高校の卒業式で総代を務めたイアン・ウォルシュは、優秀な成績とレイバックの上達は同時に達成できる、ということを子どもたちに示したいと願う。マウイ、ホオキパ Photo : Ryan “Chachi” Craig
高校の卒業式で総代を務めたイアン・ウォルシュは、優秀な成績とレイバックの上達は同時に達成できる、ということを子どもたちに示したいと願う。マウイ、ホオキパ Photo : Ryan “Chachi” Craig

ありきたりではない大会

By ガブリエラ・アウン   |   2020/07/13 2020年7月13日

イアン・ウォルシュには完璧なサーフィン大会を実現したいという夢がありました。

会場にはダンクタンクやバウンスハウスやゲーム露店が立ち並んでいます。参加者はキャンバスに描いた絵を誇らしげに展示したり、自分たちで料理をしたり、世界に名だたるシェイパーからサーフボードの作り方の基礎を習ったりします。岸からすぐのところでは、沿岸警備隊がヘリコプターから飛び降りて水難救助の演習を披露します。イベントの随所にはハワイの文化が織り込まれ、伝統的な投網やレイ作り、ダンスやドラムのパフォーマンスなどが見られます。そのすべては無料で体験できます。そしてもちろん、サーフィンも。これがイアン・ウォルシュの「メネフネ・メイヘム」。年に1度マウイ島のホオキパ・ビーチで開催される子どもたちのための大会です。そして「メイヘム(大騒動)」というその名のとおり、350人もの若きサーファーたちがホオキパに集まる、毎春のこの2日間は、サーフィンの大会というよりはお祭りを思わせます。「子どもたちにとっては、ビーチで過ごす最高の週末です」と言うのは、同じくマウイ島出身であり大会の審査員でもあるペイジ・アルムスです。2003年に「メネフネ・メイヘム」を創立した当時のイアンはまだ19歳でした。故郷の島であるマウイに恩返しをしたかった彼は、自分にとって最も重要な大義──学業と環境問題──で、子どもたちの意欲を駆り立てたいと思いました。「自分が9歳だったころを思い出して、理想的なイベントとは何か、どうやったら学びたいと思えるかを考えました」と、現在36歳のイアンは語ります。「子どもたちには、ただ口で言うだけではなく、見せることがとても大切なんです」

メネフネ・メイヘムはアイスクリームサンデー、ホットドッグ、照りつける日差し、サーフィンだけではありません。Photo : Nick Ricca
メネフネ・メイヘムはアイスクリームサンデー、ホットドッグ、照りつける日差し、サーフィンだけではありません。Photo : Nick Ricca

「メネフネ・メイヘム」の賞金は学校の成績が最も優秀な参加者に与えられ、学術、芸術、環境保護、そしてサーフィンにおける能力に長けた高校3年生の4名には大学進学のための奨学金が授与されます。「なかには、年に1度しか行われないこの大会が、オールAの成績へのモチベーションとなる子どももいるんです」とペイジ。けれども、それはたいていきっかけに過ぎません。「最初は大会のために学校で良い成績を取ろうとするんですが」とイアンはつづけます。「そのうち大会はさほど重要でなくなり、たんに学校でがんばりたくなるんです」また「メネフネ・メイヘム」は、子どもたちに環境へのフットプリントを削減する気を起こさせます。150人の子どもたちによるゴミ拾い競争はビーチ清掃を兼ねる一石二鳥の企画で、参加者全員には再利用可能なボトルが配られ、ビーチの給水所で補給できるようになっています。さらに傷んだウェアを持参すると、パタゴニアのWorn Wearチームが修理してくれます。

最高のサーフィンコンテストは競争ではありません。コミュニティを一つにすること、そして上手なサーファーであるだけでは良い人間にはならないことを教えてくれます。きれいなエアリバースからラウンドハウスカットバックへのバンクよりも、人生にはもっと多くのことがあるのだ。Photo : Three Tree Creative
最高のサーフィンコンテストは競争ではありません。コミュニティを一つにすること、そして上手なサーファーであるだけでは良い人間にはならないことを教えてくれます。きれいなエアリバースからラウンドハウスカットバックへのバンクよりも、人生にはもっと多くのことがあるのだ。Photo : Three Tree Creative

「子どもたちに再利用可能なウォーターボトルを使うことの誇りを感じてほしいんです。ゴミを拾って、自分の故郷を大切にすることにも、誇りをもってほしい」とイアン。「そうすれば将来彼らが僕たちの地域の指導者になったとき、次の世代にも引き継いでいけるでしょう」イアンも幼少時代、「マカハの女王」ことレラ・サンによってオアフ島で創立された子どもたちの大会、「メネフネ・サーフィン・チャンピオンシップ」の競技に参加していました。「アンティ・レラのイベントは、かけがえのない体験でした」と彼は語ります。「自分が住む場所とそこにいる人たちに対して寛大になり、大切にするという風潮を、彼女自身が作り出していました。それとは比べものにならないくらいわずかでいいから、僕が子どもたちのためにできることがあるのなら、実行したかったんです」