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リスクの計算

マイキー・シェイファー  /  2021年2月15日  /  読み終えるまで8分  /  クライミング

筆者を病院に搬送するヘリが到着する数分前。パキスタン、シップトン・ベースキャンプ Photo: Mikey Schaefer

リスクとはいったい何だろう。標準的な辞書はリスクを「危険にさらされている状況」と定義し、それはクライミングに当てはまる。しかし、この一般的な定義は狭すぎる。リスクがさまざまな形を取り得ることを考慮せず、マイナス面に着目し、リスクと対価の関係を無視している。リスクと対価は本質的につながっており、どちらも人間が下す意思決定のほぼすべてで役割を果たす。クライマーにとっては特にそうだ。それはつかみどころがない概念でもある。格言に言う「リスクが大きいほど対価も大きい」といった単純な話ではない。どちらか一方でも見誤れば、未知の結果を招きかねないのだから。

クライマーにとって最大かつ最も明白なリスクは、身体的損傷またはその究極にある死の可能性だ。クライミングにそれなりの期間たずさわっていれば、だれでもこの現実を身近に感じる。死ねば重大事であるが、幸いなことにその統計的確率は、ほとんどのスタイルのクライミングにおいてかなり低い。むしろクライマーは、死ほど重大ではないが、より発生率の高いリスク、例えば人間関係の喪失、経済的困窮、自尊心の喪失、人生のその他の面での機会逸失などを受け入れることが増えたように思える。つまりクライミングがすべてではない世界とフルに関わることができないのだ。これらは身体的損傷を伴わないが、だからと言って人生に深刻な影響を与えないと考えるのは浅はかだろう。僕自身は、クライミングを優先することが多かったため、大切な人と健全な関係を維持することに苦労してきた。大学に残り、もっと普通の仕事をしていれば、どうなっていただろうか。おそらく経済的安定は今よりも感じられただろう。

リスクの計算

ヨセミテ、ミドル・カテドラルの新ルート「ファーザー・タイム」に取り組むマイキー。Photo: Jeff Johnson

しかし、対価というメリットよりも、失うものやリスクというデメリットに注目してしまうのは人間の性だ。この偏った見方を、人類は何世紀にもわたって意思決定の材料としてきた。それは自己を安全に保つために仕組まれた進化の本能である。クライマーは世間一般の人々よりもこの偏見に影響されにくい。僕らは頂上に立ったり、長年のクライミング目標を達成したりといった成功を称賛することが得意だ。こうした成功は、自尊心を満たし、自信となり、名声をもたらし、仲間内での評価を高めるなどの精神的対価をもたらす。クライマーは健康上の数々のメリットによっても報われる。身体活動が寿命を延ばすことは実証されている。クライミングはしばしば社会的であり、コミュニティが狭いため、グループ意識や活発な社会的交流を生むが、どちらも長い目で見ると健康によい。そう高校で教わった。周りにあまり馴染めなかった僕は、クライミングに没頭し、次第にこのコミュニティとのつながりを強めていった。クライマーとして経歴が長くなるほど、そうしたつながりは、より強く、より対価のあるものになった。

クライミングに伴うリスクと対価はさまざまであるため、あるリスクを冒すと対価がより大きくなる確率を的確に判定できる単純な公式やモデルはない。そのような公式があったとして、果たして自分はその結果を知りたいと思うだろうか。それはクライミングのこうした未知の冒険的側面(しばしばそれ自体が対価につながることもある)を損ないかねない。クライミングにおけるリスクと対価の公式は、スポーツくじや株式投資のような単一の事象から導かれるものと同じではない。1回の賭けとは異なり、クライマーが考慮すべきリスクは、持続期間が多様である。リスクの中には、束の間の、独立したリスクがある。例えば「このホールドは次のホールドをつかむまで体重を支えきれるか」を判断するときがそうだ。やや長いリスクもある。荒天予報が出ているときに15ピッチのルートを登るかどうかの決断がそうだ。そして時には、世界の果てへの遠征のように長期に及ぶリスクもある。対価は持続時間によっても同様の影響を受ける。難関の岩場を登ったことによる自尊心の高まりは、ほんの数時間または数日しかもたないかもしれないが、多くの時間を屋外で過ごし、定期的に運動することによる身体的・精神的なメリットは一生続くだろう。

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ヨセミテのミドル・カテドラルでマイキーよるファーザー・タイムのフリー初登。 Photo: John Dickey

100ドルの価値はだれにとっても同じと考えるのは簡単だが、実際には全財産がどれほどかによって、その価値は変わる。億万長者は100ドル増えようが減ろうがほとんど気付くまいが、低賃金労働者にとっては、同じ額のお金が生活の質に大いに影響しかねない。時おりクライミングで得られる対価についても同じように考えることがある。初めてグレード5.12のルートを完登したときの気持ちや得られる対価は、同じグレードのルートを100回目に登ったときの気持ちや対価より価値が大きい。このように対価の価値がだんだん小さくなることは、おそらくクライマーが対価も相応に大きくなることを期待して、よりリスクのある、より困難な目標を達成しようと自分を駆り立てる理由の1つである。部外者にとって、それは新たな転換点になるだろう。期待できる対価よりもリスクの方が勝るようになれば、結果としてリスクの高い登攀は減少するからである。自分の27年間のクライミング歴を振り返り、直近の3分の1における変化に気が付いた。より大きなリスクに挑もうとする意欲は増したが、進んでそうする機会が大幅に減ったのだ。リスクの総量はおそらく同じだと思うが、僕がリスクを冒すのは、それがより大きな価値を生むと確信したときだ。それに、自分が得ようとする対価の値打ちが自分のみに影響するだけではないことにも気付いた。

実際のクライミング活動は通常、小グループで行われ、個人主義者の活動として描かれることが多い。リスクと対価が本人とそのパートナーにしか該当しないと考えられているのだ。この仮説は利己的である。リスクと対価がクライマーの家族や仲間にどう影響するかを考慮していない。これまでの人生で、自分の母親に与えた失望と心労を後悔したことが何度もある。次の休暇も会えないといった小さなことだけでなく、母は僕の容体が深刻で救助ヘリが必要だと説明するパートナーからの衛星電話を受けたこともある。一方で、僕がリスクを冒すことで母が恩恵を受けたと思われる状況もある。母は僕が成し遂げたことをとても誇りにしている。つまり自分は親として良い仕事をしたと彼女に思わせた。この数年で分かったことは、リスクと対価を秤にかけるときは、結果によって影響を受けるのは自分だけではないのだから、他の人々も考慮に入れなければならないということだ。

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パタゴニアのアグハ・メルモで、のちに「Jardines Japoneses」(日本庭園)と名付けられるルートに挑むジェンス・ホルステン。Photo: Mikey Schaefer

ドライブをしようとする人は、事故に遭うリスクや可能性を受け入れている。ほとんどの理性的な人々は、このリスクを受け入れるとき、それを軽減するためにできるかぎりのことをする。例えばシートベルトを着ける、安全な車に乗る、保険に入るなどである。善後策は、リスクを受け入れながら、悪い結果に対して自分を守る1つの方法だ。クライマーにとって最も単純な善後策は、ロープの使用である。ロープはどうしても必要なわけではないが、ほとんどのクライマーはそれでケガや事故の可能性を減らせると考えている。1つのピッチに設置するプロテクションを増やす、ヘルメットを被る、レスキュー保険に入るなどは、どれもクライミングのリスクを受け入れながら、不測の事態を最小限にするために用意できる善後策だ。クライマーはある種の重大なリスクをあえて受け入れ、そしてそのリスクを軽減しようとするのだからおもしろい。クライミング・パートナーのほとんどは、僕を安全なクライマーと見なしているけれど、それは僕が、考えられる多くのリスクへの善後策を講じることに長けているということらしい。それでも年々経験を積む中で、どれほど多くの策を講じても悪い結果になる可能性を完全に排除することはできないし、できると思っているヤツは考えが甘いと思うようになった。クライミングのリスクを排除する唯一確かな方法は、クライミングをやめることである。

クライマーは十人十色、各自のリスクと対価の公式もしかりである。人にはそれぞれの偏見、経験、経験値、生まれ持ったリスク耐性がある。僕にとって受け入れ可能なリスクと対価は、他のクライマーのそれらと同じではない。それに僕自身の見方も歳を重ね、新たに経験を積む中で変わり続けるだろう。結局、リスクと対価の公式で最も重要なことは、各要因をできるかぎり細かく分解し、何を得て何を失わざるを得ないか、悪い結果に備えてどのような善後策を講じるか、それらの結果は自分だけでなく周囲の人々にどう影響するかを理解することだ。

ありがたいことに、僕の場合、クライミングのリスクは今のところ十分に価値のある対価を与えてくれており、僕の公式は「登り続けろ」と言っている。

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カナディアン・ロッキーのテンプル山ではめずらしい冬季登攀で、グリーンウッド・ロック・ルートの斜面で最終ピッチを終えようとするジョシュ・ワートン。Photo: Mikey Schaefer

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