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市川 節子

市川 節子

まだ空地や畑が残る横浜鶴見東寺尾で育つ。外遊びが好きで、その一方で本大好きの子どもだった。鎌倉梶原山に住んで子育てをしながら自然の素晴らしさに目覚め、町内会副会長を務めたあとに、町内会環境小委員会委員長になり、梶原山周辺の緑地開発に反対する運動にかかわる。NPO法人「北鎌倉の景観を後世に伝える基金(初代代表なだいなださん)」で台峯の開発反対運動に参加。200112月「フレンズ オブ・台峯」を立ち上げる。フレンズオブカマクラ・台峯代表。

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Photo: フレンズ オブ カマクラ・台峯

日本支社30周年に寄せて:私たちの鎌倉・身近な自然を慈しむ幸せ

2019/02/28 2019年2月28日

古都・鎌倉といえば、多くの方が思い浮かべる「鶴岡八幡宮」。じつは、東京オリンピックが開催された1964年、その後背部にある緑地を宅地開発する計画が持ち上がりました。その緑地の保全活動には多くの市民が参加し、「御谷騒動(おやつそうどう)」と呼ばれるほどでした。これを機に、いまでも鎌倉の自然… さらに読む