ライランド・ベルのチルカットにある隠れ家
2019年4月4日、夜明け前。山には雪がほとんどなかった。最近の記録で最悪の年だと、地元の人は言っている。私たちは箱詰めした食料をフェリーに積み込み、ジュノーからヘインズに向かうアラスカ・マリン・ハイウェイ・フェリーに乗船する準備をしていた。
「アラスカの南東部だ。どうなるか分からないぞ」ライランド・ベルが言う。「90日間連続で雨が降るかもしれない」
ヘインズへの航行は、アシカやネズミイルカが生息し、大規模なサケの遡上が見られるリン運河を上り、5時間かかる。海からまっすぐに立ち上がる山々は、雲に覆われ、風に切り刻まれている。途中で雪が降り始めた。
ライランドは、ヘインズから42キロメートル上流のチルカット・バレーに家を持っている。そこで、春の間はビッグラインを追って過ごし、夏は近くのエルフィン・コーブを拠点に漁船で手釣り漁業を営んでいる。アラスカ内陸にある中心地フェアバンクスで生まれ育ったライランドは、10代後半で南東部に移住して本格的な山々に挑戦し、世界最高のビッグマウンテンライダーの1人になった。現在は冬の大半をタホで過ごし、条件にかかわらず毎日ライドすることで、急勾配の達人というステータスを手に入れた。90年代に見た、スタンダート・フィルム制作の『トータリーボード・シリーズ』のスター、トム・バートやヨハン・オロフソン、ハチェット兄弟、ジム・リッピーなど多くのライダーをしのごうと挑戦を続けてきたのだ。雪が降ろうと降るまいと、この旅で私たちは何度もスノーボードを楽しむだろう。
「リン運河は正確にはフィヨルドだ。氷河が入り込んでいるからね」とライランドが説明する。「海上輸送で利用するために、フィヨルドとして分類されていないだけさ」
ライランドはこの土地を理解し、愛情を持っている。彼は漁師の2代目で、山での大きな夢を追い続けるために、健全なサケの遡上に頼っている。そして、後から知ることになるのだが、チルカットの魚の個体数は、その源流近くでのパルマー・プロジェクトの鉱山計画により、脅威にさらされている。
「シーズンの他の時間は、このための単なるトレーニングだ」とヘインズ港に近づいた時ライランドは言った。「ヘインズで良い1日を過ごすために、雨の中で1カ月間、座っていなければならないとしても、その価値はある」
ヘインズは静かだった。地元のタイ料理レストランのオーナーは、今年は4人のスキーヤーしか見ていない、と言っていた。ライランドの車、2000年初頭のトヨタ製ピックアップトラックに乗り、彼の家へ向かった。砂利道を進み、私道の泥道に入り、6台のスノーモービルが停めてある屋外駐車場、それからコンポストトイレを過ぎて、車は停まった。
ライランドは、同じく漁師の兄タイガとこのシンプルな家で暮らしている。2階建ての箱のような家には、ウッドストーブの暖房と、燃料となるプロパンガスがある。シャワーはキッチンの合板の床に置かれている。壁の棚には、ハーネスやロープ、ピッケルなどのバックカントリー用のギアがある。ロフト式の2階の寝室には、大まかに整理されたギアがさらに山積みになり、山で過ごす長い日々に備えられている。娯楽用にあるのは、小さなテレビと大量のスノーフィルム、それに何冊ものマガジンだ。
外に出ると、深いハンノキの森の奥から、セミオートマチックライフルの射撃音が聞こえる。ここでは携帯電話はほぼ使えない。ライランドの家には回転ダイヤル式固定電話がある。ここはどことなく無法地帯で、ひどく辺境で、そして自由な場所だ。
「上の方にグリズリーがいると思う」とチャールズ・ピープが無線越しに言う。
チャールズはライランドの親友の1人だ。彼も漁師で、ヘインズに住んでいる。2人は一緒にフェアバンクスで育った。旅に出て2、3日後、私たちは、フロントガラスが粉々になっているチャールズの古くて白いタンドラで北西に向かい、国境を越えてブリティッシュコロンビア北部に入っていた。前日には8センチメートル弱の雪が地面に積もり、家の近くは天気が悪かった。私たちは、高地にある氷河にはいい雪が積もっているだろうと願っていた。
しかし、グリズリーの問題がある。いつまでも居座る雲のせいで、まだ氷河には行っていなかった。そこでチャールズとライランドは、尾根を転がり落ちていくかのように連なる、奇妙な見た目の15段ほどのウインドリップを調べに行くことに決めた。2人が登り始め、まだ麓にいる時にそのハイイログマが自分たちのルート上にいるのを見たのだ。
「上に向かっているように見えるな」と、十分に離れた安全な場所から私は答えた。「グリズリーが向きを変えたら知らせるよ」
2人は登り続け、目覚めたばかりのグリズリーは重々しい足取りで上に向かい、尾根を越えて見えなくなった。この旅で最初の滑降の許しが与えられたのだ。私たちはその場所をベア・ステアーズと呼び、そこでのライドは最高だった。しかし、太陽が姿を現し始め、私たちはさらに高地へ向かった。氷河の上を素早く数回滑って雪のコンディションを判断した後で、2人は急傾斜地を登っていった。断続的だった雲が途切れ、ドロップインに十分な時間ができた。滑降は素晴らしかった。以前に降って固まった雪の上に、新たな雪が30センチメートルほど積もった、広々とした急勾配の斜面だ。ヘインズの最悪の年は、それでもアラスカ、ハワイ以外の48州の最高の年よりも良かった。しかも、さらに雪が降りそうだ。
私たちの日課が決まった。朝、カナダに向かい、氷河に行って、太陽を待つ。毎日、日が差す時間が数時間あった。高地に登るのに十分な時間だ。
「ここで1週間を過ごせば、ちょうど1日分に匹敵する太陽を得られるな」とチャールズは冗談を言った。
高速道路の脇にある小さな小屋を営むケベック出身のカップルを除けば、人に会うことはほとんどなかった。30センチメートルの新雪が60センチメートルになり、さらに90センチメートルになった。毎日、降雪量が増えるにつれて、雪崩の危険性も増している。12月以降初めての嵐は希望をもたらしたが、同時に警戒感も高まっていった。
毎日繰り返されていた国境を越える一時滞在の4日目の午後、家に向かって運転しながらライランドは山の話を始めた。アラスカ州とブリティッシュコロンビア州の国境にある有名なラインを指し示すと、その下方へと私の注意を逸らした。
「あそこに鉱山が作られようとしている」と、巨大な氷河の麓を指しながらライランドは言った。「何もかもが破壊されるかもしれない。少なくとも、垂直距離で1,524メートルのあの稜線を下る、壮大なライドはできなくなる。さらに、チルカット川のサーモンの遡上を絶やす可能性もあるんだ。どうして支援する人がいるのか理解できない。漁師でさえ、プロジェクトを支持している人もいる。仕事がもっと増えると思っているのかもしれないが、魚がいなくなったらどんな仕事があると言うんだ?」
コンスタンティン・ノース社が展開中のパルマー・プロジェクトは、高純度硫化亜鉛と銅の鉱山計画だ。このプロジェクトはチルカット川の生態系に深刻な脅威をもたらす。チルカット川の生態系は、5種類あるパシフィック・サーモン全種の健全な遡上を支え、地球上で最も集中している白頭ワシの生息数や、アラスカの他のどの地域よりも高い生物多様性を維持している。私は後に、計画されている鉱山に関してリン運河コンサベーションのジェシカ・プラクタに話を聞いた。
「パルマー・プロジェクト最大の危険は、鉱山から出る酸性の排水です」とプラクタは言う。「パルマー・プロジェクトは、高濃度硫化物の鉱床です。鉱石が採掘されて地表に達し、空気や水に触れると、すぐに化学反応を起こし、硫酸が発生します。硫酸は周囲の鉱石から有毒な重金属を浸出させ、それが下流に流れて流域を汚染します。特定の重金属は微量であっても、サケを含む水生生物にとって致命的です。鉱山からの流出水は、電池より数百倍も酸性度が高く、残される廃石は数百年、あるいは数千年の間、毒性を保ちます」
他にも、チルカット川沿いの運搬ルートや、トラックからの流出の危険があり、また、別の硫化物鉱山がその近くのサーモン遡上に与えた影響に関するネガティブな実績もある。
「ほとんどの地元の人は、プロジェクトへの反対を強めています」とプラクタは続ける。「しかし残念ながら、アラスカ州当局は鉱業にとても許容的です。他の利益を守るために採鉱許可を拒否したことは1度もありません。90%の地元の人々は、流域で捕獲するサケで生計を立てています。私たちにとって最大の2つの収入源は、商業漁業と、自然を基盤とした観光業です。ほぼ全員が、仕事や食料の供給で、きれいな水と健全なサケに依存しているのです。クルクワン(公式にはチルカット・インディアン・ビレッジ)の部族指導者たちは、早くから鉱山に反対を表明し、川とサケ、それにサケに頼って生きている他の生物の保護を一貫して訴えています」
パルマー・プロジェクトの開発に、社会的、文化的、そして環境的に重大な懸念があるにもかかわらず、なぜプロジェクトはまだ進行し続けているのだろうか?
再びプラクタは話す。「コンスタンティン・ノース社は、より多くの資金を求めて投資家に強く働きかけています。私たちが情報を広められれば、パルマー・プロジェクトに対する広範な反対がプロジェクトへの社会的な許容を揺るがし、この計画は安全でも有益でも倫理的でもない投資だと、投資家に理解してもらえるでしょう。あまりにもひどい計画なので、このプロジェクトが頓挫する可能性もあります」
地震活動が活発な地域で、2つの断層を貫いて掘削する必要があり、酸性岩に接触する可能性のある水を大量に放出し、今は害されていない流域にその水が流れ込む危険性が潜在的に存在する、というひどい計画。鉱山に電力を供給する必要があり、一方で有害金属の濃縮物運搬に冬の公道を利用しなければならない、というひどい計画。その道の終点に水深の深い港がなく、また、やって来る数百人の労働者が住む場所もない、というひどい計画。採鉱トンネルの入り口や廃棄物保管所は氷河の先端の麓に設置することになる、というひどい計画。毎年10~12メートルの雪が降る地域で、その場所は雪崩が起こる複数の急傾斜地の麓なのだ。
ライランドの車は、自宅から数分の距離にあるチルカット川にかかる橋にやってきた。ある標識で車を停める。標識には、私たちがいるこの道がかつてはダルトン・トレイルの一部であり、1900年代初頭のゴールドラッシュ期間に頻繁に利用されたことが説明されている。実際、この地域にある初期のインフラストラクチャーの多くは、採掘用に建設されたものだ。私は疑問を抱かずにいられなかった。アラスカはその採掘の歴史を抜け出し、その代わりにサケのような豊かな天然資源を認識し、守ることはできるだろうか。持続できるように管理可能なサケを、将来の世代が楽しめるように。
朝6時、私たちが目を覚ますと、空は晴れ渡っていた。ライランドはベーコンを調理しながら、レゲエを大音量で流している。スティール・パルスの『Earth Crisis』だ。
「音楽はシャッフルにしてある」とライランド。「流れるのはレゲエかヘビーメタルだ」
今日はヘビーメタルな日になる気がした。1週間近く私たちは1つのくぼ地を探索していた。さまざまな選択肢を見つけ、積雪状態を確認して回った。タイガは到着したばかりで、滑りたくてうずうずしている。高地へ行けば、90センチメートルの新雪がある。
氷河の上で私たちは慎重に動いた。わずかな動きが小さな斜面の上で雪崩を引き起こし、北斜面は危険地帯だという仮説を立てた。私たちは、それまでの旅でほとんどライドした南西に面したエリアに絞り、より高い場所に目標を定めた。メンバーは3か所の小さなシュートを判別した。安定性は良さそうだ。私たちは登り始めた。下の方の氷河に高校生のグループがやって来て、指導者の後についてウインドリップのエアを飛んでいた。上天気が人々を連れ出してきたようだ。