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1,300マイル

マルケータ・デイリー  /  2023年10月11日  /  読み終えるまで7分  /  ハイク

家族5人でパシフィック・クレスト・トレイルを踏破する方法。(ヒント:キャンディー)

デイリー家がパシフィック・クレスト・トレイルを歩きはじめたのは、2022年3月16日のこと。5歳に満たない3人の子ども、セコイア、ジョシュア、スタンダを連れて、1日約13キロ(最長27キロ)メートルを歩きつづけた彼らは、5か月後には総距離2,092キロメートルを踏破した。

語り手と写真:マルケータ・デイリー

聞き手と文:モーリー・ベイカー

我が家をもつことと、我が家の定義を自由に決められること。どちらがより大切なのでしょうか。パンデミック時代の一時休業を利用して、マルケータ&デイヴィッド・デイリー夫妻は、人生におけるこの問いをじっくりと時間をかけて探ってみました。

デイリー夫妻は5歳に満たない3人の子どもを連れて、2022年3月にカリフォルニアからパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩きはじめ、1,300マイル(約2,000キロメートル)を踏破しました。楽しみを見いだすことができたか、という問いに対する彼らの答えは「イエス」。旅を楽しめただけではなく、子どもたちはクマを追い払えるくらい声が大きいこと(少なくとも彼らの持論では)、子どもたちのエネルギーに限界はないことなど、いろいろな発見がありました。5か月にわたるPCTの旅で、デイリー家はおそらく何百人ものハイカーを目にしましたが、最初の1週間が過ぎたころには、ついに自分たちだけの空間を(普段、マルケータの両親と一緒に暮らしている家以外で)もつことができたと感じました。デイヴィッドがガーデニングをしながら家族と定住できる土地を手に入れることを夢見る一方で、マルケータはハイキングの旅をつづけたいと思っています。けれども、トレイルで子育てをしたいという強い願望を除けば、デイリー家はどちらを選ぶことも可能です。ハイキングをするお子様をおもちの方は、ぜひページをめくって、彼らのさらなる洞察に触れてください。同じことに挑戦すると決めたあなたには、「ハッピー・トレイル!」の声援を送ります。まだ幼い子どもたちも、いつか感謝する日が来るでしょう。

1,300マイル

旅の出発点。この先カナダとの国境まで約4,265キロメートルのこの場所に、3人の子どもと立っていることを想像してほしい。マルケータ・デイリーは、家族とともに、ここで両親に別れを告げた。車から降りる前、「念のためここで1日だけ待っていようか」と父親に聞かれたとき、彼女はきっぱりと断った。彼女たち一家には少なくとも挑戦する意義があると信じていたから。

最悪の日でもあきらめない

家族で日帰りハイキングに行くのは面倒なもの。子どもたちは一斉に泣き出すことが多いし、お母さんだって泣きたくなるから。ではそれが本当なら、セコイア(4歳)とジョシュア(3歳)とスタンダ(1歳8か月)を連れて2,000キロメートルも歩きとおすことなど、果たして可能なのでしょうか。マルケータもPCTでの最初の1週間は無理だろうと思っていましたが、7日目に魔法が訪れました。家族全員が新たなリズムに慣れてきて、子どもの世話が家にいるときよりも楽になってきたのです。「スルーハイクでは、余計なことがどんどん取り払われていきます」とマルケータ。「デイハイクは慌ただしくて、子どもたちも慣れるのに苦労するけど、そういう煩わしさがないの」PCTには幼児に悪影響をおよぼすものがなく、子どもたちはまわりにあるものの使い道をいくつも発見しました。岩はお皿にもジャンプ台にもなり、木は休憩所や登る遊具として、そして小枝はすべてに利用されました。想像力をかき立てられ、その一方で、つねに実用性と集中力も求められました。子どもたちは日陰や夜の寝床になりそうな場所を探すために力を合わせ、家族がひとつとなって動くために手伝うようになりました。そして変化は親にも訪れました。デイヴィッドによると、トレイルで過ごす時間は大人にとって癒しであり、つきまとう不安を頭から追い出して他のことを考える余裕ができ、自分の子育てに対して自信がつく場だそうです。マルケータが発見したのは、頭に浮かんださまざまなリスクに対処する方法でした。そして、それならいっそのことできるかぎり遠くまで歩いてみるのには価値があると考えました。そしてそのとおりに、彼らは5か月のあいだ、多いときは1日に27キロメートル(!)も歩いたのです。

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左:はい、チーズ。えっ、チーズ持ってきたの?ゴーダチーズは入りきらなかったんじゃないの?
右:PCTでは自分のことよりも、お互いの面倒をみることが大切。意外にもおとなしくしているジョシュアの髪の毛から、食べかすや松葉を落としてあげるスタンダ。

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5歳にもならない子どもにとってはどんな小川も大河のように見えるけれど、靴下を濡らさずに渡るにはジャンプが必要。ハイ・シエラのある場所で、デイヴィッドの手を借りて着地を狙うセコイアとジョシュア。

お菓子にやきもきしない

食料の調達には手間がかかり、加工食品を選びがちでした。食料の補給は4~5日おきに、デイヴィッドがトレイルを離れてカロリー豊富な加工食品の買い出しに行きました(デイヴィッドは食料係で、マルケータは精神的な障壁を乗り越えて家族全員を助ける戦士でした)。真ん中の子ジョシュアの大好物は、キットカットとペロペロキャンディー。スペース節約のため、かさばる普通のパンは持って行かれず、みんな否応なしにトルティーヤを食べつづけました。トレイルの南寄りの区間に舗装道路と交差する地点があり、そこでピザの配達を注文することもできましたが(マルケータが11年前にはじめて歩いたときとは異なり、PCTの現在の電波状況はわりと良好)、その誘惑は克服。全体的にお菓子や保存料入りの食品を口にすることが多く、果物や野菜を食べることは稀でした。つまり、多くの子どもにとっては夢のような食生活です。飲料水については、平均約30キロメートルごとに水を汲み、次の水場までは数日かかることもしばしばでした。

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木があれば遊具なんていらない。マルケータの日記には、次のように書かれている。「これはシンプルな暮らし。高級なものは何も必要ない。寝る場所さえあれば、あとはすべてしかるべき場所に落ち着く。制御すべきことも判定すべきこともなく、正直言って、私たちが真に自分自身でいられると感じる場所はここだけ。ちょっとクレイジーで、リアルで、ただ人間らしく。子どもたちに見せるべき何かがあるとしたら、それはこの場所だ。たとえ束の間の訪問であったとしても。自然は私たちの故郷だから。それは私たちがやって来た、そして必ず帰る場所だから」

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左:満員のテント。泥だらけの顔に笑みを絶やさない、仲良し3人組のジョシュア、スタンダ、セコイア(左から右へ)。
右:旅の84日目に2歳の誕生日を迎えたスタンダ。スタンダが砂漠のどこかでなくした小さな馬のおもちゃを、デイリー家がトレイル上で偶然出会ったハイカーがバックパックから取り出してくれたこともあった。顔に日焼け止めを塗り、シエラ・ネバダのマザー・パスからの景色を眺めながら誕生日を楽しむスタンダの姿。そしてこの写真の反対側には、じつは手に汗握るガレ場下りと雪に覆われたトレイルが。

歌い、飛行機のように飛び、また歌う

彼らはどうやって子どもたちを歩かせつづけたのでしょうか。そして当の本人たちはどうだったのでしょう。彼らは飛行機や馬、そしてレーシングカーになったつもりでトレイルを駆けめぐりました。とくに辛いときは、マルケータとデイヴィッドが野獣のふりをして、トレイルの先へとセコイアとジョシュアを追いかけました。マルケータのバックパックに担がれていることの多かった末っ子のスタンダには、丸一日「ジングルベル」を(すべての歌詞を知っているわけではなかったので即興で)歌いつづけたこともあるそうです。次の休憩地点にたどり着くのに、ごほうびとしてとっておきのお菓子が使われたこともあります。5か月間、食料が尽きないようにペースを維持する必要もありました。昼寝をしたり、雲を眺めて立ち止まる時間はなかったそうです。

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トレイルを歩きはじめて101日目は、執拗な蚊にはじまり、今回の旅で唯一の雨に見舞われて終わった。小雨ながらもしっかりと降りつづいたおかげで虫は寄りつかず、早めにキャンプを設営するあいだ、子どもたちは2時間も遊ぶことができた。

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左:夕方、標高約4,020メートルのフォレスター・パスを下っている途中、サンカップ(太陽によって解けた雪の表面がカップ状の凸凹になる現象)とペニテンテ(サンカップがさらに解けて剣状になる現象)の合間を果敢に突き進むセコイア。たいていのハイカーは、解けた雪に足をとられながら歩く労力を避けて朝のうちに横断する。デイリー家の子どもたちにとっては凍結したトレイルの方が危ないため、雪がやわらかくなるのを待ってから出発した。

右:マルケータが思い出すのは、毎日欠かさずジョシュアと手をつないで800キロメートル以上歩いたこと。暑さで汗ばんだ手が滑ったり、藪に覆われたトレイルを一緒に横歩きして、手や指がしびれたりしたこともある。ある日、ジョシュアがついに自分から手を放した。2,000キロメートルもの道のりのなかで、小さな勇気(とこのギョロ目顔)が芽生えたのだ。

残してもいいのは足跡だけ

デイリー家は想像以上の距離を歩きましたが、ジョシュアのぜんそくのため、オレゴン州でスルーハイクを中止しました。PCTの旅をサポートしてくれた小児科の医師とはひんぱんに連絡を取りあっていましたが、最終的には山火事が原因で、トレイルから離れることを勧められたのです。トレイルを去って普通の生活に戻るのは、どんな心境だったのでしょうか。大人たちは1か月ほど違和感がつづいたそうです。マルケータは落ち込んですぐにトレイルが恋しくなり、デイヴィッドは社会の居心地の悪さを感じました。そこには、自分たちが経験したばかりのことをうまく言い表せないもどかしさがありました。その一方で、子どもたちの切り替えは自然でした。トレイルで過ごした日々も、戻ってからの日常も、子どもたちにとっては等しく現実なのです。マルケータとデイヴィッドは、最年長のセコイアはPCT以前の生活のことを覚えているものの、年下の2人の頭にある記憶はPCTからはじまっているらしいことに気づきました。真ん中の子ジョシュアはまだ4歳ですが、「PCTで……」と話しはじめることが多いそうです。

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紫色の怪物に食べられちゃった。カーン・リバー上流のどこかで、魔法のようなキャンプ地を満喫する子どもたち。

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PCTで家族が直面した課題は、ハイキングではなく休憩だった。子どもたちが我を忘れてしまうことがあったからだ。マルケータとデイヴィッドは、目の届く範囲内であれば、子どもたちを好きな場所で遊ばせるようにした。けれども、たまに姿が見えなくなるので、当然、親は不安に駆られる。子育てという終わりのない物語のなかで、つねに子どもたちを自由にさせながら、いつでもすぐに駆けつけられるようにしておくことは訓練である。世の親御さま、お疲れさまです。PCTであろうとなかろうと、子育ては旅なのである。

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