Committee〉のメンバーたち。グウィッチンの人びとは、保護区を守る闘いが、地元を守るためだけでなく、世界中の聖なる土地を守ることに関わると理解している。ワシントンDC Photo: Keri Oberly
アメリカ合衆国議会議事堂前で記者会見を行う〈Gwich’inSteering Committee〉のメンバーたち。グウィッチンの人びとは、保護区を守る闘いが、地元を守るためだけでなく、世界中の聖なる土地を守ることに関わると理解している。ワシントンDC Photo: Keri Oberly

彼らが連邦議会に理解してほしいのは、北極圏国立野生生物保護区は手つかずの自然を残す土地というだけではないことです。そこはグウィッチンにとって、「生命がはじまる神聖な場所」なのです。国立野生生物保護区に指定される以前、そこはグウィッチンの狩場でした。ポーキュパイン・カリブーの群れが保護区内を移動するように、グウィッチンの人びともそうしてきた歴史があります。事実、いまでもアラスカとカナダに散在するグウィッチンの村々は、ところどころでこの移動経路に沿っています。しかし彼らは保護区内の海岸平野には決して足を踏み入れません。

それは、海岸平野はこの土地を移動するポーキュパイン・カリブー群が無事に出産するために最終的にたどり着く場所だ、ということを知っているからです。そこでは、カリブーが周辺の山々に生息する捕食動物を避けることができ、氷原や砂州で蚊のような虫から逃れられる、彼らの安息地なのです。

「私たちは信じています。グウィッチンの未来はカリブーの未来だと」と言ったのは、長老だった故ジョナサン・ソロモンです。「ポーキュパイン・カリブー群に危害を与えることは、グウィッチンの文化と何千年もつづいてきた生き様に危害を加えることに等しいのです」

この方程式に若者を加えて、彼らを土地につなげることは、この場所で野生生物を守る重要な鍵となります。若者はこの場所を失うことで、何が危機にさらされるのか、理解しなければなりません。

けれども実際には、自分たちの文化を取り戻そうという若者の動きは北極圏に限られているわけではありません。自分たちの土地や水や世界観を守るための若者の行動は、世界中で起きています。新たに芽生えたこのような活力の多くは、2016年にスー族の若者がダコタ・アクセス・パイプラインに抵抗したときに開花しました。彼らは石油事業反対の嘆願書を手に、ノースダコタのスタンディングロックからワシントンDCまで2,000マイル(約3,200キロメートル)のリレーを完走しました。

このパイプラインは結局、実現してしまいました。しかしその一方で、抵抗する活力はいまも生きつづけています。それは、グウィッチンの人びとのなかにも。

ギルバートとファースは物心がついたときからこの凍った土地を歩いてきました。彼らの祖先ははるか昔からカリブーに頼ってきました。この若いカップルが保護区を旅するとき、カモやガンが頭上を飛び交うのを見るかもしれないし、あるいはカリブー猟の最中に稀なハイイロオオカミに遭遇するかもしれません。しかしそれらすべてが、いま危機にさらされています。

「ただただ美しく、すべてが静かです。聞こえるのは動物たちの音だけ」とギルバートは言います。「ここが私たちの故郷です」

本記事の初出はNovember 2019 ジャーナルです。