クリーネストライン


サラテ・ウォールからの眺めを楽しむケイレブ・パジェット。 Photo: ©Dave N. Campbell
サラテ・ウォールからの眺めを楽しむケイレブ・パジェット。 Photo: ©Dave N. Campbell

製品テスト:エル・キャピタンでずぶぬれになる

2010/11/22 2010年11月22日

私たちはさまざまな段階でギアをテストします。パタゴニアのアスリートやアンバサダーは、新製品がパタゴニア製品ラインに加えられる前に最新のデザインや素材の力量を試す役割を果たしています。でも何かが納品されたからといってテストが終了したわけではありません。新製品がカタログに登場したら、カスタマーサービスのスタッフは現場検証にいそしみます。カスタマーが聞いてくるであろう質問を予期し、それと同じ目で私たちのギアをテストするのです。
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サラテ・ウォールからの眺めを楽しむケイレブ・パジェット。 Photo: ©Dave N. Campbell
サラテ・ウォールからの眺めを楽しむケイレブ・パジェット。 Photo: ©Dave N. Campbell

フィールドレポート:ヨセミテのエル・キャピタン登攀。2010年10月初旬。
コンディション:ロッククライミングとホワイトウォーター・パドリングの組み合わせのような状況。
テストした製品:ナノ・ストームM10ジャケットR1フーディレイン・シャドー・ジャケット
テスター:パタゴニア・プロセールス部門デーヴ・キャンベル

中国にはこのような格言がある。「もしもあなたが『百万人に1人』のような人物なら、あなたのような人がここには1,300人存在することになる」 21世紀にエル・キャピタンを登るのは、これと同じような状況だ。ピークシーズンには毎日何人ものクライマーがさまざまなルートをトップアウトする。1965年にTM・ハーバートとイヴォン・シュイナードがエル・キャピタン初のグラウンドアップ方式でミューア・ウォールを初登して以来、多くの変化が起きた。

それでもエル・キャピタンはこの広大な花崗岩の海に向けてパドルしようとする人びとに非現実的な経験を提供しつづけている。今月はじめ僕らは壁のど真ん中で、ヨセミテ・バレーを通過する僕が体験した最悪の嵐のひとつに見舞われた。以下はそんな条件でパタゴニアのウェア、そして精神が、その虐待にどう対応したのか・・・についてのレポートだ。

2010年10月3日、午前7時55分のエル・キャピタン。Photo: ©Dave N. Campbell
2010年10月3日、午前7時55分のエル・キャピタン。Photo: ©Dave N. Campbell

サラテ・ウォールは900メートルの垂直の壁を蛇行する一連のスプリッター・クラックで、ロイヤル・ロビンスが「世界最高のロッククライム」と呼んだルート。この使命に燃えるチームを揃えるのに、何本も電話をかける必要はなかった。最初に加わったのは親しい友人で、以前にメスカリートを登攀したときのパートナーだったケイレブ。3人目のパートナーになったマークはちょっと奇妙で超アクティブな19歳。20代まで生き残ることができれば将来有望なクライマーだ。

サラテ・ウォールの4ピッチ目を大いに楽しむケイレブ・パジェット。Photo: ©Dave N. Campbell
サラテ・ウォールの4ピッチ目を大いに楽しむケイレブ・パジェット。Photo: ©Dave N. Campbell

登りはじめたときは天気も良く、雨の可能性は低かった。クライミングは順調で気分も高揚していた。ハーフ・ドラーのピッチ(ルートの下部)で小雨がパラつきはじめたが、空には不気味な様子はなかった。10ピッチ登ったハートレッジでビバークしたとき、また雨が降りはじめ、その夜はあまりよく眠れなかった。ジョン・ミューアがポケット一杯にお茶の葉とパンを詰めてシエラを徘徊したころに比べて、テクノロジーは進化したが、それでも僕はヨセミテのミニマリストの伝統に敬意の念を示すため、登攀には携帯電話を持っていかない。というわけで最新の天気予報を得ることができず、巨大な嵐が太平洋上で出来つつあるということにも気づかなかった。

歯が開いたカムでホロー・フレークのピッチをリードするマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell
歯が開いたカムでホロー・フレークのピッチをリードするマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell

ホロー・フレークは壁の真んなかにあるヨセミテで最も悪名高く恐れられている岩のフィーチャーだ。このセクションをリードするには右のクラックをロワーダウンし、30センチのホロー・フレークに体の一部が入り込むまで振り子トラバースして、必死でフリクションを保ちながらそのオフィズスを這い上がるしかない。クラックは広すぎるので通常のサイズのギアは使えず、すべり落ちたら滑落を止めてくれるギアはほぼない。香港で一緒に仕事をした友人がはじめてサラテに挑戦したとき、ここで落ちた。彼は割れたヘルメットをかぶり、口角から血をたらしながら、リードロープの端にぶらさがった状態で気を取り戻した。マークがリードしたが、彼はリタリンを2倍服薬しているかのように、これまでになく冷静で集中していた。

ホロー・フレークのピッチを這い上がるマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell
ホロー・フレークのピッチを這い上がるマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell

クライマーを狙うこの巨大なネズミ獲りに捕まらずに、そのなかのチーズを盗もうとする僕らの探求はつづいた。僕らの進行は遅く、ホールバッグが何度も引っかかった。そうするうちに重い雲が立ち込め、激しい雨を呼び込んだ。

大きなホールバッグを持ち、土砂降りの雨のなか、ビッグウォールを16本懸垂下降するのにはそれなりの困難がともなう。懸垂下降のラインがトラバースすると問題はさらに大きくなる。なぜなら下だけではなく、横にも向かわなければならないからだ。ここでパタゴニアのレインウェアが登場。ケイレブは防水/インサレーションのナノ・ストーム・ジャケット、マークはレイン・シャドー、僕はM10ジャケットを取り出した。

土砂降りの中のケイレブ・パジェットとマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell
土砂降りの中のケイレブ・パジェットとマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell

ホロー・フレークはそう簡単に僕らを開放してはくれなかった。大きなホールバッグのひとつを持って懸垂下降しているあいだに、懸垂用ロープがはるか右の手の届かないクラックに引っかかってしまった。僕が懸垂しているロープは壁をまっすぐ垂れず、U字になっていた。不幸にもループのUがVになるまでこのことに気づかず、ロープのスラックが取れなくなってしまった僕は、次のラッペル・ステーションまで下降ができなくなった。この状況についての特筆すべき点は、ホロー・フレークは嵐のなかでは巨大なじょうごになってしまうことだ。引っかかったロープを外そうと無駄な格闘をしたこの後の15分間は、まるでホワイトウォーター・カヤックをしているようだった。それは大きな急流ではなく、レインジャケットのフードと袖口から水が入り込んで来るなか、空中300メートルの滝の下で身動きできない状態だ。普通ならクライマーはプルージックで懸垂ラインを登るだろう。だが重いホールバッグを下げた状態ではそれも不可能だった。手は感覚を失い、歯はガタガタふるえ、近くの壁を稲妻が直撃していた。こういうときこそ客観的な考察と、「インディアナ・ジョーンズならどうするだろう」という思考をバランスよく発揮しなければならない。

土砂降りの中のケイレブ・パジェットとマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell
土砂降りの中のケイレブ・パジェットとマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell

僕らの運を変えたのはもしかしたらTM・ハーバートがくれた、棚のいちばん下段にあった魔法のイワシの缶詰だったのかもしれない。あるいはエル・キャップがたんに僕らを勘弁してくれただけなのか…。大量の雨が突然、引っかかったロープを外してくれたのだ。(皮肉だろう?)そしてそのあとすぐ、僕はラング・レッジに降り立った。

まったくの気違い沙汰。滝の中を懸垂下降するマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell
まったくの気違い沙汰。滝の中を懸垂下降するマーク・シーロス。Photo: ©Dave N. Campbell

僕は骨まで冷えていたが、R1フーディを(M10ジャケットの下に)着て、クライミングヘルメットの下にポーラテックのフードをきっちりかぶると僕の体は暖まり、アイスクリーム頭痛も癒した。ずぶぬれになったにもかかわらず、ケイレブのナノ・ストーム・ジャケットに入っているプリマロフトのインサレーションはまだ濡れておらず、マークのレイン・シャドー・ジャケットもマークをドライで温かく保っていた。それから残る6本の滝のなかの懸垂下降を終えて地面に立った僕らは、ヨセミテ救助隊キャンプのスコット・デピュティーの誕生パーティに出向いた。

TM・ハーバートのイワシの缶詰とずぶ濡れの著者。Photo: © Mark Seelos
TM・ハーバートのイワシの缶詰とずぶ濡れの著者。Photo: © Mark Seelos

エル・キャピタンが1965年にイヴォンとTMが手製のギアと23キロのホールバッグ2個で未知へと旅立ったときと同じ野獣に戻ることは、もうないかもしれない。だが実際にこの大岩壁のほとんどが探検され尽くしたいまも、それは自己発見(そして言うまでもなくフリークライミング)の場である。中国にはもうひとつ格言がある。「『騎虎難下』、つまり一度虎に乗ったら降りるのはむずかしい。僕はまもなくもう一度エル・キャップを登るだろうと思う。そのときもまたTMが僕の冒険をイワシ缶でスポンサーしてくれるかもしれない。

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