クリーネストライン


97人のパドラーたちがまだ見えぬオアフ島に向かってスタートする。写真:木下健二
97人のパドラーたちがまだ見えぬオアフ島に向かってスタートする。写真:木下健二

来年も10年後も、僕はこのKaiwi海峡をアウトリガーカヌーで航海する

By 金子ケニー(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)   |   2012/05/14 2012年5月14日
97人のパドラーたちがまだ見えぬオアフ島に向かってスタートする。写真:木下健二
97人のパドラーたちがまだ見えぬオアフ島に向かってスタートする。写真:木下健二

世界各国のトップパドラーが集まる一人乗りアウトリガーカヌー世界大会「Kaiwi World Championships」は、モロカイ島のカルアコイからオアフ島のハワイカイマリーナのKaiwi海峡を横断するレースだ。この海峡はハワイで「Channel of Bones(遺骨の海峡)」と知られている海峡で、ハワイアンや古代ポリネシアの人びとがアウトリガーカヌーに乗って航海する、そして非常に荒れることで有名である。普通に漕ぎの速さを競うレースではなく、ハワイの文化や歴史を祝い、荒波や強風や海流を味方にしながら52キロメートルのあいだハワイの大自然とどれだけ調和できるかが試されるレースだ。今回は人生2度目の参戦となった。

モロカイ島の北西側にあるカルアコイへ到着。モロカイ島を訪れたことのある方はご存知だと思うが、この島に町は1つしかない。信号などは1つもないぐらいの田舎だ。スタート地点のカルアコイにはもちろんWi-Fiや電波など飛んでいない。モロカイ島では、日本やワイキキで聞こえる飛行機や車の音ではなく、耳に届くのは鳥の鳴き声や力強い波の音、そしてヤシの木を揺らすトレードウィンド。イノシシや七面鳥といった野生動物を見かけることも珍しくない。レース4日前にモロカイへ到着するとハワイの大自然のパワーを感じ、ここに来るまでのプロセスを振り返る時間がはじまる。そしてレースがはじまる。

このレースに出場するため、昨年の11月から今年の4月まで、週6日練習してきた。日本の冬の朝に漕ぐのは、手先からつま先まで感覚が無くなるほど寒く、非常に辛い。ハワイで漕ぐのと比べると大違いだ。寒いのでボードショーツ1枚で漕ぐことなどもちろん不可能。毎朝6時に起き、ベースレイヤー、インサレーション、シェル、ビーニー、ウェットパンツ、ブーツを履き、カヌーを置いているクラブのハラウ(クラブハウス)へ向かう。外はまだ暗くて寒いが、葉山の夜明けの空は美しい。漕ぎはじめると海面から靄が出ているなかを、一漕ぎ一漕ぎ霧を切っていく。まるで空を飛んでいる感じだ。太陽が山から顔を出すころには気温も少し上がり、霧も消えて江の島方面に月が沈む。飛んでいるトビウオを見かけることも珍しくない。ハワイとは違うが日本の自然も素晴らしい。

1人で朝練をすることもあれば、他の仲間たちと練習をすることもある。そして僕のパドリング人生にいちばん大きな影響を与えてくれた父も練習に付き合ってくれる。練習のあとはハラウに住んでいる母が毎日暖かいコーヒーを用意していてくれる。そしてサーフ東京に出勤すれば毎日、「今日も練習したの?」、「お疲れさま!」と声を掛けてくれる仲間がいる。レースに出て結果を出すのも大切だが、そこまでたどり着くプロセスも結果以上に大切だと思う。この5か月間応援してくれた人びとの優しさや感謝の気持ちを忘れずにレースに出場するための志はできた。

レース当日、大きなうねりの音で目を覚ます。まだ外は暗いが、はるか遠い北海道沖の低気圧から発生したうねりがモロカイ島まで届いているのがわかる。風も前日より上がり、オアフ島に向かって一直線にトレードウィンドが吹く。そんななかスタートラインへ向かった。

スタートラインに並び、96艇のカヌーに囲まれ緊張感が高まるなか、スタートを切った。これだけ大人数のパドラーたちが集まるとすごい迫力だ。そしてスタートして10分後、いよいよ海峡に突入。大きなうねりに囲まれ、うしろからは強烈な追い風が吹く。集団となって漕いでいたパドラーたちが散らばって、それぞれのコース取りでオアフ島を目指す。海流やうねり、風を読んでコースを取るのも大切だ。

このレースでは各パドラーにエスコートボートが1艇つく。このエスコートボートにはパドラーのアシスタントが乗り、水分とエネルギー補給の手助け、コース取りの指示、応援をしてくれる。今年は嬉しいことに日本から父と友人が乗ってくれていた。そしてうねりに乗るたびに声を出してくれていた。

海流、うねり、風を感じながらKaiwi海峡を渡る。写真:木下健二
海流、うねり、風を感じながらKaiwi海峡を渡る。写真:木下健二

スタートしてから1時間半、ようやくかすかにオアフ島が見えてきた。僕は太平洋の真ん中で、ハワイのパワフルなうねりと風に包まれている。日本沿岸部とはまったく違ううねりだ。まさにハワイアンたちが何千年も前から渡っていた海と同じ。見たことも無いディープブルーの海がその歴史を語っている。うねりを1つ、2つ、3つ乗りつぐ。時速20キロメートル以上の最高のスピード感を味わうことができる。ここから3時間半地点まではうねりを上手く繋ぎ競うことではなく、どれだけ自分がこのハワイの大自然と調和し、そして受け入れられてもらえるかを意識しながら漕いだ。

気づいたときにはオアフ島の海岸線に到着。3時間半が経過していた。心拍数180というハイペースで漕いでいたせいか一瞬で疲労を感じた。オアフの崖から跳ねかえってくるうねりがカヌーを揺らすたび、全身が悲鳴をあげる。途中で何度もリタイアしたいと思うほどだった。そして近くにいた2艇のカヌーに引きはなされた。いちばん苦んでいたこの瞬間、エスコートボートからの掛け声に助けられている僕がいた。彼らはこの4時間のレースのあいだ、立ちっぱなしで声援を絶やすことなく、応援してくれた。いま自分が1人で漕いでいることではなく、この瞬間にたどり着くまでのプロセスを一緒に過ごした仲間がいるという喜びでいっぱいだった。そして最後の30分、日本で応援してくれていた家族やパドラーの仲間たち、パタゴニアの皆の顔が浮かんだ。ラスト1キロメートルで前にいた2艇を追い抜いてフィニッシュ。4時間6分、97艇中25位。フィニッシュした瞬間、皆への感謝の涙が止まらなかった。

ハワイの大自然とサポートしてくれるエスコートボートに包まれながら漕ぐ。写真:木下健二
ハワイの大自然とサポートしてくれるエスコートボートに包まれながら漕ぐ。写真:木下健二

レースを終えていちばん感じたのは好タイムと高順位への喜びではなく、感謝の気持ちだった。そして僕は誓った。ハワイのアウトリガーカヌーの歴史や大自然から力をもらいながら、来年も10年後も、僕はこのKaiwi海峡を航海すると。

金子ケニーの活動ブログはこちらから、またアウトリガーカヌーに興味のあるかたは〈オーシャン アウトリガーカヌー〉のサイトもご覧ください。

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