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大会があってもなくても、僕はトレイルを整備する

大会があってもなくても、僕はトレイルを整備する

By 千葉 弓子   |   2020/11/13 2020年11月13日

全世界が新型コロナウイルスによって揺れ動いた2020年は、日本のトレイルランニングシーンにとっても激動の一年だった。石川 弘樹を取り巻く環境も例外ではない。プロデュースする多くの大会が開催見送りとなり、トレイルランナーから熱い支持を集める「信越五岳トレイルランニングレース」も12年の歴史の中で初めて中止を余儀なくされた。

そんななか、石川は例年どおり、信越エリアでのトレイル整備に励んだ。今年の最大のミッションは、長年の懸案だった黒姫エリアのぬかるんだ登山道に木道を設置すること。3ヶ月の準備期間を経て、9月にボランティアを募り、一斉作業を決行する。

2日後、森の中に美しい一本の木道が現れた。

石川がここまでトレイル整備に心血を注ぐのは、いったいなぜなのだろう……。現在のトレイルランニングシーンに対する想いとともに話を伺った。

ボランティアとともに完成させた森の中の木道。 写真:下山 展弘
ボランティアとともに完成させた森の中の木道。 写真:下山 展弘

僕らには「責任」があるんじゃないか?

—–まず、いま石川さんがトレイルランニングシーンに対して感じていることから伺わせてください。

僕は信越五岳という大会を通じて、大切なことを伝えられたらと思っているんです。そのひとつがトレイルランナーとしての「責任」です。

トレイルランニングという言葉は、山岳マラソンの歴史文化を土壌にして、15年ほど前から定着しました。それまで山を走る人たちは競技中心だったわけですが、トレイランニングという言葉の浸透とともに、レジャースポーツとして楽しむ人たちが増えていきます。地域貢献やビジネスを目的として全国各地に大会が誕生し、トレイルランナーは急増していきました。

こうした流れのなか、僕はいま、トレイルランに関わる多くの人たちが「楽しみっぱなし」のような気がしてならないんですね。大会主催者は大会を開催しっぱなし、ランナーは走りっぱなし……というか。

たとえばサーフィンという文化には海が不可欠で、スノーボードやスキーはに山や雪が必要です。トレイルランでいえば、道があってこそアクティビティが成立するわけです。その道は、誰かが整備してくれているものなんですよね。

こういう話は、環境問題に近いと思っています。環境保全には「これが絶対に正しい」という答えはないですよね。地球温暖化が深刻化した理由として、18世紀後半に産業革命が起こり、そこからさまざまな技術や産業構造、経済が発展してきたことが挙げられます。そのプロセスのなかで、排出ガスなどに対して企業が責任を果たしてこなかったことが現在に繋がっているわけです。僕たち人間は、便利な社会を構築するために、企業活動を含めて「やりっぱなし」で進んできてしまいました。

それと同様に、トレイルランナーたちはトレイルを「走りっぱなし」にしているんじゃないか。僕らは自然を楽しむためにトレイルを利用させてもらっているわけだから、決して義務ではないけれど、トレイルランナーには整備にも関心を持ってほしい。走ることとセットで捉える必要があると思っています。

「信越ハウス」の一階には大会やトレイル整備のための道具が保管されている。 写真:下山 展弘
「信越ハウス」の一階には大会やトレイル整備のための道具が保管されている。 写真:下山 展弘

誰もが通る登山道だからこそ安全に、美しく整備したい

—–今回、木道を設置した場所はどのような場所なのでしょうか。

信越五岳のコースでいうと、笹ヶ峰エイドからダムの階段を上がり、森を抜けて再び登山道に入るところです。酷いぬかるみで常に足元がぐちゃぐちゃになっていました。コースで使用しているからぬかるんだわけではなく、常に水が滲み出している場所で、完全に乾くことのないトレイルなんです。そのため、ぬかるみを避けるためにトレイルの左右を通る人も多くて、複線化が起きていました。年々、道の幅が少しずつ広がっているのを危惧していたんです。

実はここに木道を設置したのは3回目で、最初に行ったのは2010年のことです。当時は夏に信越五岳の参加者を対象にしたトレイルキャンプを実施していて、そうしたイベントのなかで、ホームセンターで購入した木材を使って、簡易的に整備を行っていました。2015年頃にも再び手を入れたのですが、いつか本格的に作業しなければと考えていました。

今年は6月から、まず僕と妻の枝里子を中心に事前準備を始めました。信越五岳では大会予算にトレイル整備費というものを確保していて、その費用をもとに、枕木120本と天板80枚を調達しました。ちょうど外出自粛が続いているときだったので、緊急事態宣言が解除されたと同時に僕らは神奈川の自宅から妙高に移動して、大阪から届いた木材を迎えました。

20kgの重さがある長さ70cmの枕木を3本並べ、その上に180cm×20cm×4cmの天板2枚を乗せて、木道1セットです。これを39セット、設置する計画を立てました。

整備の前には、関係各所に申請書を出さなければいけないんです。これがなかなか手間のかかる作業で、細かい申請内容を記載した書類をいくつも作成し、その都度、確認してもらい、修正の指摘を受けた箇所を手直しして、全ての申請箇所からGOサインが出るまで2ヶ月弱かかりました。

トレイル整備に必要な申請書類は膨大。作成の多くを枝里子さんが担う。 写真:下山 展弘
トレイル整備に必要な申請書類は膨大。作成の多くを枝里子さんが担う。 写真:下山 展弘

当初は、木材を運ぶ際だけトレイルランナーにお手伝いをお願いして、そこから先は自分たちで設置しようと思っていたんです。でも大会ボランティアチームの班長さんや、普段、地元でいろいろとお手伝いをしてくださるランナーさんにはこうした作業を得意とする方々が多いことから、皆さんのお力をお借りすることにしました。

本来大会が開催される予定だった9月の連休に、一斉に木道設置の作業を行うことを決め、SNSで告知して、2日間で延べ40名ほどのボランティアを募りました。一斉作業の前には、班長さんたちと現地で作業確認も行っています。木材をどう置いて、どういった手順で作業を進めていくかを全部シミュレーションしたんです。事前に僕と妻で39セットの設置場所を細かくすべて決めておいて、当日は班長さんを中心とした設置班がトレイルの奥から順次、設置していくという手順にしました。最後に細かな調整も行い、約80mに渡る木道を造成しました。

20kgの枕木と180cmの天板を作業現場までみんなで荷揚げ。 写真:下山 展弘
20kgの枕木と180cmの天板を作業現場までみんなで荷揚げ。 写真:下山 展弘

—–整備中、ボランティアで参加したトレイルランナーの間から、作業水準を表現する「石川クオリティ」という言葉が生まれたと聞いています。非常に丁寧な仕上がりを目指したとか。

そうですね(笑)。まずこのトレイルはレースだけではなく一般登山者も使用するので、設置する木道は、誰でも安全に通れるものでなくてはなりません。そのため、木道の位置や傾き、角度には安全のため細心の注意を払いました。また、天板を留める穴や板の隙間って、適当に打っていたら絶対に間隔がずれてしまうんですね。そこで、穴の位置、スペースを一定間隔に保つための作業用スケールを自作し、誰が留めても穴の位置や間隔が揃うようにしました。

大会だけのことを考えたら、ここまで手間のかかる作業はしないと思うんですけれど、常設トレイルとしてたくさんの人が通る場所ですから、できる限り丁寧に、誰が見ても美しいと思える整備をしたいという想いがありました。今回、班長さんをはじめ、ボランティアに参加してくださった皆さんは、僕の小うるさい指示に対して、とても丁寧かつ高い志で作業してくださって、本当に嬉しかったですね。

事前に決めておいた場所に木材を設置していく。ぬかるんだ地面は泥の川のよう。 写真:下山 展弘
事前に決めておいた場所に木材を設置していく。ぬかるんだ地面は泥の川のよう。 写真:下山 展弘

レース好きなトレイルランナーにこそ、もっと体験してほしい

—–ここはもともとあった登山道なのですね。

そうなんです。ぬかるみにしても、大会がトレイルを傷めて発生したケースではないんですけれど、選手が安全に通れるように、トレイルをこれ以上傷めないようにと思い整備しました。全国で開催されている大会のなかには、大人数が通過することで、明らかにトレイルを痛めているなと感じる大会もあります。もちろん、大会終了後には整備していると思うのですが、それでもトレイルを傷めていることには変わりありません。

ちょっと言い方がきつくなってしまうかもしれませんが、なんとなく「レース後に整備すればいい」という風潮があるというか、そういう感覚が当たり前になっているような気がしているんです。大会はまず、トレイルへのダメージを最小限に抑える大会運営をしていかなければなりません。コースレイアウトから大会の規模、雨天時の開催基準など、大会を安全に行うと共にトレイルの保全にも配慮しなければなりません。

こういったトレイル整備の話をすると、環境問題と同じように、少し引いてしまう方もいます。だからこそ僕は、作業そのものの面白さ、自然と向き合うことの楽しさ、格好よさみたいなものを伝えていけたらと思っています。それがトレイルランナーとして、大会主催者としての僕自身のスタイルでもあります。

木道完成後の記念撮影。このトレイルはみんなにとって特別な場所になるに違いない。 写真:下山 展弘
木道完成後の記念撮影。このトレイルはみんなにとって特別な場所になるに違いない。 写真:下山 展弘

今回、ボランティアに参加してくれたランナーたちはきっと、木道のありがたさを感じてくれたんじゃないかな。トレイルの存在をはじめ、木道や階段などが設置されていることは決して当たり前ではなく、誰かの、何かの恩恵を受けて、自分たちは走らせてもらい、遊ばせてもらっているということを理解してもらえたら嬉しいです。そうすることで、走り方や遊び方のなかに、人や自然に対する思いやりや優しさのようなマインドが生まれてくると思っています。

—–大会が開催されない年にもトレイル整備を行う石川さんの姿を見て、何かを感じとったトレイルランナーも多かったのではないかと思います。

そうだと嬉しいですね。木道を設置する日のボランティアをSNSで募集したところ、たくさんのランナーが参加表明してくれました。でも、少しだけ残念だなと思ったこともあったんです。

—–どういったことでしょうか?

信越五岳はこれまで10年以上開催していますから、選手、ペーサーも合わせると延べ9000人近いトレイルランナーが走ってくれたことになります。告知した際には、過去に大会を走ったランナーが結構、来てくれるのかなと想像していたのですが、実際には1/3くらいが過去に走ったランナーで、それ以外はこれから信越五岳を走ろうと思っているランナーとトレイルランニングはしない方々でした。もちろん、募集人数が約40名と決して多くなかったので、すぐに埋まってしまい、参加したくてもできなかった方もいたと思うのですけれど。

僕個人の希望としては、頻繁にレースに出ていて情報発信もアクティブなトレイルランナーたちが「今年はレースがないから」と、もっと整備に来てくれたらいいなと思いました。これは想像ですが、もしかしたら整備に対して、何かハードルのようなものを感じてしまったのかもしれませんね。自分ではアットホームに大会づくりをしているつもりですが、選手と主催者との間にまだ距離感があるのかもしれません。

信越五岳トレイル整備のために石川がデザインした刺繍ワッペン。 写真:下山 展弘
信越五岳トレイル整備のために石川がデザインした刺繍ワッペン。 写真:下山 展弘

楽しさと、バランスをとる

—–ここ最近のトレイルランと社会との関わりについては、どのように感じておられますか。

明らかに問題は増えているように思います。レースの数が増えたり、愛好者数が増えたりすれば、どんなスポーツでも問題が生じてくるものですから。最近よく話題にのぼるトレイル上のモラルやマナーの問題もそのひとつでしょう。

大会についても、コロナ禍で開催する大会が少ないにも関わらず、許可申請を怠っていたり、地元との連携が上手くいっていなかったりといった問題が明るみになっています。
あらためて業界全体が気持ちを引き締め、健全なトレイルランニング文化の構築について考えなければいけないなと思っています。

僕がこういうことをしているのも、バランスを取らなければいけないと思っているからなんですね。いまはたくさんのトレイルランナーが情報発信をしていて、レースやイベントなどを通して「走る楽しさ」を伝えています。
そんななかで僕の役割は、トレイルランやレースの楽しみと同じくらいに、トレイルランナーや大会主催者にとっては、トレイルを維持整備する地道な活動も大事だということを伝えていくことにあるんじゃないか、と。

愛する山、森、トレイルを未来に残すために僕らがすべきこととは? 写真:下山 展弘
愛する山、森、トレイルを未来に残すために僕らがすべきこととは? 写真:下山 展弘

2000年代、プロトレイルランナーになった当時は、自分がこんな活動までするようになるとは想像していませんでした。大会運営者としてコースを整備することはありましたけれど。これまで海外のトレイルを走りながら、折に触れ、あらゆるかたちでトレイルを整備する人々の姿を見てきました。その都度、こういった人々のおかげでこのトレイルのコンディションは整えられているのだなと思いました。いまは自分たちが日本のトレイルで、それと同じような姿になっているのではと思います。もちろん海外にはトレイル整備の歴史があり、内容やクオリティは足元にも及びませんが。

さまざまなトレイル整備活動を通して、トレイルランナーとしての生きた証みたいなものが残せたら、それができたら、もう思い残すことはないとさえ思っています(笑)。

レースコースをいつでも通れるトレイルに

—–石川さんが「信越ハウス」と名づけた妙高の家と、神奈川のご自宅を行き来する二拠点生活を始めて3年が経とうとしています。その間にどのような変化がありましたか。

妙高に拠点を構えたことで、より信越エリアの方々とのコミュニケーションが深まったなと感じています。これまであまりトレイルランについて知らなかった方々にも知ってもらえるようになりましたし、「大会のポスターを持ってきたら貼っておくよ」と声をかけてくださる方がいたり、「役立てて欲しい」と地域の新しい地図を持ってきてくださる方がいたりします。犬を散歩させていると、すれ違いに車から挨拶をしてくださったり、信越ハウス周辺では季節ごとに野菜などのお裾分けをいただいたりと、温かな近所づきあいをさせてもらっています。

ご近所さんからいただいた嬉しいお裾分けを仲間と分け合う。 写真:下山 展弘
ご近所さんからいただいた嬉しいお裾分けを仲間と分け合う。 写真:下山 展弘

整備活動をする際には、信越ハウスに大勢の人が集まるのですが、ご近所の方々が駐車スペースを貸してくださったりして、いつも活動を応援してくださるんです。少しずつではありますが、信越五岳トレイルランニングレースが地域に根付いてきているのを感じています。

—–大会が行うトレイル整備には大きく分けて、「大会時だけコースとして活用するトレイルの整備」と「ハイカーや地元の人も通年活用する常設トレイルの整備」があるかと思います。信越五岳では今後、コースをどのように活用していこうとお考えですか。

信越五岳では、地元の行政の方々の協力もあって、レースのためにつくったコースをグリーンシーズン中ずっと通れるようにしていこうという動きが始まっています。雪が溶けてグリーンシーズンが始まる段階で、「SHINETSU FIVE MOUNTAINS TRAIL」と記した矢印看板をトレイル上に設置していく活動を、まず妙高市と地元の地権者の皆さんの協力を得て、妙高エリアから進めているところです。

本来、登山道があるところでも、藪になっていたり足元が悪かったりしてはハイカーさんも通りにくいですよね。今回、黒姫エリアのぬかるみに木道を設置したことで、以前は通行を躊躇していた方たちにも通っていただけるようになるのではと期待しています。

—–最後に、石川さんが想い描くこれからのトレイルランニングシーンについてお聞かせください。

トレイルランナーが自然な形でトレイル整備に関わっていくような、そんな新しいサイクルが生まれたらいいですね。僕たちは誰かが、どこかが維持し、整備しているトレイルを走らせてもらっていて、大会主催者はトレイルを借りて大会を開催しています。そのどちらもトレイルがなければ、環境が整っていなければ、安全・快適に遊ぶことも楽しむこともできません。

少し重い言い方かもしれませんが、トレイルランナーはトレイルを走りっぱなし・使いっぱなしではなく、トレイルを走る・借りる「責任」として、維持管理に少しでも携わることを心がけて欲しいと思います。

その一方で、トレイルランナーが携わることができる整備環境が身近に少ないのが現状です。そのためにも各地の大会主催者や、ホームマウンテン、ホームトレイルを走るショップやコミュニティが一歩踏み出して、走る・使うだけではなく、トレイルの維持管理に携われるような活動の場をつくっていくことが大事だと思っています。

事前準備から手伝ってくれた大会ボランティアチームの班長さん、スタッフとともに。 写真:下山 展弘
事前準備から手伝ってくれた大会ボランティアチームの班長さん、スタッフとともに。 写真:下山 展弘

トレイルに対して意識するようになると、僕は走り方も変わってくると思っています。いま問題視されている自然の中でのマナーやモラルも、それによって自ずと解決されていくんじゃないでしょうか。トレイルの成り立ちや維持管理について理解すれば、思いやりや優しさといったマインドが育まれ、ハイカーに脅威と感じられるような走りはできなくなると思いますし、もっと心の余裕を持って走れるようになると思います。

だからこそ、こうした作業を一度でもいいから体験してもらいたいんです。体験してみると、整備そのものの面白さを発見できますし、これまで以上にトレイルに対して感謝の気持ちを抱くようにもなるでしょう。自分が整備したエリア以外の大会に出場したときにも、ものの見え方が変わってくると思います。

そして、レースに出場するときには、100%レースを楽しんで欲しい。走ること、競い合うこと、仲間と素晴らしい時間を共有することに心を傾けて、大会そのものを存分に味わってもらえたらと思っています。

それが僕のいまの願いです。

大会があってもなくても、僕はトレイルを整備する

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