クリーネストライン


嵐が訪れる直前、ミトレ半島の海岸線の端に沿ってランニング中。写真 : ロドリゴ・マンズ
嵐が訪れる直前、ミトレ半島の海岸線の端に沿ってランニング中。写真 : ロドリゴ・マンズ

世界の果てへと走る

By フェリペ・カンシーノ   |   2020/09/25 2020年9月25日

パタゴニアは地理的にはアメリカ大陸の南端に位置し、政治的にはアンデス山脈を自然の境界としてチリとアルゼンチンにまたがっている。この地方はとても有名ながら極めて野生のままの姿をとどめ、自然保護が重要な役割を担ってきた。それはまた、僕らがこの「世界の果て」へと旅し、そのほとんどを足で探検しようと決めた理由でもあった。
昨年の2月、僕はガールフレンドと一緒に地球上で最も野生に満ちた場所のいくつかを走るという旅を計画し、チリ南部へ向かってサンティアゴから車で出発した。大陸を南下してマゼラン海峡を越えた長いロードトリップで最初にとまったのは、ティエラ・デル・フエゴの島にあるカルキンカ(先住民族の言葉で「人が住む最後の土地」の意)自然公園だった。それは〈Wildlife Conservation Society(野生生物保護学会)〉の一部である私有の公園で、大陸の南端にあるアウトドア研究所とも呼べる。同団体の本質的な目標はティエラ・デル・フエゴのさまざまな生態系を保護することで、僕らは彼らの使命とエネルギーに感銘を受けた。

パタゴニアでのランニングで大好きなことのひとつは、森を駆け抜けること。地面はとてもふかふかで、まるでカーペットの上を走っているかのように感じられる。グアナコの群れのそばを通り過ぎるたび、彼らは興味津々な様子を見せた。この緯度での夕日は僕らがそれまでに見たことのない美しさで、夜空は星が手に届くほど近くにあるようだった。

毎朝の日課。マテ茶と軽い朝食を取ったあと、新たな1日に備えて靴ひもを締めるフェリペ。写真 : ロドリゴ・マンズ
毎朝の日課。マテ茶と軽い朝食を取ったあと、新たな1日に備えて靴ひもを締めるフェリペ。写真 : ロドリゴ・マンズ

次にとまったのはダーウィン山脈の中心部に位置する、ジェンデガイア国立公園。この場所を理解するためには、チリ南部の自然保護の歴史のいくつかを知ることが重要だ。パタゴニアでは長いあいだ、牛などの家畜の放牧が産業の大部分を占めてきた。それはまたアメリカ大陸における大虐殺のひとつを促し、この地方に暮らしていた先住民族を根絶させた活動でもある。この産業が残した傷痕は、いまだにパタゴニア全土ではっきりと目にすることができる。この土地は最終的には売りに出され、それを復元して保護する機会としてとらえた団体によって買収された。ジェンデガイアは〈ザ・コンサベーション・ランド・トラスト〉によって購入され、2014年にチリ政府に寄付されたのち、国立公園として指定された。そこは公園として指定はされているものの、いまも未開発のままで公共施設は存在せず、大部分が野生の姿をとどめている。

しかし話が興味深くなるのはここだ。チリ政府は現在、同国の陸上に道を切り開く責務を負う陸軍とともに道路を建設中で、この道路は国内への接続と公園への立ち入りを可能にするが、同時にこの土地を永遠に変えてしまうことになる。この地域で爆薬や重機を使用しながら作業を進める陸軍は、公衆の立ち入りを禁じ、それは僕らの旅の終わりとなりかねなかった。けれどもゴールを達成するために、そして自分が情熱を抱く何かをやり遂げるためには、リスクを承知の上で立ち上がらねばならないと僕は信じている。捕まる可能性は低かったことから僕らは実行を決意し、公園に忍び込む計画を考案した。そこからさらに山奥へと潜入して、この壮大な土地を経験するためだ。

こうした遠隔地を自分の足で旅するには、たくさんの問題を解決するためのさまざまなスキルを要する。写真 : ロドリゴ・マンズ
こうした遠隔地を自分の足で旅するには、たくさんの問題を解決するためのさまざまなスキルを要する。写真 : ロドリゴ・マンズ

人里から遠く離れた場所にはこれまでにも行ったことがあるが、このときの経験は他とは違っていた。そこはあまりにも野生で、あらゆる期待をはるかに超えていた。
そこから僕らは「世界最南端の町」として知られるウシュアイアへと車を走らせた。迎えてくれたのは数か月前にレースで出会った友人のフェデとファクで、宿泊だけでなくトレイルランニングに関してもプランを整え、素晴らしいホストぶりを発揮してくれた。山奥に繰り出した僕らは高い尾根のトラバースをたどり、その道中で氷河、ツンドラ、川、森を走り抜けた。
僕らはまた、ミトレ半島と呼ばれる場所についても学んだ。そこが大西洋に向かって突き出している島の片隅であるということ以外はほとんど知らなかったが、地図の上だと本当に「端の端」に見える。チリと同じように自然資源の採取による圧迫が進んでいるアルゼンチンでは、そこは真の意味で最後の野生地のひとつでもある。ミトレ半島は野生生物にとっても重要な役割を果たし、海からの資源に恵まれたこの土地には毎夏さまざまな種が移動してくる。地元住民はアルゼンチン議会にミトレ半島の保護を求め、多数の非営利団体、科学者、観光業およびガイド業団体、環境保護活動家、そして政治家までがその運動に参加している。この公有地の使用を規制し、最終的には州内の公式保護区として指定することが目標だ。この闘いは政府による具体的な行動がないまま、30年もつづいている。

ウシュアイアでは予期していなかった暑い日に誘われて、 ロス・ヴァスコス氷河にあるナイフの刃のような尾根と高山湖 へとエスケープ。写真 : ロドリゴ・マンズ
ウシュアイアでは予期していなかった暑い日に誘われて、 ロス・ヴァスコス氷河にあるナイフの刃のような尾根と高山湖 へとエスケープ。写真 : ロドリゴ・マンズ

こうした事情のすべては、僕らがそこを見にいくのに十分な動機となった。そこでミトレ半島を人びとに案内するために20年以上を捧げてきた、ウシュアイアの主要活動家のひとりであるアドルフォと連絡を取った。アシカのコロニーを研究するために科学者のグループを半島の海岸部へと乗馬で案内していた彼は、僕らも連れていってくれると親切に申し出てくれた。僕らはそこにいるあいだ毎日ランニングし、その終わりには毎回彼らと会った。彼らと過ごした時間によって、この地域の歴史について興味深い視点を得ることができた。何がそこを独特にしているのか、そしてその保護を脅かしつづけているのかについて。
ミトレ半島は不屈の野生を秘めた場所ではあるが、人間の行動にひどく影響を受けてもいる。家畜産業の痕跡はいまも生々しく、これほど壮大な場所とのその対照は著しい。ここは自然がすべてを支配する世界の片隅である。風、潮、雨、雪にさらされ、飲料水として使える淡水は乏しい。そんな高い報酬を与えてくれる厳しい環境で快適に暮らすことを学ぶには、柔軟になることを余儀なくされる。ここで走るのは、僕が人生で得た最も特別な機会のひとつだ。
このとき僕らの旅は7週間以上つづいていた。最終目的地は海峡を渡ってすぐのところにあるナバリノ島で、世界最南端のトレイルのある場所だ。そのときは無理ではないように思えたが、強風のため港は2日間閉鎖され、僕らがそこに行けるかどうかは定かではなかった。しかし神様がチャンスを与えてくださったらしく、海軍が船の運行を許可したという通知を電話で受けた僕らは、最後の2日間のために荷造りされたままのすべてをつかみ、港へ向かった。

ティエラ・デル・フエゴでは馬は在来種ではないものの、 いまでは島の野生動物の一員として解け込んでいる。写真 : ロドリゴ・マンズ
ティエラ・デル・フエゴでは馬は在来種ではないものの、 いまでは島の野生動物の一員として解け込んでいる。写真 : ロドリゴ・マンズ

天気予報と残り少ない時間を考慮に入れると、僕らがやりたかったことすべてを実行できるとは思えなかった。だから戦略を練る必要があった。初日はできるだけ遠くまでハイキングし、僕がこれまで訪れたなかで最も特別な場所のひとつにキャンプを設置した。このキャンプからはホーン岬を眺めることができた。その小さな陸地の先には、何もない——遥か彼方の南極大陸に到達するまで。
翌日はランニングシューズを履き、ベッティネッリの頂を目指して出発。そこからウィンドホンド湖へ向かった。世界最南端のトレイルで、最も南に走ることのできる場所だ。翌日、疲れて起きた僕らの上には、やさしく雪が舞い降りていた。
トレイルを走ることは、その土地とそこに暮らす人びととつながるための方法のひとつだ。僕らは自然界から学べば学ぶほど、それに引き込まれて尊敬するようになる。世界の果てのこうした場所を——そこに棲む種のために、未来の世代のために、そして僕らのために——守ろうという、多大な努力を目にすることができてうれしかった。自然保護とは美しい場所を守るためだけのものではなく、地球を守るための手段でもあると皆が理解できれば、その重要性はもっと高く評価されるだろうと僕は思う。トレイルランニングは、それをはじめるのには最高のものだ。

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