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日本でも三指に入る修理店激戦区という横浜駅に近い、反町の商店街。「ハドソン靴店」は昭和の時代と変わらぬ佇まいの修理工房だ。写真:五十嵐 一晴
日本でも三指に入る修理店激戦区という横浜駅に近い、反町の商店街。「ハドソン靴店」は昭和の時代と変わらぬ佇まいの修理工房だ。写真:五十嵐 一晴

靴のリペアは思い出の修理

By 倉石 綾子   |   2020/10/23 2020年10月23日

ヨーロッパには「靴はその人の人格を表す」という格言がある。誰もが毎日靴を履き、どこかへ出かけ、誰かと出会う。けれども靴はただの日用品ではない。ライフステージの変化によって選ぶ靴は変わるし、志向するライフスタイルによってフィットする靴は変わるだろう。つまり自分のスタイルや価値観を表現する手段でもあるのだ。だからだろうか、靴には何か特段の想いが込められているような気がするのは。

修理する靴に合わせ、麻糸を縒って松ヤニを塗った手製糸を作るところから作業が始まる。写真:五十嵐 一晴
修理する靴に合わせ、麻糸を縒って松ヤニを塗った手製糸を作るところから作業が始まる。写真:五十嵐 一晴

横浜市の反町駅にほど近い商店街の一角に、特別な修理を必要とする靴が世界中から集まる修理工房がある。「ハドソン靴店」は1961年創業。創業者の佐藤 正利さんは吉田 茂元首相ら、錚々たる著名人の靴を作り続けた靴職人だった。佐藤さんが亡くなって一時シャッターを下ろしていた「ハドソン靴店」だが、その灯を消すわけにはいかないと、弟子だった村上 塁さんが10年前に後を継いだ。以来、“どんな難しい靴の修理もこなす工房”として業界に名を轟かせている。

松ヤニでコーテイングした糸を、摩擦熱を利用して手縫いすることでアッパーとウェルトを接着させる。写真:五十嵐 一晴
松ヤニでコーテイングした糸を、摩擦熱を利用して手縫いすることでアッパーとウェルトを接着させる。写真:五十嵐 一晴

祭事や神事のための靴、特権階級の象徴としての靴、特別なオケージョンのための靴……。靴は長く私たちの暮らしに寄り添ってきたプロダクトであり、機能性や履き心地、見た目の美しさを追求する中で様々な製法、材質、スタイルが生まれ、国によって全く異なる靴文化が育まれてきた。紳士靴一つを例にとっても、英米では質実剛健さが、ドイツでは健康シューズに代表される快適さが、フランスやイタリアではファッション性が重視されるという。そうしたスタイルや素材の違い、複雑さゆえだろうか、靴は完全分業で作られる。紳士靴、婦人靴、スニーカー、成形シューズ(コンフォートシューズ)といった各ジャンルの中でも、木型を作る、デザインする、革のゆがみを最小限に抑えたパターンを起こす、革を裁断する、アッパーを縫い合わせる、各パーツを靴の形に仕上げる……と、実に細かな工程に分かれ、それぞれの工程を専門とする職人によって仕立てられるのだ。

手縫いの作業は、わげさを使って靴を膝の上に固定して行う。「膝が二重仕立てでないとすぐに擦り切れてボロボロになってしまうんです」。写真:五十嵐 一晴
手縫いの作業は、わげさを使って靴を膝の上に固定して行う。「膝が二重仕立てでないとすぐに擦り切れてボロボロになってしまうんです」。写真:五十嵐 一晴

「ハドソン靴店」を継承した村上さんは初めから修理を専門としていたわけではなく、もともとは手縫いの靴作り、それも各パーツを靴に仕立てる「底付」という最終工程を専門とする職人だった。靴職人として浅草の靴メーカーに勤めていたときに「ハドソン靴店」を引き継ぎ、初めて靴修理に向き合うことになる。
「『靴を作れるなら修理だってできるだろう』、そう思われるかもしれませんが、靴は完全分業の世界ですし、新品を作るのと修理するのは技術も道具も全くの別物。それに新品を作る場合、失敗しても新しいものを作り直せばいいので気楽ですが、修理は依頼人にとってかけがえのない、いわば世界に一足しかない靴をお預かりしているわけです。『ハドソン靴店』を引き継いで初めの1年は、プレッシャーで冷や汗が止まりませんでした」

先代の佐藤さんから受け継いだ、紳士靴の修理に欠かせない「コテ」。コンロにかけて熱を加えたコテをソールのコバに押し当てると、ワックスが革目に浸透して保護膜の役割を担ってくれる。写真:五十嵐 一晴
先代の佐藤さんから受け継いだ、紳士靴の修理に欠かせない「コテ」。コンロにかけて熱を加えたコテをソールのコバに押し当てると、ワックスが革目に浸透して保護膜の役割を担ってくれる。写真:五十嵐 一晴

ところで、村上さんが行う修理はただの修理ではない。他店で断られた複雑な修理も行えるのは、手縫いの靴を作る技術や知識を駆使し、修理ではなく「リメイクする」というスタンスで靴の一足一足と向き合っているから。だから修理を受ける際には、何よりもカウンセリングを大切にしている。その靴が何を求められているのか、どんな履き方をされるのか、どんな付き合い方をされているのか。依頼人は高齢者なのか若いのか、どんなライフスタイルを送っているのか、どんなフィット感が好みなのか。一般的に、高齢者は軽くて柔らかいソールを好み、若い人は多少重くて履き心地が硬くても、長持ちするソールを選ぶ。依頼人が靴に何を求めるのか、それに応えることが喜びだという。
「うちに修理を託していただいた靴は、20年もの、30年ものという靴も珍しくありません。かかった修理代で同じ靴を何足も買い直せる、そんなケースだって少なくありません。でも、ものの価値って、値段が高い・安いで決まるものではないでしょう?それに宿るストーリーや背景、そこに佇むモノの気配……そんなことに価値を感じる人が修理を依頼してくるんです」

修理依頼でいちばん多いオールソール(ソール交換)。突き包丁で積み上げたソールを微調整する。写真:五十嵐 一晴
修理依頼でいちばん多いオールソール(ソール交換)。突き包丁で積み上げたソールを微調整する。写真:五十嵐 一晴

村上さんの修理を待っているのは、例えば、リタイアした男性が持ち込んだ、駆け出しの営業マンだった頃にあちこちを飛び回って底をすり減らしたビジネスシューズ。大きな商談をまとめた日に履いていたという、ラッキーチャームのようなシューズ。初任給で背伸びして買った、ちょっといい靴。亡くなった両親から、記念日にプレゼントされた靴などなど、一足一足から依頼人の思いが垣間見える。中でも村上さんの印象に残っているのは、ある時、高齢の男性が持ち込んだ古びた靴だ。依頼人の叔父が満洲で騎馬隊を務めていたときに履いていた軍靴だそうで、すでに100年が経過した年代物の靴だった。少しでもいじったら裂けてしまいそうな靴に丁寧に手を入れ、革を蘇らせてソールを張り替え、再び足を入れられるまでに仕上げた。

「靴の修理は、いわば思い出の修理。他人から見たら、ただの『古くてくたびれた靴』かもしれません。『高いお金を払ってどうして修理に?』と思われるかもしれません。でも、靴ってきちんとケアをして大切に履いてあげれば、何十年、何百年ともつものだから。大量生産の靴を履き潰すのではなく、思い入れのある一足と長く付き合う醍醐味を提案できたらと思っています」

グラインダーをかけて整える。先代が遺してくれた機械も未だ現役で活躍中。写真:五十嵐 一晴
グラインダーをかけて整える。先代が遺してくれた機械も未だ現役で活躍中。写真:五十嵐 一晴

この秋、そんな思いで新たに始めるチャレンジが、オリジナルのセミオーダーメイド靴「HUDSONS」の展開だ。

「他店をたらい回しにされた靴を修理するとき、『こういう風に作ってくれたら修理しやすいのに…』と思うことが度々ですが、それにヒントを得て修理しやすく、長く履き続けられる靴を作る、いわば靴のサスティナビリティに取り組むプロジェクトなんです」
それと同時に、廃れつつある職人の技術も後世に伝えていかなくてはと考えている。靴業界はまさに過渡期の真っ只中にあり、機械化や大量生産化が進んだ結果、手仕事の文化が廃れつつある。“革靴の聖地”ノーザンプトンでさえ、手製靴を作るための道具店がなくなってしまったほど。一方、日本の靴文化はヨーロッパに比べると歴史が浅いものの、靴の技術力に関しては独自に研鑽を重ねた結果、本場を凌駕する域に達している。こうした手仕事を後世に残すためにも、手製靴のリブランディングが必要だと村上さんは感じている。

「かつての職人の世界は腕さえあれば顧客がついたものでしたが、今はそういう時代ではありません。高いスキルと知識、経験値がある職人が、依頼人一人ひとりに向き合って製造から修理までを請け負い、最高の満足感をもたらす。職人だから叶えられる、新しい靴のライフサイクリングを作っていきたいですね」

「ハドソン靴店」のユニフォームであるワークウェアに身を包んだ村上さん。写真:五十嵐 一晴
「ハドソン靴店」のユニフォームであるワークウェアに身を包んだ村上さん。写真:五十嵐 一晴

ワークウェアについて

「一足の靴に込められた思いやストーリーを大切にしている僕たちだから、自分たちが身に付けるものだってメッセージ性のあるものを選び取っていきたい」という村上さんが工房で身につけるのは、シンプルかつファンクショナルなパタゴニアのワークウェアである。愛用するアイアン・フォージ・ヘンプ・キャンバス・ダブル・ニー・パンツオールシーズンズ・ヘンプ・キャンバス・エプロン、メンズ・ファリアーズ・シャツは、通気性を確保することで一年を通して袖を通せるタフなヘンプ・キャンバス素材製。膝が二重仕立ての『ダブル・ニー・パンツ』は擦り切れる心配がなく、リベットを使っていないデザインのおかげで安心して作業できる。メンズ・ファリアーズ・シャツは袖にあしらわれたボタンのおかげで、腕まくりをしてもずり落ちないからグラインダー作業に適しているし、肩やアームホールの作りがゆったり目でハンマーを振りやすい。ワークウェアとはいえ色味もシックで、ボタンのあるデザインのシャツは、「接客の際にはきちんと感を演出したい」という村上さんの意向にぴったり。

もちろん、ただ機能的であるだけでなく、それぞれのプロダクトの背景にストーリーを感じさせるものがいい、と村上さん。屋内外のフィールドで働く人たちのために開発されたパタゴニアのワークウェア・シリーズは、灌漑や合成肥料を必要とせず、他の作物に比べて肥料の使用量も少なくて済むという、環境への影響が少ない産業用ヘンプで仕立てられている。環境配慮型のワークウェアだから、靴のサステイナビリティに取り組む村上さんの職人魂にもフィットするようだ。

「へたったら修理してお気に入りを長く大切に使い続けるという、使い捨てではないものとのつき合い方を、靴やウェアを通じて発信していきたいと思っています」

ハドソン靴店:http://www.hudsonkutsuten.com/

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