クリーネストライン


水面に浮かび、ルス・リケッツは太平洋岸北西部の澄み切った川を漂う。写真:リア・ヘムベリー
水面に浮かび、ルス・リケッツは太平洋岸北西部の澄み切った川を漂う。写真:リア・ヘムベリー

全身に川を感じて

By ブレット・トールマン   |   2020/08/24 2020年8月24日

リバー・シュノーケリングをする人は、わずかな運に恵まれさえすれば、はじめから水中の生活を垣間見ることができる。丸太のたまり場にはサーモンの幼魚がちらつき、泡のカーテンの下にはトラウトが潜んでいる。「最初はただそれだけ」とルス・リケッツは言う。「途中で我を忘れる瞬間がやってくる。そしてそこから本当の魔法がはじまる。魚はイラついたりしない。やつらは近くに寄ってくる。魚が食べたり、縄張りを確保しようと闘ったりする様子を見ることができるんだ。そこには、複雑な社会構造と種の序列が存在している。それは微妙で精密で美しくて、そしてある意味で野蛮さ。ヒトがそこで目撃するものは、原始的なレベルの生命だ。」

ヒトはマスク、シュノーケル、ウェットスーツを手にした時からずっと、川でシュノーケリングをしてきた。どの野生生物局にもシュノーケル調査を実施する下っ端の職員がいるし、どの小川にもマスクを着けて、ザリガニを取ったりルアーを拾い集めたりする子供がいるものだ。それまで、つまりリケッツが現れるまで、彼らはほとんど互いを知らなかった。リケッツがFacebookに「リバー・シュノーケリング」というページを立ち上げたとたん、彼の知らない人々が「オレゴン、コロラド、テネシー、それこそいたるところから」コンタクトしてくるようになり、たちまち国中のリバー・シュノーケラーが、何を見たかを共有し、互いに質問するようになった。新たにそのページを見つけた人がいれば、リケッツはコンタクトをとった。「とにかく相手の関心をあおり、このクールで地味なことに興味を持ってもらうんだ。」バラバラだったものが次第にまとまりはじめた。「本物の草の根コミュニティになったんだよ。」

リケッツはワシントン州のスティルアグアミッシュ川の支流で育った。父親はスチールヘッドの釣り人だったから、リケッツも少年時代に連れられ学んだ。18歳で家を出てから11シーズンをブリストル湾で港湾労働者として過ごし、スポーツとしてのフィッシングからは遠ざかった。アラスカの豊かなサーモンの遡上を思うと、アラスカとハワイを除くアメリカ本土の48州で滅びゆく種の魚をターゲットにするのは複雑な気持ちだったからだ。それでも川からは離れられなかった。

30代のとき、友人に誘われ、ワシントン州のウェナチー川にシュノーケルに行った。「本当に驚いたよ」リケッツは言う。「そこで900キロも離れた海から移動してきた大きなチヌーク(キングサーモン)の群れと遭遇したんだ。」全く新しい川の楽しみ方を知り、リケッツは太平洋岸北西部の河川に夢中になり、この自分がやっていることを、誰でもいいから聞いてくれる人に話したいと思った。「でもそれが何なのか実は誰も分からなかったし、僕らでさえ分かっていなかった。」

太平洋岸北西部の上流域で、神出鬼没のスチールヘッドについて河川調査をしていたニック・チャンバーズは、巨体で写り込んできたコーホーサーモンと人見知りのイワナたちを観察することができた。写真:ルス・リケッツ
太平洋岸北西部の上流域で、神出鬼没のスチールヘッドについて河川調査をしていたニック・チャンバーズは、巨体で写り込んできたコーホーサーモンと人見知りのイワナたちを観察することができた。写真:ルス・リケッツ

リバー・シュノーケラーは何をしているかと聞かれると、明確に答えるのは難しい。でも目的が有益であることは明白で、私の知るリバー・シュノーケラーは、みな熱心なアクティビストだ。けれど、そこにはアクティビズムを超えた何かがある。それは美しさだ。詳しい目的は二の次で、まず川床やそこに生息する生命を見て、全身で川を感じる喜びがある。

余暇としてのリバー・シュノーケリングは、ロデリック・ヘイグブラウンにはじまる。作家であり、釣り人であり、自然保護者だった彼は、著書『Fisherman’s Fall』の中で、ウェットスーツ、マスク、シュノーケルの発明について「私の人生に全く新たな次元をもたらした。これらの装備やテクニックを現在の形に発展させた人々に永遠に感謝する」と述べている。1964年の出版以来、この本は川を愛する人、海軍の船員、環境意識のある釣り人を次々にリバー・シュノーケリングの世界へと導いてきた。

この本の中で、ヘイグブラウンは自らのリバーシュノーケルに対する倫理観について熟考している。そして彼は、「水中の生命を一切傷つけることなく、そこにある全ての営みもできるかぎり邪魔をしない」と自身に誓っている。素晴らしいルールである。しかし一方で、シュノーケリングで知ったことを釣りに応用することは許されるべきなのかとも思案している。そして魚に関する一般論は良いが、具体的なことは禁止としている。「午後は堰堤に隠れて魚を見張り、夕方にそれを釣るという行為が正しいとは思えない。」と彼は記しているのだ。

リバー・シュノーケリングが彼の人生にこれほどの喜びをもたらしたというのに、リケッツは、誰でもそうなるとは思っていない。「決してブームにはならないね。寒くて悲壮な時もあるから、売り込むのは難しいよ。でも人によっては人生が変わるよ。」

昨夏、あと数週間で47歳になるという時、リケッツは6歳の娘チャーリーからシュノーケリングに連れて行ってほしいとせがまれた。リケッツはスティルアグアミッシュ川に流れ込む小川の淵を選んだ。その淵で彼は釣りと泳ぎを学んだのだ。それは6月だった。背中に砂利をくっ付けたトビケラの幼虫が岸に向かって這っていた。リケッツは、岩のわきにいた幼虫をひとつかみすくい、娘を腕にしがみつかせたまま水に入り、川底に切り株を設置しておいたところに向かっていった。心の中で「ごめんよ」と謝って幼虫を握りつぶして、周囲にまき餌する。土手を補強するために埋め込まれている樹木の間から溢れんばかりに魚が出てきた。どれも娘の指ほどの大きさしかない数百匹ものコーホーサーモンの稚魚が、ふたりの周囲に渦巻いた。数分間、驚いてしがみつく娘の手のやさしい力と稚魚の渦巻いた水流だけがそこにあった。

コメント 0

関連した投稿

« »