クリーネストライン


イラスト:アレクサンドラ・ボウマン
イラスト:アレクサンドラ・ボウマン

2030年からの手紙

By エセニア・フネス   |   2021/05/01 2021年5月1日

親愛なる友へ

私はクイーンズでこれを書いています。ニューヨークを離れるとあれほど言っていたのに、いまもここにいます。2030年のいま、街はずいぶん変わりました。あなたにとってはまだ9年先のことですね。それでも、そのあいだに多くのことが起こりました。

2021年、あなたは物事を依然として少し重苦しく感じていることでしょう。私たちのほぼ誰もが覚えている、最悪の年だった2020年に生まれたあなたの可愛い男の子は1歳になりますね。パンデミックが起きたのは、気候変動の影響から社会を守るために私たちがすでに時間と競争しているときでした。

地球温暖化を止める、少なくとも遅らせるためには2030年までしかない、という2018年の報告書を無視した政治家もいました。彼らは経済の活性化を期待して石炭の復活と環境規制の撤廃を試みました。そして、洪水があり、山火事もあり、停電が追い打ちをかけました。あなたは事態がひどくなる前にニューヨークを離れましたが、結局アメリカ南部の嵐に見舞われ、母なる自然の怒りがどんなに恐ろしいものであるかを目の当たりにしました。政治家たちはあちこちで現実に直面せざるを得ませんでした。もはや昔のやり方は通用しませんでした。あの危機に悲嘆し、そしてその体験を、喜びを生むため、希望の種を撒くための、教訓としました。

振りかえってみると、私たちは幸運でした。地球上の多くの生物は2030年まで生き延びることができませんでした。人間は自分たちが苦しめた動物を救うことができませんでしたが、少なくともあなたも私もまだ生きています。でも破滅や混沌に耐えられなかった人もいました。死が訪れ、生きるか死ぬかをみずから選択できない人もいました。最後にあなたに会ったときのことを思い出します。一緒にお宅の新築のテラスに座り、巻き毛が可愛いあなたの息子が育っていく世界に思いをめぐらせました。それは死に苦しめられる世界でした。たくさんの死が、選出された議員たちの足元に広がっていました。彼らは迫りくる数々の危機を信じることなく無視し、化石燃料産業が与える富を一銭残らず懐に入れました。

でも、時代は変わりました。人間はようやく、ただ生き延びる以上のことを学びはじめました。人間は、少なくとも、よりよく生きることを学んでいます。

イラスト:アレクサンドラ・ボウマン
イラスト:アレクサンドラ・ボウマン

さよなら、ビッグオイル!

石油やガス産業の脈はまだあるものの、それらはもう切れた状態です。転機となったのはオスカーを受賞したドキュメンタリー『AGallonofLies(1ガロンの嘘)』だったと思います。この映画は、気候変動を否定するためにビッグオイル(巨大石油企業)が科学と宣伝をどう操作したかを浮き彫りにしました。本作はあちこちで観られ、やがて悪いのは私たちではなく石油企業のCEOたちだということが、テレビのニュースやその他のメディアで暴露されました。

こうした企業に対する世間の認識は一夜で変わりました。アメリカの連邦政府は化石燃料企業への年間200億ドルの直接の補助を終わらせ、その資金をクリーンエネルギーと、それまで石油産業が採掘権を得るために入札していた有色人種社会への投資のために流用しました。政治家が企業献金(とくにこの混乱を引き起こした企業から)を受け取ることは禁止され、いまや政治家は企業のためでなく、国民のために法律を通過させています。

環境汚染をもたらす企業とその禍根を罰する法律を制定する州が増えました。州の司法長官たちは各州の無意味な麻薬撲滅キャンペーンを中止するという賢明な決断を下し、国内の真の犯罪者に目を向けはじめました。黒や茶色の肌の人たちを無闇に投獄するのではなく、鉄格子のなかには利己的な企業の重役たちを送り込んでいます。さらに、刑務所も昔のままではありません。多くの都市は街の取締りの予算の一部を受刑者のメンタルヘルスや社会復帰サービスに流用しています。犯罪者と呼ばれる人たちにも人権があり、少しの自由に値するのです。

いまは電気も電力会社の独占ではありません。各自治体が発電設備を所有しているからです。ナバホ・ネーションの学校の校舎の屋根にはソーラーパネルが並び、ほんの数年前までは子どもたちがろうそくの灯で宿題をしていた近隣の家庭に電気を供給しています。発電技術は10年前に私たちが知っていたような太陽光や風力だけではありません。お高くとまっていたロングアイランド南東部の海でも、ついに洋上風力発電が稼働しはじめました。五大湖地方にはまもなく、渡り鳥の移動を妨げないよう配置された高性能のタービンが誇らしく立ち並び、鉱山が永久に閉鎖されたかつての炭鉱地方の中心部にクリーンエネルギーが導入されることになります。

炭鉱夫は、年配者も若者も、彼らが払った犠牲の報酬として政府の援助を受けています。万一、長年鉱夫を苦しめてきた黒肺塵症を発症したとしても、自腹でその医療費を払う必要はありません。それどころか、アメリカではもはや医療費の個人負担そのものがありません。連邦議会は国民医療保険制度を通過させ、決して忘れることのできない化石燃料産業が引き起こした健康被害に対する医療費の矢面に立たされている地域に、政府がさらに特別な配慮を施しています。

労働者に十分な賃金を支払う盛況なグリーン事業のおかげで、いまでは多くの家庭に経済的余裕があります。この新しい社会で貢献度が極めて重要なブルーカラー労働者は、とくに尊重されています。最近、ある友人が仕事でルイジアナに引っ越しました。彼らが取りかかるのは「がん回廊」のプラスチック精製所にある、放棄された数々の大煙突の解体作業です。このような仕事は今後ますます需要が増えるものです。大学の学位は必要なく、何千ドルもの学生ローンに苦しむこともありません。研修プログラムと認定から必要なことをすべて学ぶことができます。私が若かったころにもこんなシステムがあったらよかったのに、と羨ましく思います。

イラスト:アレクサンドラ・ボウマン
イラスト:アレクサンドラ・ボウマン

また息ができるようになる

数年ほど前から、ダコタ・アクセス・パイプラインをはじめとする劣化したパイプラインが、地中から掘り起こされはじめました。私はパイプの撤去に立ち会い、土地を清めて被害を修復するための儀式を見学しました。スタンディング・ロック・スー族のラコタとダコタの指導者たち、そしてシャイアン・リバー・スー族とヤンクトン・スー族とオグララ・スー族の指導者たちがそれぞれの母語で儀式を進め、それは私にとっても特別な体験でした。かれこれ15年前に抗議運動に集まった数千人が戻り、この土地と、パイプラインが冒涜した神聖な墓地に敬意を払いました。儀式の炎は灰を飛ばしながら夜通し燃えつづけました。私は2016年のスタンディング・ロックでの抗議運動には参加しませんでしたが、こんな雰囲気だったのだろうと想像します。

私たちが住む家の内と外の空気はこのような歩みで改善され、ひと握りの裕福な人間だけでなく、誰にとっても呼吸がしやすくなります。都市でも鉛のパイプやアスベストを建物から排除し、より多くの市長が、良好な健康状態がもたらす経済的利点を認識するようになりました。

かつてアメリカの温室効果ガス排出量の大部分は交通機関が占めていましたが、いまは違います。世界各国の政府が、燃費が悪い自動車の禁止に踏み切ったのです。とはいっても、我が家では電気自動車もあまり使っていません。地元でも世界でも、指導者はきちんと機能する公共交通機関に多大な投資をしています。私たちはできるかぎり電車やバスを利用し、子どもたちはe-バイクに乗るのが大好きです。このあたりの年配者の多くは地下に行くのを嫌がり、また階段の上り下りがないため、バスを好みます。電車の場合は乗るまでの移動方法にまだ問題がありますが、エレベーターも以前よりは普及しています。このように、少しずつですが改善されています。

田舎は都会よりもまだ自動車を頼りにしていますが、かつて「トウモロコシ地帯」だった農村の人たちでさえ、バスや自転車で気軽にあちこち移動できるようになりました。e-バイクもだいぶ普及していて、この近所でも所有しているのは私たちだけではありません。これは官民協働の取り組みのおかげでもあります。地方自治体は雇用主が社員にe-バイクを購入するのを援助しています。駐輪場を作るのは駐車場を作るより安上がりですから。もちろん自動車は高齢者や身体障がい者の移動に欠かせません。ただ以前に比べると自動車が大幅に減ったのはたしかです。

私のお気に入りの変化のひとつは、簡単に自然を見つけられるようになったことです。さまざまな木々や植物があちこちにあります。街の景観からコンクリートやレンガが減りました。公園を地域の菜園にするのも人気です。各家庭が季節の野菜を栽培する小さな区画の横で、スミレなどの野草も育っています。2018年の大規模な山火事で85人の死者が出たカリフォルニア州のパラダイスという町では、紫色の花を咲かせるハナズオウなどの在来植物を植えました。

食品砂漠もいまではほとんどなくなりました。多くの人が自分で食物を育てることをまた学ぶようになったからです。しかも合成肥料や有毒な農薬は使いません。クロルピリホスなど多数の農薬はついに違法になりました。大農場でさえ土壌の耕起を最小限に抑えて、被覆作物を利用する再生型農業の実践を定められています。違法者に対する責任追及はまだ多くはありませんが、それでもいまでは司法制度がなすべき機能を果たしてくれると信じるようになりました。まだ完全ではありませんが、少しずつ近づいています。アメリカ司法長官のジェフ・セッションズが不法滞在者を槍玉に挙げることに躍起になっていたのを覚えているでしょうか。アメリカでは移民がようやく補償と報酬と必要な書類を与えられ、欠くことのできない仕事をして、経済に貢献できるようになっています。

野外での安らぎ

資源採取経済の終焉により、公有地が生きかえりました。かつてグランドキャニオン周辺の土地に傷痕を残した最後のウラン鉱山は閉鎖され、地元住民が適切な安全対策のもとに高給を得て、その清掃作業に従事しています。ホピ族などの先住民族の人たちは、採鉱企業から土地使用料を受け取っています。かつてそうした企業の強欲さにより彼らの飲料水が汚染されたことの代償として。

ベアーズ・イヤーズ国定記念物は、ふたたび全域が記念物として指定されました。先住民部族が歴史的に連携して力を尽くし、先を見つづけた結果です。彼らは先祖代々の土地の保護を決してあきらめませんでした。2021年のベアーズ・イヤーズの再指定は長年にわたる公有地の布告と、先祖から伝わる先住民族の土地を認識して保護する国際的な努力の発端になりました。その結果、これまでにないほど多くの人が国立公園や国定記念物を訪れています。イエローストーン国立公園には、遠方に住む人でも、高速鉄道システムと現地の電気バスを利用して気軽に訪れることができます。私もサウスダコタの「ザ・シックス・グランドファーザーズ」に行く計画を立てています。永遠につづくかに思えた右派の国会議員と先住民族の指導者との闘いのあと、大統領はマウント・ラシュモアを先住民の言葉であるザ・シックス・グランドファーザーズ(トゥンカシーラ・シャクペ)に改名しました。議員たちは山に刻まれた歴代大統領の顔をどうするか検討中ですが、何らかの対策を講じる必要があるのは明らかです。

野外のあちこちの場所で、最古の居住民族によって選ばれた伝統的な先住民の名前が、南部連合の指導者の名前に代わって使われるようになりました。先住民の多くは過去に奪われた土地の権利を取り戻しましたが、まだ法廷での闘いがつづいている事例も多々あります。

街の北にある、あなたが昔ハイキングをするのが好きだったベア・マウンテンのあたりを運転していても、変化が見られます。ハドソン・リバー沿いにあるウエストポイントの陸軍士官学校のリー兵舎(アメリカ南北戦争時の南軍指揮官ロバート・エドワードー・リーにちなんで付けられた名前)は改名されました。ここでは先住民の名前は選ばれませんでしたが、兵舎の名前は士官学校の士官候補生団を指導した初の黒人女性シモン・アスキューから取られました。名称の変更は野外だけでなく、兵舎を含むあらゆるところで実現しはじめています。

こんなにもたくさん希望の光が見えて胸が躍ります。ほんの数年前まではまったく不可能に思えたものです。新しい世界は、もうその道を進んでいるのでもなく、私たちの耳に遠くささやきかけているのでもありません。新しい世界は、いまここにあります。堂々と誇りをもっています。未来はかつてないほど明るく見えます。あなたが小さな息子とここに来るのが待ちきれません。新しい世界は皆を必要としています。

敬愛を込めてあなたの友より

この集合的な未来像は、ムスタファ・サンティアゴ・アリ、エリザベス・ヤンピエール、キャロル・デイヴィス、ハキム・エヴァンス、デイズ・アガジ、中西悦子、キース・シャテンカーク、アリソン・ヒューイットの洞察に基づいて構築されました。

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