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2020年5月、阿須山中の新緑。未来永劫、この瞬間が幾度となく繰りかえしつづいていきますように。写真:長谷川 順子
2020年5月、阿須山中の新緑。未来永劫、この瞬間が幾度となく繰りかえしつづいていきますように。写真:長谷川 順子

この森を捨てる人間、この森を守ってきた動植物

By 長谷川 順子   |   2021/01/14 2021年1月14日

多くの先住民たちもそのことを切望してきたのだということにいまになって気づき、自分ごとになったいまだからこそ、猛省し、後悔し、詫びる方法がないかと考えています――その森とは、関東山地から東に突出した加治丘陵に位置する、飯能市の阿須山中(あずやまなか)の森のことです。

長年、森林保護に努めている周辺自治体の入間市、青梅市、宗教法人立正佼成会の山林に囲まれた飯能市の市有地の森で、広さは17ヘクタールあります。起伏に富んでいますが、丘陵地のため急峻な山道とは異なり、尾根に出れば、あとはなだらかな稜線を気持ちよく歩くことができます。コナラがとくに多く、ヤマザクラ、ホオノキ、アオハダ、アカマツ、モミ、スギ、ヒノキなど、広葉樹と針葉樹の混交林であり、飯能市が「第6次森林整備計画」のなかで理想と掲げる森が、この阿須山中の森です。樹木も多種多様なら、山野草も相当な種類があり、なかには絶滅危惧種に認定されている希少種も多くあります。小さい可憐な花やカラフルでユニークな形のキノコが人びとの心を潤し、豊かな時間と癒しを与えてくれます。

倒木や枯れ木に発生する小ぶりで愛嬌のあるキノコ、ダイダイガサ。写真:長谷川 順子
倒木や枯れ木に発生する小ぶりで愛嬌のあるキノコ、ダイダイガサ。写真:長谷川 順子

阿須山中は荒川水系となる唐沢川源流域のなかにあります。取り囲むように南と北の両側に小さな沢が流れていて、一年を通して水量も安定しています。この水脈がこの森にもたらす多大な影響が、多様な動植物の生息を可能にしていると考えられています。森全体を歩いていて実感するのは、まさに緑のダムである、ということ。一度くらいの大雨では急激に増水する心配はなく、水源涵養の一端を垣間見ることができます。

ごつごつとした礫から滴る湧き水が沢まで注ぎ込む物語に想いを馳せると、見えてくるものがあります。悠久な時の流れのなかでこの森を守ってきてくれたすべてのものに、感謝の気持ちでいっぱいになります。当たり前のことを、この森は人間に教えてくれている。そう再認識するのです。それでも2019年10月の台風19号は、下流の地元住民たちを脅かしました。立てつづけに大型台風が襲ってきたら、いまの状況では対処がむずかしいようです。したがって、近年頻発する自然災害や気候変動に対しては、相当慎重に考える必要があると思うのです。

この森は60年前まで里山として存在していました。炭焼きや、落葉堆肥、山の恵みを求めて暮らしてきた人間にとって、この森はかけがえのない、なくてはならない時代がありました。その後生活様式が一変し、長く人のいない時間のなかで、阿須山中の森は「ここを選んだ野生生物たちの楽園」となりました。ここを訪れた各分野の専門家たちが、これほど多種多様な動植物の宝庫はなかなかない、と言います。他の地域の森林を多く歩いてきた方がそう言ってくださると、ここを案内する自分も、とてもうれしく思うのでした。

この森の存在を知っている人は限られていました。利用することがなくなった雑木は、この森の深い谷を覆い隠すかのように、大きく枝を伸ばし、そこには沢山の野鳥が集い、さえずりはどこからともなく聞こえてきて、いろいろな声色が森中に響きわたります。この森の居住権は、この森を捨てた人間にあるのではなく、この森を60年もの長いあいだ守ってきてくれた動植物たちにあるように思われます。この森を住処にしてきた多くの草木や動物たちが、日々激変していくいまの窮状をどういう思いで見つめているか、もっと寄り添った形で理解したいと思います。

倒木に群生するムササビタケ。小動物の名前がついているがあまり意味はないらしい。一方、ムササビはこの森にも生息する。写真:長谷川 順子
倒木に群生するムササビタケ。小動物の名前がついているがあまり意味はないらしい。一方、ムササビはこの森にも生息する。写真:長谷川 順子

いま現在の森の主たちの存在を無視した森林破壊を止めること。それが目下の課題です。ここの自然を壊す理由を説明してもらいたいところです。いったん破壊行為がはじまると、次はゴールといわんばかりのすさまじさで突き進んでいます。市民への十分な説明責任という文言は削除したかのようです。つまるところ、私たちに、もう自然を守ることは諦めろ、と催促しているかのように、住民無視を決め込んでいます。

破壊する人たちは、法的に問題ない、と言います。しかし開発は自然破壊であり、自然法則に反する行為です。法が更新されなければ、「終日破壊」のプレートをぶら下げたままになってしまいます。破壊する側も守る側も人間なのですが、なかなか交わることができない原因のひとつに、法的処置が、開発という名のもとに、つねに破壊する側に融通が利くようになっているということがあります。人間が渇望するエネルギープラントでは、自然との共生は、永遠に訪れることはないといわれているようです。その真っ只中に、阿須山中があります。破壊がはじまり、ゼネコンが謳う共生の道がこの現場には永遠に訪れることはないことを教えるはずです。破壊と共生をセット販売する企業たちに、私たち市民はいつまで騙されつづけるのでしょうか。

これを止める方法は、日常にあると思います。法を作る政治家への投票行動も重要なカギになります。アンテナを伸ばし、少しの変化にも敏感に反応していくことで、いちばん近い自然を守ることができます。そうやって地域の問題に対応していくことで、守るほかないのだと思います。これからもこの森の生き物たちとの共生の実現のために、私たちは行動していきたい。自分たちの自由と生命、そして自然と共にある豊かな暮らしのために、私たちはもっと声を上げていくしかないのだと、そう考えています。

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