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テレイサガールでのキティ 写真:アンディ・シェルターズ
テレイサガールでのキティ 写真:アンディ・シェルターズ

不確実性の中で

By キティ・キャルフーン   |   2020/12/11 2020年12月11日

1986年春、アメリカ山岳協会で働いていたとき、同僚のガイド、アンディ・シェルターズからのメモを読んだ。まだ携帯電話もEメールもない時代で、私はスバルで車中生活を送っており、毎日が今とは違う日々で過ごしていた。「来週、仕事の後オフィスで会おう。この秋、いっしょにインドのテレイサガール北壁の新ルートを登りたい。」

それまでにデナリのカシンや、ペルーでいくつかのハードなルートを登ったことはあったが、ヒマラヤ遠征は初めてだ。しかもほとんど知らない人との遠出。コック、連絡員、17人のポーターを含む本格的な登山隊である。

出発の数週間前から本腰を入れて装備の準備に取り掛かった。自分たちでダッフルバッグを縫い、その内側に注意深く燃料カートリッジを隠した。バーナーを吊り下げるためのキットも自作し、市販品には十分に軽量なものがなかったポータレッジも、友人の協力を得てデザインを考え自作した。このポータレッジは幅120cm長さ180cmで、底面は三角形。試しに店先のバルコニーの下に吊るし、中に入った。友人らが通路に立ってそれを激しく揺さぶり、吹雪に見立てた発泡スチロールの粒を私たちに投げつけた。

“「ポジティブな言葉が見つからない時は何も言わないことが暗黙のルールだ。その頂の恐るべき威厳。私たちは数時間、何も話さなかった。」”

インドでは毎日が冒険になるが、それに十分なだけの準備はできたと思った。デリーから登山口のあるガンゴートリーまで、明るい装飾や塗装が施され、房飾りの付いた公共トラックの荷台で移動した。ガンゴートリーは氷河からガンジス河が生まれる場所。ヒンズーの聖地でもある。

4日間のアプローチを経てベースキャンプに近づいたとき、まずテレイサガール北壁のあり得ない急こう配に目が留まった。ポジティブな言葉が見つからない時は何も言わないことが暗黙のルールだ。その頂の恐るべき威厳。私たちは数時間、何も話さなかった。

平常心を取り戻してからは、北壁の基部、氷河の上部に位置する次のベースキャンプまで、広々とした斜面の上を荷揚げしながら、高度順応を開始した。常に日陰のため、気温はずっとマイナス40度前後だ。気持ちがざわつき、叫んだ。「最初にリードさせて。」1ピッチごとに集中することで気持ちが落ち着く。約600メートルの円錐状の氷が金色の花こう岩の岩壁へ続き、上部は黒い泥板岩で覆われ、頂は雪のピラミッドだ。岩壁を二分する魅力的な凹角(ダイヒードラル)を選んだ。

嵐が過ぎるのを待って、キティとアンディは小さなことに集中しようとした。写真:アンディ・シェルターズ
嵐が過ぎるのを待って、キティとアンディは小さなことに集中しようとした。写真:アンディ・シェルターズ

3日間登攀し、標高6,400メートル付近の泥板岩帯に近づいた頃、嵐が来た。当初はこの停滞を歓迎し、嵐が治まったら続行するつもりで食糧を配給することにした。4日間、容赦ない風と雪の中で120x180cmのポータレッジに横たわり過ごしてから、これは深刻な事態であると気付いた。

嵐は強まるばかりで、上方の斜面は新雪の重みに耐えられそうにない。ポータレッジに降りかかった最初の雪崩は恐怖だった。ただでさえ、ポータレッジの角の1つは、そこにかかる負荷をあらかじめ予想していなかったため既に破損しており、ウェビングテープで結んでいた。おまけにポータレッジをアイススクリューで固定していなかったし、それまでそんなことをした人がいるという話も聞いたことがなかった。頭上を覆うフライシートに雪が打ち付ける。目を閉じて祈った。雪崩は一定間隔で発生するようになった。嵐が治まるまで下山は不可能だ。どれくらい続くのだろう。どれくらい生きられるだろう。命はまさに風前の灯火で、自分たちの運命を制御することは不可能だった。

その瞬間から、少しでも確信を装うために、毎日のルーティンを思い付いた。朝9時に起きてインスタントコーヒーを飲む。続いて博学のアンディによる「アルピニズムの歴史・第一部」の講義、その後、昼食のラーメンと昼寝、そして午後2時に起き、「アルピニズムの歴史・第二部」。午後4時、水筒とポットを水で満たす2時間の作業を開始する。ポータレッジの外に身を乗り出して、片方の手で岩の氷を砕き、落ちてくる氷の欠片をもう片方の手のスタッフバッグで受け止めるというサーカスみたいな動作だ。続いて夕食、少し雑談をしてから就寝。カロリー不足で嗜眠傾向にあるため、睡眠はうれしい逃避だ。恐怖も希望も、言葉にしたところで状況は変わらないと分かっていたから、口にはしなかった。代わりに朝のネスカフェのような小さなことに感謝しようと意識を集中した。

「山」写真:ジェイ・スミス
「山」写真:ジェイ・スミス

8日後、ついに嵐が治まり、さなぎの殻から出る蝶のようにポータレッジから抜け出した。下山は長く、つらかった。倒れこむようにベースキャンプに入ると、アンディは食事をとり、満腹になるとしばらくして気を失った。静かにいびきをかくアンディを見つめながら考えた。スリルを求めようと求めまいと人生は冒険。予想しないことが起きる。

あの時も、そして今日にいたるまで、状況にどう対処するかを選べることや、不確実性の中で平穏を生みだせることを大切に思っている。

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