クリーネストライン

クライミング

筆者を病院に搬送するヘリが到着する数分前。パキスタン、シップトン・ベースキャンプ Photo: Mikey Schaefer

リスクの計算

By マイキー・シェイファー   |   2021/02/15 2021年2月15日

リスクとはいったい何だろう。標準的な辞書はリスクを「危険にさらされている状況」と定義し、それはクライミングに当てはまる。しかし、この一般的な定義は狭すぎる。リスクがさまざまな形を取り得ることを考慮せず、マイナス面に着目し、リスクと対価の関係を無視している。リスクと対価は本質的につなが… さらに読む

マラ岩西面に眠るラインを探る。自然のキャンバスに魂を吹き込む時間。Photo : Takemi Suzuki

Pass iT on

By 倉上 慶大   |   2021/02/02 2021年2月2日

小川山は奥秩父北西端に位置する日本を代表するクライミングエリアだ。 岩場としての歴史は長く、80年代の日本のフリークライミングの始まりと同時に発展していったエリアであり、見渡す限りの花崗岩峰に刻まれた膨大なラインの数々には、トラッドクライミング、ミニマムボルトといったフリークライミングの… さらに読む

核心のボルダリングパートの最後のムーブに全力をかけるメゴス。最終的に、より洗練したシークエンスにより、体の振れを抑えることができた。Photo:Ken Etzel

一次資料

By アレックス・ローザー   |   2020/12/21 2020年12月21日

2020年8月5日、アレックス・メゴスは3年にわたる60数回のトライののち、セユーズの長期プロジェクト「ビブリオグラフィー」をレッドポイントしました。彼は5.15d (9c)のグレードを示唆し、これをロッククライミングにおける過去最難ルートの候補に挙げています。僕らはレッドポイント後まもない彼と話し… さらに読む

テレイサガールでのキティ 写真:アンディ・シェルターズ

不確実性の中で

By キティ・キャルフーン   |   2020/12/11 2020年12月11日

1986年春、アメリカ山岳協会で働いていたとき、同僚のガイド、アンディ・シェルターズからのメモを読んだ。まだ携帯電話もEメールもない時代で、私はスバルで車中生活を送っており、毎日が今とは違う日々で過ごしていた。「来週、仕事の後オフィスで会おう。この秋、いっしょにインドのテレイサガール北壁の… さらに読む

遠くオロロクエ山を背景にしてラクダが横切っていく。ケニア Photo:Eric Bissell

ケニアのラクダ:はじめての写真

By エリック・ビッセル   |   2020/12/10 2020年12月10日

埃っぽいアーチャーズポストの町で水とビールを補給してキャンプに戻る途中、2頭のラクダがA2ハイウェイを横切っていた。僕らがクライミングをしている、ケニア砂漠にそびえるあの山を背景にした構図だ。JTが車をわきに止め、僕らはそのシーンをスナップに撮ろうと外に出た。最近までこの道路は泥道で、ア… さらに読む

Photo: Austin Siadak

サニーサイド・アップ

By トミー ・ コールドウェル   |   2020/09/07 2020年9月7日

この11月、フィッツ・コールドウェル(6歳)は、ヨセミテ国立公園のサニーサイド・ベンチで、人生初の数ピッチのクライミングを成し遂げた。父親のトミーと一緒に。 フィッツ・コールドウェルの言葉(父親のトミーによるインタビュー) トミー:オースティンと一緒にクライミングに行った日のことを憶えて… さらに読む

夜明け前、セロ・チャルテン(フィッツロイ)東壁の基部にアプローチするコリン・ヘイリー(2018年) Photo:Austin Siadak

単独行

By コリン・ヘイリー   |   2020/06/11 2020年6月11日

1年半前、僕はチャルテン山群にある主要な11座を完登した最初のクライマーになった。だが、いつもこのような記録の達成をある意味ばかげたことのように思っていた。11座のピークに登った最初の人間になった理由を述べるならば、チャルテン山群が僕を最も魅了する山域であり、数々のシーズンをここで過ごし… さらに読む

チャルテン(別名:セロ・フィッツロイ)山頂への最後の斜面を登るロランド・ガリボッティ。例年になく降水や嵐の多いサマー・シーズンで、この天候周期に突入すると山々は雪と氷と霧氷で真っ白になった。彼はコリン・ヘイリーとフィッツ・トラバースにトライした。数年後、最終的にトミー・コールドウェルとアレックス・オノルドによって成し遂げられるプロジェクトである。今回、彼らはトラバースの半分を踏破したが、凍結のため撤退。寒さと風のビバークとなった(2010年)。Photo::Colin Haley

次に訪れるもの

By ロランド・ガリボッティ   |   2020/05/29 2020年5月29日

2008年、パタゴニアのサマー・シーズンが終わりに近づくと、居ても立っても居られない状態になった。それは、ほんの数週間前に、僕はコリン・ヘイリーと長年の夢だったトーレ・トラバースを成し遂げたばかりであるにも関わらず、晴れ間が続くと、僕はコリンと共に、この20年以上自分を魅了し続ける山域へ戻… さらに読む

フィッツロイのカリフォルニア・ルートで、ケイト・ラザフォードはマウンテン・ブーツではなくクライミング・シューズを履けるくらい暖かいことを願う(2011年)。photo:Mikey Schaefer

6年で7つの頂

By ケイト・ラザフォード   |   2020/05/28 2020年5月28日

2013年、マデリーン・ソーキンと私は、フィッツロイのノースピラーにアプローチしていた。氷河にそびえる914メートルの黄金の花こう岩だ。クライミング・パートナーとして、私たちは女性で初めてエル・キャピタンのフリーライダーやザイオン国立公園のムーンライト・バットレスをフリーで登攀するなど、多く… さらに読む

フィッツ・トラバースの7番目のピーク、アグハ・サンテグジュペリに向かう途中、前方を見やり、再び懸垂下降に入ろうとするトミー・コールドウェル(2014年)。photo:Austin Siadak

いるべくして、ここにいる

By トミー ・ コールドウェル   |   2020/05/25 2020年5月25日

パタゴニアへは4回行った。アレックス・オノルドとの縦走、ほとんど空振りに終わった旅、そしてジョシュ・ワートンとはふたりでセロ・トーレ山群の北峰、標高2,700メートルのアグハ・シュタンハルトをガンガン登った。しかし、2006年のはじめての旅は、これまでの人生で最も衝撃的なクライミング体験だった… さらに読む


〈Farm to Crag〉を共同創設したケイト・ラザフォード、ジュリー・フェイバー、リンダ・タイラー。 

一歩一歩進んでいく

By ケイト・ラザフォード   |   2020/04/21 2020年4月21日

私は1月にモンタナの羊牧場にあった、教室がひとつだけの校舎で生まれた。その4か月後にアラスカに引っ越した両親は、森のなかに山小屋を建て、私のためにブランコと空中ブランコも作った。何年間も、私が知っていた交通手段は犬ぞりだけだった。夕食にはサーモンやカモやヘラジカを貯蔵室に保管してある… さらに読む

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