クリーネストライン


写真:村山 嘉昭
写真:村山 嘉昭

ドラゴンがやっちろを駆け抜ける

By 吉田 諭祐   |   2021/07/21 2021年7月21日

熊本県第二の都市、八代(やつしろ)市。やっちろと呼ばれるこの地域はかつては林業やいぐさ産業、貿易産業が栄えていたものの、近年では陰りの一途をたどっています。私、吉田は生まれも育ちもやっちろ。18歳の時に故郷を飛び出し、発動機関連の仕事に従事。32歳を迎える数日前に帰郷し、保育園に勤めていた母親の影響もあり、保育士の道へ。それから5年ほど経った37歳の時。九州脊梁山脈トレイルで、トレイルランニングの虜になりました。

ドラゴントレイル誕生
2019年1月。日本最古級(1億3300万年前)の恐竜の骨が八代市坂本町で発掘されます。偶然にも八代市には八竜山、竜峰山、竜ヶ峰と竜にまつわる3座がそびえています。古代恐竜とこれらの山に想いを馳せたときに、急にこの3座を巡るトレイルコースが脳裏をよぎりました。竜3座をかけてドラゴントレイルと呼ぶことにしました。

同年4月吉日。仲間内で開催したランニングイベントの名を「第1回やっちろドラゴントレイル」と命名。スタート・フィニッシュを坂本町の温泉施設「憩いの家」に設定し、坂本町が盛り上がるようなコースレイアウトを設定。ランナー7名とサポート1名でトレイルランニングが一切根付いていなかったやっちろを駆け抜けました。帰路には、球磨川沿いの桜並木にSL人吉が颯爽と走り抜けていきました。

「第1回やっちろドラゴントレイル」の立ち上げメンバーの7名。すべてはここから始まった。写真:吉田 諭祐
「第1回やっちろドラゴントレイル」の立ち上げメンバーの7名。すべてはここから始まった。写真:吉田 諭祐

球磨川の雄大な美しさを改めて体感し、このコースの魅力をどのようにアピールしていこうかなどと話し合いつつ、一同でフィニッシュ。しかし、このコースレイアウトはトレイルセクションが少なく、多くは舗装路のロードセクションであり、車の通りが激しく、リスクがともなうものでした。

同年5月。前回のロードセクションを回避し、トレイル率を向上するため、袈裟堂集落にある古の廃道に着目しました。熊手とノコギリを備え、一人で入山。獣の住処と成り果てた廃道は、蓄積し続けた落ち葉で覆われ、幾多もの蟻の巣が形成されており、廃道のありのままの姿を目の当たりにした瞬間でした。同時にトレイルラン不毛の地にトレイルワーカーが出現した瞬間でもありました。

踏圧に弱いトレイルに木段を打ち込んで強度を高める。写真:吉田 諭祐
踏圧に弱いトレイルに木段を打ち込んで強度を高める。写真:吉田 諭祐

初めてコース整備をして以降、年間10回以上ものコース整備を、仲間と行うこととなりました。コース整備の勢いは、袈裟堂集落にとどまることはなく、その先のトレイルへと手を広げます。とはいえ、台風の被害を受けやすく倒木等で不通となっていた渋利遊歩道の開通には苦労しました。この遊歩道は登り口も降り口も見つけにいくほど荒廃していましたが、山頂からの降り口を見つけ出し、樹木で塞がれた遊歩道を藪漕ぎ。しばらくすると、基礎となる土壌が流出した階段が姿を現しました。恐る恐る階段を降りるも、その先には倒木につぐ倒木。なんとか降り口にたどり着きチェーンソー有資格メンバーを筆頭に、仲間の力を合わせ切り開いていきました。
今や「やっちろドラゴントレイル」名物セクションとなった今泉遊歩道は、このような木段が朽ち果てていたセクションでしたが、建築士や本職の大工仲間など多くの強力を得て、100本以上の木段を設置し新しく生まれ変わったのです。

大会の開催以外に思いもよらない嬉しいことも。それは、不通となっていた山域が通れると聞いて、高齢のハイカーさんが来るようにまでになったのです。
私たちの活動が地元ハイカーの心まで響いたことに、胸が熱くなりました。

九州全県からのトレイルランニングイベントへ
第2回やっちろドラゴントレイルは、2019年の8月に開催することになりました。自分勝手なことを言うと、9月に控えた水上でのレースに向けた強化練習として日程を調整した目論見でした。そこで、Facebookのイベントページを開設し、仲間を誘おうと思ったところ、見知らぬ参加ボタンがポチリポチリ。
八代の500m級の低山を巡る53kmのイベントに九州全県から、50名もの参加表明がやってきたのです。私の落ち度で、イベントページは非公開ではなく公開ページとなってしまっていました。

急遽、実行委員会を立ち上げ、参加者の怪我を案じて、参加費として保険代の500円だけいただくことにしました。しかし、驚いたことに、地元の方々からは協賛金を頂き、参加賞にはマイ箸や箸袋、地元産の玄米、地元のラフティングのサービス券をいただき、コース上のエイドには手作りおにぎりやオーガニックのパン、さらには地元名産の梨、そして晩臼柚シャーベットまでもが用意されました。また、音響設備や選手を送迎するバス等は、友人や勤務先からのレンタルで担うことができたのです。

前夜祭及び前泊宿は球磨川のほとりにある旅館「球磨川温泉 鶴之湯旅館」。出走ランナーには3時30分の朝食を、2時過ぎに旅館を出発する運営側の私たちには、早朝弁当を届けてくれるというような、特別なはからいをいただき、トレイルランニングを通じて坂本町を盛り上げようとしている私達への皆さんの厚意はこの上なく嬉しかったです。

2019年8月11日未明の早朝5時。真夏とはいえ、日昇時間の遅い熊本八代は暗闇の中、48名ものランナーが集まっていました。トレイルランニング不毛の地に、これだけのトレイルランナーが結集した様子は、八代のトレイルランニングの夜明けと評されても申し分ない光景でした。

第2回やっちろドラゴントレイルスタート。写真:吉田 諭祐
第2回やっちろドラゴントレイルスタート。写真:吉田 諭祐

選手らは憩いの家をスタートすると、八竜山(標高498m)を目指します。ピークを迎え、約1.8kmで480mをも急降下した後は今泉遊歩道です。美しく雄大な球磨川にかかる西部大橋を渡ります。

第1エイドは袈裟堂(12km地点)にある民家。コース整備活動をするようになった当初から、湧き水があるため、このお家こそがエイドポイントだと感じていました。奇遇にも私が勤務する保育園に在園している幼児の祖父のご自宅で袈裟堂エイドのお願いを快く受けてくれたことがきっかけで、袈裟堂エイドステーションとしてこの地域が活性化し、袈裟堂集落の方々との触れ合いが生まれました。

袈裟堂トレイルを登り、次なるピークは妙見上宮跡です。往路のみが妙見上宮跡へ。待ち構える竜の背骨のような山脈を望むことができます。そこから子安観音へと降り進みます。周辺は八代平野の水の恵みとなる源流で、古の原生林のような神秘的な山域。妙見中宮まで駆け下り本宮となる妙見宮を参拝した後、777階段東片町自然公園(第2エイド・19km地点)へ向かいます。

朝を迎え、日差しが降り注ぐ最中、気温は上昇し、灼熱の時間を迎えるというのに、颯爽と駆ける選手らは皆、笑顔。トレイルランニングと初めて触れ合うエイドスタッフは驚きを隠せない様子です。エイドスタッフ総出で、全ランナーを手厚く受け入れ送り出してくれました。
選手たちは777階段を登り、竜峰山(標高517m)へ。

トレイルランニングは時として、人を陽気にさせます。写真:吉田 諭祐
トレイルランニングは時として、人を陽気にさせます。写真:吉田 諭祐

竜峰山は多くの竜が集まり、妙見神とともに寝床についたとされる神聖なる山として知られています。竜峰山から竜ヶ峰(標高541m)の山域、竜の背骨のような荒々しい岩場のフィールドを抜けると、鋭い岩峰の居鷲岳(標高130m)にたどり着きます。その先にあるのが、折り返しとなる東陽町。

かくして、第2回やっちろドラゴントレイルは、出走ランナー48名のうち、完走者は24名(完走率50%)の結果となりました。厳しい完走率ですが、トレイルランニング不毛の地において、幕開けとなる1日だったことは言うまでもありません。

継続していくトレイルワーク
真夏の炎天下。アスファルトの舗装路が灼熱地帯だとしても、山中のトレイルでは涼しさを感じられることがわかりました。これはトレイルランを通じて知った発見でした。「やっちろドラゴントレイル」を単なるイベントにするのではなく、大会を通じて環境問題への警鐘を発信するのも大きな目的の一つだと考えるようになりました。
この山域は鹿の食害を受けている山域で、本来の植生や生態系を失いつつあります。ですが、トレイルランを通して、山々を単に走り抜ける楽しみだけでなく、この楽しみを生み出すフィールドを後世にバトンタッチすることもトレイルランナーの役割だと思ったのです。

土留め用の木材を仕込み中。写真:吉田 諭祐
土留め用の木材を仕込み中。写真:吉田 諭祐

廃道と化した登山道を活用し、開催できた第2回大会後も整備すべき箇所は多く、その過程で人が定期的に山へ入るサイクルが徐々に定着していきました。仲間と共に楽しく木段を担いで登ったり、家族とのハイキング中に木段を設置したり、楽しみながらトレイルが整備されていきました。

第3回やっちろドラゴントレイルを2020年8月9日に開催することを決め、着々と準備を勧め、あと数名で定員に達するであろうときに、未曾有の一日が訪れました。

令和2年熊本豪雨に伴う球磨川の氾濫
2020年7月3日夜から7月4日未明まで降り続いた雨は巨大な大蛇のごとく猛威を奮い、一晩にして球磨川を氾濫させ、市内を飲みこみました。国道も崩落し、大会の舞台となる坂本町へアクセスできる状態ではありません。

翌4日8時30分。球磨川最上流の市房ダムの放流という情報と共に八代海は大潮を迎えました。堤防はあと数メートルでオーバーフローを迎える中、家族とともに、車でいち早く球磨川から離れる決断をし、避難。球磨川から離れるためには、球磨川そして前川の上の橋を2本越えないといけません。大渋滞の橋で、車は停滞。わずか数メートル下には荒れ狂う河川が見えた緊迫した瞬間でした。10時頃、市房ダムの放流は解除され幸いにも無事だったのですが、頭の中には坂本町のことしかなく、「やっちろドラゴントレイル」のトレイルを使って、いかに被災地坂本町へアプローチするかばかりを考えていました。

道路沿いの家屋は軒並み姿を消してました。写真:金澤ゆう
道路沿いの家屋は軒並み姿を消してました。写真:金澤ゆう

5日早朝。クロスバイクにて袈裟堂入り。泥まみれになりながらも、袈裟堂の安全を確認し帰宅。昼食を食べ、「やっちろドラゴントレイル」の今泉遊歩道へ向かい、渋利集落、鶴喰集落、球磨川本流へと巡りました。

球磨川本流は坂本橋や深水橋が崩落し川へ転落していました。
支流からの土砂のぬかるみを何度も乗り越えては支流からの雨水が洗い流していきました。国道219号線をくだり続け、国道219号線の完全崩落箇所をよじ降りて通過。
本流の水位は平時の水位並みに低くなっており、身の危険は感じませんでしたが、電柱には人間の背丈をはるかに上回る高さまで濁流に流され引っ掛かった草や漂流物が張り付いていました。

川岸には土砂が押し寄せ国道219号線は完全崩落していました。写真:金澤ゆう
川岸には土砂が押し寄せ国道219号線は完全崩落していました。写真:金澤ゆう

自然の容赦ない猛威と人間のちっぽけさを感じつつ、この坂本町の現状から大会は開催できるのか、自分達に出来ることは何なのか、50代が若手とされる超高齢化社会と化した坂本町はこの先どうなってしまうのだろう。そんな漠然とした不安を抱えながら、袈裟堂集落の方々からお願いされた西部集落の泥掻き作業に汗を流し、壮絶な1日を終えました。

チームドラゴン発足
この雨でも奇跡的にトレイルはほぼノーダメージでした。この状況下で私たちがやらなければならないことは何か。それは大会の開催ではありませんでした。7月9日、第3回やっちろドラゴントレイルは無期限延期を発表しました。そして「豊かな球磨川をとりもどす会」と連携し、「坂本町災害支援チームドラゴントレイル(通称:チームドラゴン)」を立ち上げました。

「豊かな球磨川をとりもどす会」の事務局長のつる 詳子さんの坂本町の方々との繋がりは根強くも幅広く、被災された方々の要望を素早く拾い上げ、支援物資を収集、整理しては、被災地へ送り届けるといった大きな役割を担われていました。
私達は大会を通じて、仲間と積み重ねてきたコース整備活動から被災地での支援活動へと切り換え、被災地域の復興こそが私達に課せられた大きな役割だと一致団結。力強く乗り出すことにしました。

7月12日。大会前泊のお宿である、球磨川温泉 鶴之湯旅館にトレイルランナー26名が集まり、災害支援へ。灼熱の炎天下の中、汗と泥にまみれる日々が続きました。木造三階建ての鶴之湯旅館はコンクリートの地下室があり、この地下室に流れ込んだ泥を人力で掻き出す作業からはじまりました。

浸水した家屋。悪臭漂う泥を連携して掻き出していきました。写真:吉田 諭祐
浸水した家屋。悪臭漂う泥を連携して掻き出していきました。写真:吉田 諭祐

膨大な泥の量。周囲に漂うのは腐敗臭。泥にまみれた冷蔵庫をあけると中には大量のウジ虫。
午前中の作業を終え、12時を迎えると長靴の中は汗まみれ。昼休みに長靴を乾燥させ、13時から作業再開。しかし、15時を迎えると再び長靴の中は汗まみれでした。

そのような過酷な支援活動をしていくチームドラゴンへのボランティア参加者数は徐々に増加していきました。メンバーはトレイルランナーに限らずマラソンランナーやラグビーマンにサッカーマンなどが屈強な人々が集まってきました。また、土木現場をマネージメントするメンバーがいたおかげで、メリハリがある活動とスムーズな連携作業はとても活気に満ちたものとなりました。

試練に立ち向かったメンバーと。 写真:つる詳子
試練に立ち向かったメンバーと。 写真:つる詳子

第3回やっちろドラゴントレイル開催予定であった8月9日には最大数76名ものランナーが集結しました。この日はチームドラゴンとしての活動の中でも最大となる8箇所の被災地支援に尽力しました。「本来であればこの日は第3回やっちろドラゴントレイル開催していたはず」などと感傷に浸る余裕などはなく、ただただこれだけのたくさんの方々に集まって頂いた事実に溢れる涙を抑えることはできませんでした。

私たちの活動は民間ボランティア団体としては依頼家屋案件約60件、ボランティア参加者数は延べ約1300名。コロナ禍にも関わらず、突出した人数となりました。

単なるスポーツイベントとしてだけでなく、地元と密接な関係性を築き、地域振興や環境問題への啓蒙をミッションとしたこの活動は、かつてない試練の局面を迎えています。それでも優れたチームワークのもと、多くの困難を乗り越え、依頼された案件を最後まで達成しようとエネルギッシュに動き続けています。
支援活動を通じてトレイルランニングの世界に足を踏み入れた方もいるなど、嬉しい副反応もありました。

なお、無期限延期となっていた第3回やっちろドラゴントレイルは、2021年8月22日に開催する予定です。

大会ウェブサイト:やっちろドラゴントレイル

コメント 0

関連した投稿

« »