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未踏の波

コウスケ・フジクラ  /  2020年7月20日  /  読み終えるまで4分  /  サーフィン

腹を空かせた怪物の食道を、安全な距離をとってのぞき込む碇山勇生とコール。 Photo:Hisayuki Tsuchiya

2015年3月、碇山勇生はコール・クリステンセンに連れられて、はじめてワイメアの波を訪れた。その後何年も、勇生は片言の英語とたくさんの絵文字でコールに呼びかけ、彼の住む奄美大島の、台風でリーフにうねり立つ波へとコールを誘っていた。ワイメアで無限の可能性が拓かれた勇生は、コールを指導者として、また誰も乗ったことのない地元のモンスターを探求するパートナーとして仰いだ。

2019年10月、台風19号(ハギビス)が西太平洋沖に発生した。僕たちは台風の影響で島に出入りする全便が欠航になる直前、何とか奄美大島に上陸することができた。トリップは時差ボケの目覚まし時計、そしてギー(バターオイル)とコラーゲンペプチドを混ぜたドリップコーヒーではじまった。それは僕たち流の「防弾コーヒー」だった。コールは畳の上でヨガをし、勇生はその様子をドアの隙間から見ていたが、まもなくこのビッグウェーブの先輩に加わった。FCDのガンといくつかのフィンを試しながら、ウォーミングアップ的なサーフィンを数セッション楽しんだが、ファンウェーブだった。僕たちが来たのはそのためではない。

未踏の波

セッション後のラーメンは、日本ではウイスキーよりもノド越しがいい。 Photo:Kosuke Fujikura

僕たちの目的は湾の中でブレイクする分厚いAフレームだった。勇生は何年もこの波に目をつけてきたが、それに挑戦した者は誰もいなかった。入江を見渡す丘で車を停めると、そのスポットはゆっくりと息を吹きはじめていた。「パドルアウトして、見に行くだけいってみるか?」と、コールが聞いた。「チェック、チェック?」「そうだな、一度チェックしてみよう」と、勇生は答えた。すぐにウネリが入りはじめた。湾内で立ちはじめた波は、海岸に切りつけながら厚みを重ねていった。ニアスのようなライトがブレイクし、反対側にはアーモンド形のレフトもできていた。3倍にまで膨れ上がった波は、白い泡と砂の激流を生み出していた。手前にはいくつもの岩が頭を出し、テイクオフをしくじれば罰せられるのは確実だ。

コールの手がゆっくりと上下に動いていた。この波に乗ったらどんな感じかをイメージしているのだ。重要な最初のドロップ、ボトムターンを決め、波に摘まれる前にハイラインまで戻れるのか。勇生は反対側からライトをチェックしに行った。セットをいくつか見送ったあと、2人は岩の方へパドルして、このモンスターを真っ向から見つめた。僕たちにはジェットスキーもなければ、安全対策のバックアップもなかった。完全に自分たちだけだった。

ようやく、コールが沈黙を破った。

「勇生には、3人の子がいるよな」と、彼は気乗りしない様子で言った。「俺にも2人いる。もし俺が20代だったら、いますぐにこいつをやりに行ってるよ」

「そうだね、コール。残念だけど、今回は見送ろう」と、勇生は同意した。

海から引きあげると、皆で昼食を食べに行くことにした。車の後部座席ではコールが「ああ、あのモンスターに乗ってみたかったぜ!」とまくし立てていた。その晩、誰も乗ったことのない波の写真を眺めながら、僕たちはまだ興奮していた。「こいつを見たら、誰もがため息をつくぜ」と、コールは写真をクリックしながら言った。

未踏の波

遠くからは夢のように誘うものが、現実には殺意を隠していることも。この日、この波は乗られることのないままとなった。Photo:Kosuke Fujikura

「僕は臆病だね」と、勇生が振りかえった。

「ああ、俺もだよ」と言ったのは、コールだった。「俺たちは謙虚になったんだな。イラつくよ。プライドを捨てるのは簡単じゃない。状況を見極めるには、ときには謙虚になる必要もある。あのときの俺たちは間違いなくそうだった。これが台風の摂理ってやつじゃないか。何が起こるかわからない。ボスは母なる自然で、俺たちは訪問者でしかないんだ」

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