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写真:飯坂 大
写真:飯坂 大

コウノトリも、ヒトも。生き物を育む農業

By 倉石 綾子   |   2021/02/24 2021年2月24日

兵庫県北部の豊岡市を中心とする但馬地域は、野生のコウノトリの生息地として知られる。日本在来の大型鳥類であるコウノトリは、かつてはいたる所に生息していたが乱獲の対象となってその数は激減。明治時代中期には、ここ、豊岡周辺でしか見られなくなってしまった。その後、田んぼでの除草剤や害虫駆除剤の使用により餌となるカエルやドジョウ、ナマズが減ったことで生息環境がますます悪化。保護活動もむなしく、1971年に豊岡で野生最後の一羽が死亡し、国内のコウノトリは絶滅してしまったのだ。

「コウノトリ育む農法」で米作りを行う「坪口農事未来研究所」。 写真:飯坂 大
「コウノトリ育む農法」で米作りを行う「坪口農事未来研究所」。 写真:飯坂 大

最後の生息地となった豊岡市では、「コウノトリを再び空へ」という思いを掲げ、生息地域の保全活動を含む野生復帰計画を本格的にスタートさせた。それを支える取り組みの一つが、地域の農家による「コウノトリ育む農法」だ。この農法では「コウノトリ復活のプロセスにおいて鍵を握るのは農業である」と考え、農薬や化学肥料に頼らない強い米作りを行っている。例えば、秋には田に棲む生物のために堆肥や米ヌカを散布し、冬場も湛水してコウノトリの餌になるカエルやドジョウが育つ生態系づくりを行う。生物多様性とおいしい米を育む農法でコウノトリの野生復帰を支えようというものだ。

「コウノトリ育む農法」に取り組む生産者の一つが、豊岡市の「株式会社 坪口農事未来研究所」だ。率いるのは就農7年目の平峰 英子さん。両親が所有していた広大な田んぼを受け継ぎ、IT業界から転身した夫の拓郎さんとともに、2014年から環境配慮型の農業に取り組んでいる。
「私の両親が農業を行っていたころは作業工程がまったく合理化されていなくて、収穫時期には私たち姉妹もモミの入った大きな袋を担いでそこら中を駆け回っていました。帰宅した両親は休む間もなく袋から刈ったモミを出して、乾燥させて。その作業が一晩中、続きます。あれを見て、『将来は絶対に農家にならないぞ』、そう心に誓ったものでした」

ソーラーパネルを設置した「坪口農事未来研究所」の田んぼにて、平峰英子さんと夫の拓郎さん。写真:五十嵐 一晴
ソーラーパネルを設置した「坪口農事未来研究所」の田んぼにて、平峰英子さんと夫の拓郎さん。写真:五十嵐 一晴

農業を継いでくれた義兄が若くして亡くなったことで、図らずも農の道へ。一から農業を勉強する中、県の若手稲作研究会で出合ったのが、地域の生産者が取り組む「コウノトリ育む農法」だった。
「その時に初めて、地域のシンボル的存在であるコウノトリの絶滅に農業が関わっていることを知りました。田んぼに撒かれた農薬は、コウノトリの餌となる生き物の命を奪うと同時にコウノトリの体をも蝕んでいたそうで、死んだヒナを解剖すると高濃度の農薬が検出されたと言います。そのイメージが、若くして病いに倒れ、あっという間に亡くなってしまった義兄の姿と重なりました。当時は義兄の病気のこともあってアレルギーや癌についていろいろ調べていたのですが、リサーチするほどに『健康を支えるのは食である』という確信を得るようになって。コウノトリは田畑の食物連鎖の頂点に立つ肉食動物でしたが、このまま食をおざなりにすれば、いずれはヒトもコウノトリと同じ運命をたどるかもしれない。そんな恐怖心から、せめて主食であるお米くらいは、安心して口に入れられる安全なものを作っていきたい、そんな思いを強くしたんです」

慣行農法に比べると「コウノトリ育む農法」は手間もかかるし収穫量も少ない。それでも通年で収穫できる切り花や野菜、果樹にまで手を広げ、無我夢中で突っ走ってきた。あたりを見回す余裕が生まれたのは最近のこと。昨年からは2人の若手スタッフが加わってくれ、新しいアイデアと行動力で農業を盛り上げてくれている。黒葛 真吾さんと荒木 典海さんはそれぞれ別の企業や生産者の元で農業に従事した経験があり、環境に配慮した農業を志して坪口農事未来研究所に加わったというチャレンジングな作り手である。そんな頼もしい助っ人を得て、平峰さん夫妻は昨夏から新しい取り組みをスタートした。農業と太陽光発電を両立させるソーラーシェアリングがそれだ。

ソーラーパネルの下、コンバインを器用に操って収穫作業を行う。写真:五十嵐 一晴
ソーラーパネルの下、コンバインを器用に操って収穫作業を行う。写真:五十嵐 一晴

「田畑の上にソーラーパネルを設置しようという発想は、農業従事者からはなかなか生まれないものですが、僕たちの場合はエネルギー事業も展開している地元の米穀屋さんからソーラーシェアリングを紹介されたんです。降雨量も降雪量も多い但馬は太陽光発電に向いていないと言われていますが、2年に渡って全国のソーラーシェアリングの現場を視察する中で、但馬でも成立しそうだという可能性を感じ、思い切ってチャレンジすることにしました」(拓郎さん)
「このあたりは阪神・淡路大震災を経験しましたし、そう遠くない場所に高浜原発もあります。そんな土地柄もあってか、『コウノトリ育む農法』しかり、環境にコンシャスな生産者が少なくない。それに、農業をやっていると気候変動の影響をリアルに実感します。38度を超える猛暑日が続いたかと思えば、ゲリラ豪雨に見舞われて田んぼが水没したり。こんな状況で果たして農業を続けていけるのだろうか、そんな危機感さえ覚えるようになりました」(英子さん)

こだわりの黒米は天日干しを行うため、バインダーで刈り集める。写真:飯坂 大
こだわりの黒米は天日干しを行うため、バインダーで刈り集める。写真:飯坂 大

今年は田んぼと畑などを活用して計4機を稼働させたが、作業のやりにくさも感じないし、ソーラーパネルの下の作物の出来が悪いということもなかった。ソーラーパネルを設置することでトラクターやコンバインを入れられなくなることを危惧したが、導入後初の収穫作業も思った以上にスムーズだった、と英子さん。加えて、売電により予想以上の収入を得られた。ソーラーシェアリングで安定した収入を得られればその分を農業に投資でき、つまりは農地保全や若者の新規参入を促すなど、未来を見据えた農業を実現できる。

「一年間の取り組みを通して、育てる作物を工夫しようとか、パネルを支える柱をうまく活用しようとか、課題がいろいろ見えてきて来年以降がますます楽しみに。この取り組みは他県の生産者にも徐々に広まっているようで、視察の依頼も増えてきています。若手の2人はこの柱を使った地域の野菜のブランディングを計画しているみたい。どうせならソーラーの下の作物をすべて有機で栽培しようというチャレンジも進めています」(英子さん)

就農3年目の黒葛さん。種苗会社に在籍して全国の産地を巡っていたが、よりチャレンジングで面白い農業を追求したいと「坪口農事未来研究所」へ。写真:五十嵐 一晴
就農3年目の黒葛さん。種苗会社に在籍して全国の産地を巡っていたが、よりチャレンジングで面白い農業を追求したいと「坪口農事未来研究所」へ。写真:五十嵐 一晴

一方、ソーラーパネルの下で農作業に従事した黒葛さんと荒木さんは、農家の世代交代が進む中、コウノトリ、ヒト、そして自然に配慮した農法に取り組む生産者がますます増えるという手応えを感じているようだ。
「経済成長一本やりの時代の反省を踏まえた取り組みによって、自然は少しずつ再生の方向に向かっています。絶滅したコウノトリがブランドになったことで、たくさんの生産者がコウノトリを取り巻く生態系に価値を見出すようになり、農薬の使用はできるだけ控えよう、土が傷むから機械の使用を最低限にしよう、そんな考え方が当たり前になってきています。これからの農業はもっと良くなっていくと思う」(荒木さん)
「豊岡は若手生産者が多いうえに横のつながりが濃密で、農家から米屋さんまでが一丸となって農業を盛り上げようという気運があります。但馬地域から、チャレンジングで面白い、次世代の農業のあり方を発信していきたい」(黒葛さん)

但馬地域のブランド米で、「コウノトリ育む農法」で栽培された「コウノトリ育むお米」。写真:五十嵐 一晴
但馬地域のブランド米で、「コウノトリ育む農法」で栽培された「コウノトリ育むお米」。写真:五十嵐 一晴

そんな話をする間にも、田んぼの上をコウノトリが悠々と舞っていた。「コウノトリ育む農法」は苦労も多いけれど、こうしたコウノトリの姿を目にすることがモチベーションになる、と夫妻は言う。
「トラクターやコンバインは大量の化石燃料を使いますから、耕耘や草刈りの回数をなるべく減らすとか、ハウスで使うビニールゴミの量を抑えるために、耐久性のあるポリカーボネート製に切り替えるとか、そういう工夫は常に行っています。現在は農業と地域の電力を循環させる取り組みを考えています。次世代の農業の盛り上がる仕組みづくりを、環境への意識を高めながら進めていきたい」(拓郎さん)

ソーラーパネルの下の田んぼで揺れる黄金色のイネには、農業の明るい未来が映し出されているようだった。

ワークウェアの着こなしのお手本のような荒木さん(左)と黒葛さん(右)。お気に入りの「スティール・フォージ・ウインドブレーカー・ジャケット」をお揃いで羽織って。写真:五十嵐 一晴
ワークウェアの着こなしのお手本のような荒木さん(左)と黒葛さん(右)。お気に入りの「スティール・フォージ・ウインドブレーカー・ジャケット」をお揃いで羽織って。写真:五十嵐 一晴

ワークウェアについて

明るく、楽しく、ポジティブに、自然に優しい農業を志す「坪口農事未来研究所」とパタゴニアのパートナーシップは、ソーラーシェアリングをきっかけにスタートした。現在、パタゴニア京都ストアでは「坪口農事未来研究所」が発電した電気を使用しており、今後、使用施設はさらに増えていく予定だ。一方、平峰さんたちが農作業用のユニフォームとして使っているのが、パタゴニアのワークウェア。灌漑や合成肥料を必要とせず、コットンなど他の素材に比べて自然へのダメージが少ない産業用ヘンプで仕立てられるというワークウェアのあり方が、気候変動や生態系を意識する平峰さんたちの胸に響いたとか。「僕はエコロジーとビジネスはバランスが大事だと思っているので、ただ環境に配慮しているという背景だけでなく、その中身も重要だと感じています。お米であればちゃんとおいしいこと。ワークウェアであれば快適かつ機能的であること」と拓郎さん。

特に4人が評価するのは、その着心地の良さ。丈夫さは確保しつつも、着るほどに身体になじみ、肌あたりが柔らかくなる。平峰さん夫婦は、「立ち上がったりしゃがんだりという作業を繰り返しても中身が落ちないポケットの作りや、膝をついて作業をしていても安心な、膝の部分の二重仕立てといったディテールが考え抜かれている」という「オールシーズンズ・ヘンプ・キャンバス・ダブル・ニー・パンツ」を愛用中。釣りが趣味という黒葛さんと荒木さんが気に入っているのは「スティール・フォージ・ウインドブレーカー・ジャケット」。オン・オフを問わず着回しているというジャケットは、防風性、撥水性、耐摩耗性を備えたパーテックス・クアンタム素材で、「スケートボードで転倒して肩をアスファルトに強打した際も、ほつれひとつできなかった」(荒木さん)というから、そのタフネスはお墨付き。「農作業はもちろん、作業後に同年代の生産者と飲みにいく時も、早朝の釣りでも重宝している」という2人のアクティブなライフスタイルになくてはならないワードローブなのである。

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