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ワイドクラックと赤い君

ワイドクラックと赤い君

By 北平 友哉   |   2020/07/28 2020年7月28日

今から書くのは僕の情けない姿や泣き虫な姿、そしてちょっとだけカッコいい姿を見てきた君と僕とのストーリーだ。

今からおよそ6年前の2014年の秋、僕が瑞牆山でワイドクラックを初めて登った時に着ていたのが君、パタゴニアの赤いTシャツだ。この日、ワイドクラックという世界に一目惚れした僕は君と一緒に、ただひたすらワイドクラックを登り続けた。ワイドクラックは岩と岩の隙間を登るから、身につけているものが岩に擦れてすぐにボロボロになってしまう。穴の開いた君を何度直してもらっただろうか。
君を直してもらっている間、着るものがなくなってしまうから、同じ色や違う色の仲間が増えた。

ワイドクラックとの出会いから3年後、君は直すのが不可能なくらいボロボロになってしまった。僕は着ることが出来なくなった君をクローゼットの奥にしまい、2017年の夏、10年間勤めた会社を辞めて憧れだったアメリカにあるワイドクラックの聖地ビデブーへと向かった。

中央に見える岩の向こうにビデブー最難のワイドクラック「The Forever War 5.13cd」がある。
2017年8月、ワイドクラックの聖地ビデブーにて。アメリカ、ワイオミング。写真:川原 弥津美
中央に見える岩の向こうにビデブー最難のワイドクラック「The Forever War 5.13cd」がある。 2017年8月、ワイドクラックの聖地ビデブーにて。アメリカ、ワイオミング。写真:川原 弥津美

そこで僕は38日間、登りたいワイドクラックのことだけを考えてそれを登りに行くというとてもシンプルで贅沢な日々を過ごした。
憧れだったクライマーに会う事も出来た。悪くないダート道でタイヤ2本を同時にパンクさせて貴重な1日をつぶしてしまったこともあった。そんな日々のなかで、僕はこのクライミングツアーで一番登りたかった「The Forever War」というルート名のワイドクラックを登ることができた。

日本に帰ってきて2018年の秋には瑞牆山の憧れのワイドクラックも完登した。
君と過ごした3年間が僕を強くしてくれたんだ。ボロボロになるまで付き合ってくれてありがとう。

2018年11月 瑞牆山にある国内最難のワイドクラック「不動の拳5.12b」を登攀中で、ここからが一番難しかった。写真:安藤 真也
2018年11月 瑞牆山にある国内最難のワイドクラック「不動の拳5.12b」を登攀中で、ここからが一番難しかった。写真:安藤 真也

僕の次の目標は、世界で一番難しいワイドクラックであるセンチュリークラックを登ること。実は凄く偶然だけど、それを最初に登ったクライマーも赤いパタゴニアのTシャツを着ていたんだ。ワイドクラックを始めてそのことを知った時、僕はとても嬉しかった。
Tシャツとしての役目は終わってしまったけれど、次アメリカに行くときは君を必ず連れて行くよ。センチュリークラックを登る姿を見て欲しいから。

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