クリーネストライン

クライミング

Photo: Austin Siadak

サニーサイド・アップ

By トミー ・ コールドウェル   |   2020/09/07 2020年9月7日

この11月、フィッツ・コールドウェル(6歳)は、ヨセミテ国立公園のサニーサイド・ベンチで、人生初の数ピッチのクライミングを成し遂げた。父親のトミーと一緒に。 フィッツ・コールドウェルの言葉(父親のトミーによるインタビュー) トミー:オースティンと一緒にクライミングに行った日のことを憶えて… さらに読む

夜明け前、セロ・チャルテン(フィッツロイ)東壁の基部にアプローチするコリン・ヘイリー(2018年) Photo:Austin Siadak

単独行

By コリン・ヘイリー   |   2020/06/11 2020年6月11日

1年半前、僕はチャルテン山群にある主要な11座を完登した最初のクライマーになった。だが、いつもこのような記録の達成をある意味ばかげたことのように思っていた。11座のピークに登った最初の人間になった理由を述べるならば、チャルテン山群が僕を最も魅了する山域であり、数々のシーズンをここで過ごし… さらに読む

チャルテン(別名:セロ・フィッツロイ)山頂への最後の斜面を登るロランド・ガリボッティ。例年になく降水や嵐の多いサマー・シーズンで、この天候周期に突入すると山々は雪と氷と霧氷で真っ白になった。彼はコリン・ヘイリーとフィッツ・トラバースにトライした。数年後、最終的にトミー・コールドウェルとアレックス・オノルドによって成し遂げられるプロジェクトである。今回、彼らはトラバースの半分を踏破したが、凍結のため撤退。寒さと風のビバークとなった(2010年)。Photo::Colin Haley

次に訪れるもの

By ロランド・ガリボッティ   |   2020/05/29 2020年5月29日

2008年、パタゴニアのサマー・シーズンが終わりに近づくと、居ても立っても居られない状態になった。それは、ほんの数週間前に、僕はコリン・ヘイリーと長年の夢だったトーレ・トラバースを成し遂げたばかりであるにも関わらず、晴れ間が続くと、僕はコリンと共に、この20年以上自分を魅了し続ける山域へ戻… さらに読む

フィッツロイのカリフォルニア・ルートで、ケイト・ラザフォードはマウンテン・ブーツではなくクライミング・シューズを履けるくらい暖かいことを願う(2011年)。photo:Mikey Schaefer

6年で7つの頂

By ケイト・ラザフォード   |   2020/05/28 2020年5月28日

2013年、マデリーン・ソーキンと私は、フィッツロイのノースピラーにアプローチしていた。氷河にそびえる914メートルの黄金の花こう岩だ。クライミング・パートナーとして、私たちは女性で初めてエル・キャピタンのフリーライダーやザイオン国立公園のムーンライト・バットレスをフリーで登攀するなど、多く… さらに読む

フィッツ・トラバースの7番目のピーク、アグハ・サンテグジュペリに向かう途中、前方を見やり、再び懸垂下降に入ろうとするトミー・コールドウェル(2014年)。photo:Austin Siadak

いるべくして、ここにいる

By トミー ・ コールドウェル   |   2020/05/25 2020年5月25日

パタゴニアへは4回行った。アレックス・オノルドとの縦走、ほとんど空振りに終わった旅、そしてジョシュ・ワートンとはふたりでセロ・トーレ山群の北峰、標高2,700メートルのアグハ・シュタンハルトをガンガン登った。しかし、2006年のはじめての旅は、これまでの人生で最も衝撃的なクライミング体験だった… さらに読む


〈Farm to Crag〉を共同創設したケイト・ラザフォード、ジュリー・フェイバー、リンダ・タイラー。 

一歩一歩進んでいく

By ケイト・ラザフォード   |   2020/04/21 2020年4月21日

私は1月にモンタナの羊牧場にあった、教室がひとつだけの校舎で生まれた。その4か月後にアラスカに引っ越した両親は、森のなかに山小屋を建て、私のためにブランコと空中ブランコも作った。何年間も、私が知っていた交通手段は犬ぞりだけだった。夕食にはサーモンやカモやヘラジカを貯蔵室に保管してある… さらに読む

アグハ・デ・レスの山頂に立つニールズ・ティーツェ。悪天候のなかで僕たちが完登できた唯一の頂。2017年。Photo:Timmy O’Neill

野生の境界に腰を据えて

By ティミー・オニール   |   2020/04/21 2020年4月21日

フィッツロイ山脈に目を向けると、空に歯を剥く顎の輪郭に見えることがある。別の時には、その歯が大望を砕くのではなく支える指となり、大切なものをそっと包み込む手のように見える。その違いは、嵐に見舞われている山を比較的安全なキャンプから見ているか、あるいは嵐の内側から見ているかによって変わ… さらに読む

Photo: Will Strathmann

厳しい逆境

By キティ・キャルフーン   |   2020/02/26 2020年2月26日

ヒマラヤで新ルートを拓くために、パックの重荷にあえぎながら新雪の中を先頭でラッセルしていると、自信喪失に陥ってしまった。仲間の3人の男性たちは私よりもはるかに強く、私の共同装備の分担を軽くすることを申し出てくれた。しかし、私はすべて平等に担ぎたいと伝えた。自分がみんなの負担になりたく… さらに読む

クライミング・レンジャーやクライミング管理人、ボランティアからなるボランティアチームが、エル・キャピタンの頂上にある多くの隠し場所の1つから回収した巨大なゴミの山を見つめる。Photo: Eric Bissell

デポか、ゴミか

By ジェーン・ジャクソン   |   2020/01/30 2020年1月30日

きれいに晴れ渡る秋の早朝、ヨセミテ・サーチ・アンド・レスキュー(YOSAR)の古びたバンが、危険なほどの急ハンドルを切りながら驚くようなスピードでタイオガ・パス・ロードをガタガタと走っていく。私を含む12人は後部でぎゅうぎゅう詰めになり、おしゃべりをしながらバンの内側の壁で体を支えていた。道… さらに読む

「ヨセミテ・バレーはロッククライマーに、この国における究極の挑戦を提供する。ちょっとした易しいルートから、最も困難なルートまで、さまざまなクライミングを見つけることができ、その種類の豊富さに匹敵する場所は他にはほぼ存在しない」スティーブ・ローパー、『A Climber’s Guide to Yosemite Valley』より Photo: Mikey Schaefer

レッドブック

By ティミー・オニール   |   2019/11/18 2019年11月18日

ヨセミテ初のクライミングガイド本からの教訓 「考えたんだけど」と、マイキーがテキストしてきたのは昨年10月のこと。「赤い表紙のヨセミテのガイド本にある推薦ルートをすべて登らないか」僕は即、同意した。それから1週間もしないうちに、使い古された『A Climber’s Guideto Yosemite Valley(クライマ… さらに読む

世界で最もハードなルートのひとつ「ペルフェクト・ムンド」の初登に際し、右手のワンフィンガーから恐ろしいピンチへのデッドポイントという、象徴的な核心のムーブを決めるアレックス。Photo: Ken Etzel

アレックス・メゴスは世界最高のクライマーになれるかもしれない……失敗する方法を学びさえすれば

By アレックス・ローザー   |   2019/10/21 2019年10月21日

フランケンユーラの谷を縫う曲がりくねった道で、アレックス・メゴスが古びたフォルクスワーゲンを走らせている。バイエルンの田舎の6月の青空の下に緩やかな緑地が広がり、道沿いには教会の尖塔を囲んで家屋が立ち並ぶ、まるで絵本から出てきたような村が現れる。アレックスは両親の家から岩場までのこの1… さらに読む

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